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第17話 テロは本物だった


 ◆そして起動


 今まで永田と電話していた男が、胸ポケットからスマートフォンを取り出す。


 迷いのない手つきで番号を打ち込む。


 短いコール。


「……私だ」


 それだけで通じる相手。


「作戦通りに実行する。……慎重にやれ」


『了解』


 一言だけ返ってくる。


 通話は即座に切れた。


 男はスマートフォンをポケットに戻す。


 ◆永田健介


「……九条先生。永田です」


 車内からの電話。


 走行音だけが低く響く閉ざされた空間で、永田は声を抑えていた。


「……拙い事が起きました」


『……何事だ』


 受話器の向こうの声は、驚きも動揺もない。


 一拍。


「私の不手際で……『アレ』が動きました」


 わずかに言葉を濁すが、それで十分だった。


『……』


 短い沈黙。


『全て始末したはずではなかったのかね』


 静かな声音だが、その奥にある圧は重い。


「……申し訳ありません」


 絞り出すような謝罪。


『どうせ、こちらへ向かっておるのだろう』


「……はい」


『詳しい話はその時に聞く』


 それだけ言って、通話は切れた。


 ツー、という無機質な音。


 永田はしばらく受話器を見つめていたが、やがて、力なくそれを下ろす。


 シートに深く沈み込み、後頭部をヘッドレストへ押し付けた。


「(……どうしてこうなった……)」


 答えは出ない。


 十年前……確かに、終わらせた筈だった。


 終わった事にした筈だった。


「(……いや)」


 目を閉じる。


「(報告が先だ)」


 思考を無理やり切り替える。


 その時だった。


 ブブッ。


 胸ポケットのスマートフォンが震える。


 小さく息を吐き、スマートフォンを取り出し、画面に表示された番号を確認する。


 表示されたのは、登録のない番号。


 だが、嫌な確信があった。


 ゆっくりと通話ボタンを押す。


「……」


 受話器を耳に当てる。


『よお』


 軽い声。さっきまで事務所で聞いていた、それと同じ声。


『さっきぶりだな』


「……」


 奥歯が、軋む。


『どうだ?』


 わざとらしく間を置く。


『どうせ、親分のところへ向かっているんだろう?』


「……貴様ッ!!」


 思わず声が荒れる。


『はは、怖い顔すんなよ』


 愉快そうな笑い。


『せっかく親分のところに行くんだ……手土産代わりに情報を教えてやろう』


「こんな真似をして……タダで済むと思っているのか!!」


 怒声。


 だが、


『思ってないさ』


 あっさりとした返答。


『ただな』


 声のトーンが、すっと落ちる。


『お前に、何ができる?』


「……」


 言葉が、詰まる……反論できない。


『……ああ』


 その沈黙を、男は楽しむように、くすり、と笑う。


『九条太蔵に頼ろうとしてるんだろ?』


 心臓が、跳ねる。


「……何がおかしい!!」


『ははは……やっぱりか』


 完全に見透かされている。


『残念だが……九条太蔵は動かんよ』


「……何?」


『いや、正確には』


 わざと訂正する。


『動けない、だな』


 背筋が、冷える。


「……どういう意味だ」


『簡単な話だよ』


 淡々とした声。


『九条だけじゃない』


 一拍。


『『上の連中』は、しばらく全員『静かに』してもらう』


「……っ」


 理解が、追いつかない。


『もし動けば……』


 ほんの僅かに、楽しげな響き。


『もっと面白いことが起きる』


 沈黙。


 逃げ場がない。


 完全に、握られている。


『安心しろよ』


 最後に、軽く言う。


『まだ『本番』じゃない……『本番』はこれからだ』


 ツー。


 通話が切れた。


 永田は、しばらく動けなかった。


 握ったスマートフォンに、じわりと汗が滲む。


 車窓の外……流れていく街並みが、どこか現実味を失って見えた。


 ◆廊下


「(たしか……こっちで音がした筈だ)」


 陸は、音の方向を思い出しながら、まずは反対方向に進む。


 廊下に面した教室を、一つずつ覗く。


 ……異常はない。


 オリエンテーションを続けているクラス。


 そもそも気づいていないクラス。


「(……じゃあ、なんで……)」


 違和感だけが残る。


 そして陸は戻ってくる。


 いよいよ隣のクラス。


 ……静かすぎる。


「(……此処か)」


 扉を、ほんのわずかに開ける。


 中を覗いた瞬間、陸の息が止まった。


 生徒たちが、教室の中央に集められている。全員が体育座り。


 ……両手、両足は、結束バンドで拘束されている。


 出入口は、机と椅子で組まれたバリケード。


 完全に、封鎖されている。


「(なんだよ……これ……)」


 理解が追いつかない。


 その時。


「陸……」


 後ろから声。


 振り返る間もなく、麗華と詩織が声を掛けてくる。


「一体、何をしているのっ?」


「ごめん、佐伯君……麗華ちゃん、止められなかったのぉ」


 ……しまった。


 陸の心臓が跳ねる。


 その瞬間、教室の中で、誰かがこちらに気づいた。


 小さな悲鳴。


「(……まずい!!)」


 直感が叫ぶ。


 次の瞬間。


 ガガガガガッ!!


 銃声が響き、扉のガラスが、内側から粉砕された。


 ガシャ、ガシャァン!!


 無数の破片が廊下へと飛び散る。


「「きゃあああっ!!」」


 麗華と詩織の悲鳴が重なる。


「(撃ってきた……!)」


 躊躇がない……完全に、敵だ。


「ここは危険だ!!逃げるぞ!!」


 即断。


 陸は二人の手を掴む。


 そして走り出そうとして……止まった。


「……っ」


 麗華が、動かない。


 腰が抜けている。


 瞳に涙が浮かび、足に力が入っていない。


「(……くそ)」


 一瞬の判断。


「詩織さん、走れる!?」


「は、はい……!」


「先に行って!階段まで一直線だ!」


「で、でもぉ」


「いいから!!」


 強く言い切る。


 詩織が頷き、駆け出す。


 陸はすぐに麗華の前にしゃがみ込んだ。


「こんな時だから、文句言うなよ」


 短く言う。


 返事を待たない。


 膝の裏と背中に腕を回し、一気に持ち上げる。


「えっ」


 軽い悲鳴……だが構わない。


「(今は、運ぶ)」


 陸は立ち上がり、そのまま走り出す。


 背後から、再び銃声が来るかもしれない。


 しかし……来ない。


「(……撃たない?)」


 違和感。


 だが、振り返らない。


 ただ前へ。


 廊下を駆け抜ける。


 腕の中の重みと、荒い呼吸だけが現実だった。




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