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第20話 罠はすでに閉じていた


 ◆静かな戦場


 一階が完全に封鎖されていることを確認し、陸は足を止めた。


 廊下には誰もおらず、血痕も、倒れている人間もない。


 静かすぎる。


「(……封鎖されてる割に、人がいない)」


 壁際に身を寄せ、耳を澄ます。


 物音は遠く、断片的にしか聞こえない……つまり犯人達は、このフロアには『ほとんど戦力を割いていない』。


「(少人数……か?)」


 脳裏に、これまで読み漁ってきたミリタリー本の知識が浮かぶ。


 拠点制圧。


 人質確保。


 動線封鎖。


「(人数が少ないから、逆に要所だけを押さえてる……?)」


 そう考えれば、この異様な静けさにも説明がつく。


 だが同時に自分で考えて、自分で否定する。


「(……だからって、油断できる訳ないだろ)」


 陸は小さく息を吐いた。


 この学園に来たのは、まだ数日前。


 地理も構造も、ほとんど分かっていない。


「(知ってる場所……)」


 脳裏に浮かんだのは、昨日迷い込んだ裏手の搬入口だった。


 人目につきにくく、資材の出入りに使われる場所。


 もし自分が『侵入する側』なら……。


「(あそこ、使うよな……普通)」


 決まりだ。


 陸はゆっくりと歩き出す。


「(……いや、待て)」


 足が止まる。


「(なんで俺、こんなことしてるんだ?)」


 心臓の音が、やけに大きい。


 隠れていればいい。


 捕まってしまえばいい。


 そうすれば……少なくとも、自分一人の命は助かるかもしれない。


 合理的な選択だ。


「(……本当に?)」


 頭の中で、誰かが問い返す。


 銃声。


 悲鳴。


 そして震えていた麗華の顔。


「(……くそ)」


 答えは出ない……ただ、体が勝手に動く。


 二階の廊下は封鎖されていない。


 だが吹き抜け構造のせいで、地面までは四メートル以上ある。


 手すりから下を覗き込み、すぐに顔を引いた。


「(無理だな……着地で終わる)」


 そのときだった。


 ……怒声。


 続いて、短い悲鳴。


 階段の上方から、はっきりと聞こえた。


 陸の全身が強張る。


「(……始まった)」


 脳内で、バラバラだった情報が一つに繋がる。


 校内放送。封鎖の手際。


 この静けさ。


「(放送室を押さえて……上から順に制圧してる)」


 口の中が乾く。


「(じゃあ、職員室は……)」


 考えるまでもない。


「(……もう落ちてるな)」


 助けは来ない……少なくとも、すぐには。


 陸は踵を返し、近くの空き教室に滑り込んだ。


 静かに扉を閉め、窓際に身を寄せる。


「(どうする……)」


 捕まるか。


 隠れるか。


 動くか。選択肢を並べる。


 だが。


「(ここまでやる連中が……)」


 脳裏に浮かぶのは、無機質な銃口。


「(……俺たちの命に、ブレーキかけると思うか?)」


 答えは、嫌になるほど明確だった。


 沈黙。


 数秒。


 陸は、ゆっくりと顔を上げる。


「(……なら)」


 逃げ続けるのは、違う。


 せめて……状況だけでも掴みたい……生き残るために。


「(搬入口……行くしかないか)」


 陸は静かにドアへ手をかけた。


 その指は、わずかに震えていたが、もう、止まらなかった。


 ◆制圧は作業だ


 放送室を出た一団は、無駄な会話もなく階下へ向かう。


 足音は揃い、迷いがない。


 すでに動線は頭に入っている。


 目標……教室。


 扉の前で一瞬だけ足を止め、互いに視線を交わす。


 次の瞬間、躊躇なくドアを蹴り開けた。


 教室内は、まだざわめいていた。


 ホワイトボードの前に立っていた男性教師が振り返る。


「な、なんだお前たちは……」


 言い終わる前に、距離を詰める。


 説明は不要だ。


 振り上げた銃床が、迷いなく教師のみぞおちに叩き込まれる。


「ぐっ……!」


 空気を吐き出し、体が折れる。


 次の動作に間はない。


 無防備に晒された後頭部へ、もう一撃。


 鈍い音がして教師はそのまま床に崩れ落ち、動かなくなった。


 静寂。


 一瞬で、教室の空気が凍りつく。


「……動くな」


 低い声が、空間を支配する。


「同じ目に遭いたくなければ、言う通りにしろ」


 隣の男が肩掛けのバッグを開き、結束バンドの束を取り出す。


 無造作に、一人の生徒へ投げた。


「近くの奴同士で手首を縛れ。急げ」


 受け取った生徒は、一瞬だけ固まる。


 視線が、床に倒れた教師へと向く。


 血は出ていない……だが動かない……それだけで、十分だった。


 震える手で、隣の生徒の手首を取る。


「……早くしろ」


 銃口が、わずかに持ち上がる。


 それだけで、全員が動き出した。


 誰も声を上げない。


 誰も逆らわない。


『理解した』からだ。


 抵抗の意味を。


 男たちはそれを確認すると、次の動きに移る。


 一人を残し、残りは隣の教室へ。


 手順は同じ。迷いも、躊躇もない。


 ……制圧は、作業だ。


 やがてインカムに短い報告が流れ始める。


『一区画、クリア』


『抵抗なし』


『制圧完了』


 順調すぎるほど順調。


 男は小さく息を吐いた。


「……予定通りだな」


 だがその手は、わずかに強く銃を握り直している。


 時間との勝負。


 遅れは許されない。


「このまま一気に押し切る」


 視線が、廊下の奥へ向く。


 その先……。


「……さて」


 わずかに口元が歪む。


「いよいよ、『本丸』だ」



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