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第18話 祈れ


 ◆行かないで


 バンッ!!


 勢いよく扉が開き、詩織と陸、そして抱えられたままの麗華が教室へ飛び込んできた。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 荒い呼吸。


 その様子だけで、ただ事ではないと分かる。


 ざわり、と空気が揺れた。


 クラスメイト達の顔は、一様に青ざめている。


 さっきの音……銃声と、ガラスの破砕音。


 聞こえていたのだ。


「な、なにがあったの……?」


 誰かが震える声で問いかけてくるが、答える余裕はない。


「(……まずい)」


 陸は教室全体を見渡す。


 全員が、動けていない……恐怖で、固まっている。


「(先生を……呼ばないと)」


 だが……。


「(誰が行く?)」


 視線を巡らせるが、誰も、目を合わせようとしない。


 皆分かっているのだ……外に出る事がどれ程危険なのかを。


「(……仕方ない)」


 陸は腹を括る。


「(俺が行くしかない)」


 一歩、踏み出そうとした瞬間、


 ぐっ。


 腕を、掴まれた。


「……っ」


 振り向く。


 そこには麗華の顔があった。


 その表情に、いつもの強さはなく、不安と恐怖に、押し潰されそうな顔。


 震える唇。


 そして、


「……行かないで……」


 かすれるような声。


 それは命令でも、叱責でもない……ただの“お願い”だった。


「……」


 胸が、締め付けられる。


 さっきまでの彼女とは、まるで別人だ。


「(……くそ)」


 一瞬、迷いが生まれる。


 確かに、此処に残れば、安全かもしれない。


 少なくとも……この子は、安心する。


 だが。


「(それじゃ、ダメだ)」


 歯を食いしばる。


 このままじゃ、何も分からない。


 何もできない。


 そして……もっと危険になる。


 ゆっくりと、麗華の手に自分の手を重ねる。


 優しく、しかし確かに外す。


「……大丈夫」


 短く言う……自分に言い聞かせるように。


 視線を上げると詩織と目が合った。


 一瞬で伝わる。


「……お嬢様を頼む」


 詩織は顔を青くしたまま、それでも小さく頷いた。


 陸は教室全体に向き直る。


「みんな、机の陰に隠れろ」


 声を張る。


「窓から離れて、できるだけ低く。いいな」


 誰も反論しない。


 ただ、必死に頷く。


 陸はもう一度だけ、麗華を見る。


 その瞳には、まだ不安が残っていた。


 だが。


「……すぐ戻る」


 そう言い残して踵を返す。


 次の瞬間、廊下へと飛び出した。


 扉が、静かに閉まる。


 教室の中に残ったのは重苦しい静寂と、不安だけだった。


 ◆仕組まれていた檻


 さっきの銃声は、さすがに無視できるものではなかったらしい。


 廊下のあちこちから、様子を見に出てくる生徒たちの姿が見える。


「今の音、なに……?」


「どこかで事故……?」


 不安げな声。


 だが……。


「(説明してる暇はない)」


 陸は歯を食いしばる。


 今は一秒でも早く状況を把握しなければならない。


「……職員室だ」


 誰にともなく呟き、走り出す。


 階段を駆け下りる。


 一段飛ばしで降りるたび、心臓が嫌なリズムを刻む。


「(頼む……ただのトラブルであってくれ……)」


 だが、その願いは、あっさりと裏切られた。


 一階の玄関ホールに出た瞬間……足が、止まる。


「……は?」


 朝、何事もなく通ったはずの場所。


 その光景が、完全に別物に変わっていた。


 出入口が……塞がれている。


 鉄条網。


 幾重にも張り巡らされ、逃げ道を完全に遮断している。


 無機質な金属が、外への道を拒絶していた。


「……なんだよ、これ……」


 思わず声が漏れる。


 近づく。


 触れる。


 固く動かない。


 ……本気だ。


 ふと視線を横に向ける。


 廊下のガラス窓。


 そこにも同じように、鉄条網。


 さらに、粘着テープで、隙間なく固定されている。


 内側からも、外側からも。


「……ふざけんなよ」


 誰がやったのか。


 考えるまでもない。


 だが……規模が異常だ。


「(こんなの……準備してないと無理だろ……)」


 胸の奥が冷えていく。


「校舎から……出られない……?」


 口に出して、初めて実感する。


 ……閉じ込められている。


 陸はゆっくりと周囲を見回した。


 誰もいない。


 さっきまでいたはずの人の気配すら、薄れている。


 やけに静かだ。


「(……違う)」


 違和感……視線が、ある一点で止まる。


 天井……監視カメラ。


 そのレンズが、砕かれていた。


 配線がむき出しになり、だらりと垂れ下がっている。


「……」


 言葉が出ない。


「(……全部……)」


 点と点が、繋がっていく。


 搬入口……倉庫……銃声……拘束された生徒……そして……この封鎖。


「(最初から……仕組まれてたのか……?)」


 背筋を、冷たいものが走る。


「……なんだよこれ……」


 呟く。


「何が起きてるんだよ……」


 答えはない。


 ただ、ここがもう、『日常ではない』という事だけが、はっきりしていた。


 ◆ばかばっかり


 二度目の銃撃。


 それを境に、廊下の気配が変わった。


 ざわめき。


 足音。


 遠くで上がる悲鳴。


 ……遅い。


 エレナはそう思った。


 もっと早く、崩れるはずだった。


 その時、ポケットの中で、スマートフォンが震える。


 一瞬で取り出し表示を見る。


 ……想定通りの名前。


「……はい」


 声は低く、平坦。


『そっちはどうだ』


 雑音混じりの声。


「順調」


 短く答える。


『問題は』


「ない」


 即答。


 一切の迷いもない。


 だが、


『これから放送室を押さえる』


 一拍。


『そのまま独占放送に入る』


「……そう」


 興味のない返事。


 沈黙が一瞬だけ流れる。


『……エレナ』


 わずかに声色が変わる。


『分かってるな』


 ……何を、とは言わない。言う必要がない。


「……」


 ほんの一瞬、言葉が止まる。


 だがすぐに、


「……切る」


 一方的に通話を終える。


 画面が暗転する。


 エレナはそのまま、しばらく動かなかった。


 視線を床に落とす。


 拘束された生徒たちの震える肩。


 押し殺された嗚咽。


 ……静かすぎる。


「……」


 唇が、わずかに動く。


「……ばか」


 小さく。


 吐き捨てるように。


「……ばっかり」


 それが誰に向けられたものか……分かる者はいない。


 ◆学園占拠宣言


 放送室は校舎最上階にある。


 普段は誰も近づかない、静まり返った場所だが、今は違う。


 扉の前に、武装した男が四人。


 一人が小さく頷く。


「……中は空だ」


 確認は一瞬で次の動きに迷いはない。


 工具が差し込まれ、鍵が強引に破壊される。


 ガチャリ、と乾いた音がして扉が押し開かれる。


 男達は無駄のない動きで室内へ侵入した。


 一人が機材へ向かい、スイッチを順に入れていく。


 カチ、カチ、と小さな作動音。


 やがて、グリーンランプが、静かに点灯した。


「……設備生きてます。いつでもいけます」


 淡々とした報告。


 リーダーの男が、ゆっくりと頷く。


 室内を一瞥する。


 問題なし。


 想定通り。


 そのままマイクの前に腰を下ろす。


 一拍。


 わずかに息を整え……スイッチを入れる。


 ◆校内放送


『……生徒及び教職員の諸君』


 低く、落ち着いた声。それが、校舎中のスピーカーから同時に流れ出す。


『突然のことに、さぞ驚いているだろう』


 一拍。


『まずは自己紹介といこう』


 声に、焦りはない。


『我々は……『アジアの曙』……』


 わずかに間を置く。


『少数民族解放戦線である』


 その言葉が、校内に重く落ちる。


『今回、我々は』


 淡々と続ける。


『貴国の議員、永田健介の悪行を暴くため……この行動に至った』


 教室……廊下……体育館。


 あらゆる場所で、空気が凍りつく。


『率直に言おう』


 一切の遠回しが消える。


『諸君には……人質になってもらう』


 沈黙。


 その一言だけで、十分だった。


『安心したまえ』


 声色は変わらない。


『条件は単純だ……永田健介、及びそれに連なる者たちが』


 一語ずつ、区切る。


『己の罪を認め、国民の前に謝罪し、相応の賠償と償いを行う……それが確認され次第、諸君は解放する』


 わずかな間。


『……だが』


 空気が、さらに冷える。


『もし拒否された場合』


 声が、ほんの僅かに低くなる。


『我々も、穏やかではいられない』


 誰かが、息を呑む。


『現在より交渉を開始する……そして……』


 一拍。


『十二時間後』


 ゆっくりと告げる。


『諸君の中から一人を選び……処刑する』


 教室のどこかで、誰かが小さく悲鳴を漏らした。


『これは脅しではない』


 即座に重ねる。


『すでに『証明』は済んでいるはずだ』


『諸君にできることは一つだけだ』


 最後の一言。


『……祈れ』


 スイッチが切られる。


 ブツン、と音が途切れた。


 ◆放送室


 再び静寂。


 リーダーの男は、ゆっくりとマイクから離れる。


「……ここまで来たか」


 小さく呟く。

 その口元が、歪む。


「戻れんな、もう」


 誰に言うでもなく。


 ただ、楽しむように、嗤った。




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