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第19話 前哨


 ■前哨1


 10年前。


 そのニュースは、あまりにも静かに流れた。


 とある国で、レアメタルの鉱脈が発見されたという報せ。


 世界情勢を揺るがす可能性を持ちながら、それは表向き、ただの経済ニュースとして処理されたが、その裏では、すぐに動きがあった。


 資源輸入に依存する我が国は、外相を急遽派遣する。


 目的はただ一つ……利権への参入。


 数度にわたる交渉が行われ、その末に相手国が提示してきた条件は単純で、そして歪んでいた。


「国内の問題を、片付けてほしい」


 その一言に、すべてが集約されていた。


 採掘予定地の周辺……そこは、反政府ゲリラの勢力圏だった。


 下手に政府軍を動かせば、内戦に発展する可能性がある。


 そして、その中心には一人の男がいた。


 カルロス・ラファエル・カリスト。


 革命の思想を掲げる、思想的指導者。


「資源は国家のものではない。民衆《われわれ》のものだ」


 その言葉は、確実に広がっていた。


 デモ。


 暴動。


 各地で火種が広がる。


 政府は、抑えきれなくなっていた。


 だからこそ、『排除してほしい』それが、条件だった。


「我が国が正面から動くわけにはいかん」


 相手国の大臣は、そう言った。


 あくまで、他人事のように。


 だが意味は明白だった。


 ……汚れ仕事を、押し付ける。


 その話は、日本国内へ持ち帰られる。


 政財界の一部で、非公式の会合が開かれた。


 そこにいたのが……九条太蔵……当時、『フィクサー』と呼ばれていた男。


「簡単な話だ」


 会議の空気を支配するように、九条は言った。


「カルロスを排除すればいい」


 誰も、すぐには反応できなかった。


 あまりにも、直截的だったからだ。


「我々が直接手を下す必要はない」


 九条は続ける。


「事故にすればいい」


 静かな声。


 だが、逆らえない。


「……そのための人間は、いる」


 その視線が向いた先にいたのが……永田健介だった。


 以前、特殊作戦群に所属していた男。


「この男を一時的に復帰させる……作戦中に、標的が『巻き込まれる』形にすればいい」


 それだけだった。


 あまりにも簡単に……あまりにも自然に、人一人の命が、『処理』される話として語られた。


「……異論は?」


 九条が問う。


 ……誰も、答えなかった。


 こうして作戦は決定された。


 永田は現役に復帰し、任務に参加する。


 だが現場の隊員たちに伝えられたのは、ただ一つ。


「目的は、カルロスの保護」


 それだけだった。


 ◆九条太蔵


 永田が九条邸に駆け付けたとき、すでに屋敷の空気はどこかおかしかった。


 門は開いているが、いつもは無言で一礼する警備員の姿がない。


 中へ通されても、使用人たちは視線を合わせようとせず、足早に立ち去っていく。


 広大な屋敷は静まり返り、まるで『抜け殻』のようだった。


 それでも永田は応接室へ通された。


 重厚なソファに腰を下ろし、九条太蔵の登場を待つ。


 ……しかし、時計の長針が一周しても、九条太蔵は現れない。


 苛立ちが胸の奥で膨らみかけた、そのときだった。


「……永田様」


 低く押し殺した声と共に、扉が開く。


 現れたのは早乙女だった。


 九条の懐刀にして、今は孫娘・麗華の世話役を務める男。


 だがその顔色は、見たことがないほど悪い。


「貴方は……」


 一歩、二歩と詰め寄る。


「……なんというものを、解き放ってしまったのです!」


 その声音には怒りよりも……明確な『畏怖』が滲んでいた。


 胸倉を掴まれ、永田は思わず眉をひそめる。


「落ち着け、早乙女。何があった」


「説明しろと言うのなら……貴方自身の目でご覧なさい」


 早乙女は荒々しく手を離すと、無言でテレビの電源を入れた。


 ノイズ混じりの映像が映し出される。


 そこにあったのは……鳳城学園の正門だった。


 だが、普段の静謐な佇まいは跡形もない。


 パトカー、救急車、機動隊の車両。


 張り巡らされた規制線の向こう側では、無数の報道陣がマイクを掲げ、怒号のような喧騒が渦巻いている。


『……繰り返します。鳳城学園は現在、武装集団によって占拠され……』


 リポーターの声はわずかに震えていた。


『校内ではすでに発砲音が確認されており……警察は人質事件として対応……』


「……これは」


 喉が張り付く。


 理解が、追いつかない。


 早乙女は、血走った目で永田を睨みつけた。


「お嬢様の通う学園が……テロリストによって占拠されたのです!」


 その言葉が、鈍く脳を打つ。


 そして、あの男の声が、鮮明に蘇った。


『残念だが……九条太蔵は動かんよ』


『いや、正確には……』


『動けない、だな』


「……まさか……」


 永田の顔から血の気が引いていく。


 点と点が、最悪の形で繋がった。


 これは偶然ではない。


 仕組まれている。


 自分が……引き金を引いた。


 永田は崩れるようにソファへと沈み込んだ。

 そして、ようやく理解した。


 ……自分が解き放ったのは、事件などという生易しいものではない。


 戦場、そのものだった。


 ◆前哨2

 南米某国、深夜。


 月明かりすら雲に遮られた闇の中、二機のUH-60が山間部の稜線をなぞるように低空で飛行していた。


 機体は一切の灯火を落とし、存在そのものを消すように進む。


 機内には十二名……いずれも特殊作戦群から選抜された精鋭だ。


 今回の作戦は表向き、米軍との共同任務だが、実際に“踏み込む”のは、日本側の部隊だった。


 隊長は永田健介。


 副隊長は山岸克典。


 共に幾つもの戦場を渡り歩いた、現場叩き上げの男たち。


 機内は激しいローター音に支配され、インカム無しでは会話は成立しない。


 それでも永田と山岸は、膝の上に広げた地図と、赤くマーキングされたポイントを何度も確認していた。


 目標は反政府ゲリラの拠点。


 その中枢にいる『ある人物』の保護。


 やがて、インカム越しにパイロットの声が割り込む。


『LZ到達。降下可能』


 永田は短く頷いた。


『……行くぞ』


 ドアが開き、夜気が一気に流れ込む。


 最前の隊員がロープへと手をかけ、迷いなく滑降する。


 続く者たちも一切の淀みなく降下していく。


 訓練の反復が、そのまま動きになっていた。


 最後の一人が地面に到達したのを確認すると、UH-60は即座に機首を翻し、闇の向こうへと消えた。


 残されたのは、湿った空気と濃密な静寂。


 ……静かすぎる。


 ジャングル特有の虫の声すら、ほとんど聞こえない。


 永田は一瞬だけ目を細めたが、すぐにハンドサインで前進を指示する。


 ここから先は徒歩……目標地点までは約5キロ。


 隊員たちは音を殺し、影のように樹間を縫って進む。


 途中、山岸が二度、三度と周囲を警戒する仕草を見せたが、何も見つからない。


 ……見張りが、いない。


 その違和感を言葉にする者はいなかったが、全員が同じものを感じていた。


 やがて一時間後。

 木々の切れ間の向こうに、それは現れた。


 白い建物……ジャングルの奥地にはあまりにも不釣り合いな、豪奢な外観。


 まるで誰かに見つけてもらうために、そこにあるかのような。


 敷地の周囲には電気柵。


 触れれば即座に警報が鳴る構造だ。


 だが、それもまた整いすぎている。


 永田はわずかに顎を引いた。


 ……予定通りだ。


 その一方で、胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。


 隊員たちは無言のまま散開し、手際よく電気柵を突破する。


 侵入……成功。


 しかし。


 それでもなお、誰一人として姿を見せない。


 見張りも、警備兵も……いるはずの人間がいない。


 山岸は一瞬だけ永田を見る。


 永田はわずかに視線を返し頷いた。


「(行くしかない)」


 山岸は即座にハンドサインを切る。


 二班に分離。


 隊は音もなく、左右へと分かれた。


 白い建物は、ただ黙って彼らを受け入れる。


 まるで最初から、ここに誘い込むために。



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