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第16話 責任の追及


 その部屋は、異様なほど整っていた。


 塵一つ落ちていない床。


 壁際には隙間なく並べられた本棚とロッカー。


 窓には分厚いブラインドが下ろされ、外の光を完全に遮断している。


 中央には重厚な机。


 その奥に座る男は、微動だにせず書類に目を落としていた。


 ……静寂。


 不意に、その静けさを裂くように電話が鳴った。


 男は一瞬だけ手を止め、そしてゆっくりと受話器を取った。


「……はい」


 名乗らない……ただ、相手の出方を待つ。


『……よお。久しぶりだな』


 低く、くぐもった声。


『よもや俺の声……忘れてないだろうな?』


 男の眉が、わずかに動いた。


「……まさか」


 短い沈黙。


「……生きていたのか」


『ああ。憎まれっ子、世にはばかる……ってやつだ』


 乾いた笑いが、ノイズ混じりに流れる。


 男の表情が硬くなる。


「……何の用だ」


『冷たいな。十年ぶりだぜ?積もる話の一つくらい、してもいいだろう』


「……」


『それにしても、お前……随分と出世したじゃないか』


 一拍置いて、わざとらしく続ける。


『今じゃ国会議員様、だって?』


 男は何も答えない……ただ、奥歯を強く噛みしめた。


 十年前。


 ある『仕事』を境に、二人は袂を分かった。


 いや、正確には……男が切り捨てた。


『お前は俺達を踏み台にして上へ行った』


 声が、わずかに低くなる。


『それに引き換え、俺達は……あの時から、時間が止まっている』


 静かな、しかし確かな憎悪。


 受話器越しに、それが伝わってくる。


「……」


 男は答えない。


 答えられない。


 沈黙。


 重苦しい空気が、電話線を通して流れ込む。


 やがて唐突に、声の調子が変わる。


『……まあいい。今日は昔話をしに来たわけじゃない』


 嫌な予感が、背筋を這い上がる。


『これから俺達が味わった苦しみを、お前にもお裾分けしてやろうと思ってな』


「……は?」


 一瞬、意味が理解できない。


『家族を失う辛さ……ってやつを味わって貰おうかなと思ってな……お前たちの子供って、『良い学校』に通っているらしいな……セキュリティもばっちりで……はははは』


「な、何を言っている?」


『すまん。お前があんまりにも平和ボケしているんで笑っちまった』


「貴様、何を企んでいるっ!?」


『そんなに剥きになるなよ……すぐにわかるさ……楽しみに待っていろよ』


「貴様っ」


 男の声を遮るように、電話の向こうから名前が呼ばれる。


『永田健介』


『お前のやったことは、絶対に忘れない』


 低い声……だがその奥に、焼け付くような執念があった。


『これは復讐じゃない』


 一拍。


『……責任の追及だ』


「……」


『お前一人じゃない』


 声が、冷たく研ぎ澄まされる。


『お前の行動を許可した『上の連中』も含めてな』


 沈黙。


『……まずは、受け取れ』


 そして、プツッと通信が切れる。


 部屋の中に静寂が戻る。


 男……永田健介は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 やがて、ゆっくりと受話器を置く。


 その顔からは、血の気が引いている。


 だが、次の動きは、速かった。


 別の番号を押す。


 数コールで繋がる。


「……私だ」


 短く告げる。


「先生の元へ向かう」


 間を置かずに続ける。


「……すぐにだ。支度しろ」


 通話を切る。


 永田は、閉ざされたブラインドへと視線を向けた。


 その向こうにあるはずの世界を……まるで、初めて意識するかのように。


 ◆


 その音は、隣のクラスから聞こえてきた。


「(えっ……今の音、工事の音じゃないっ!!)」


 陸は椅子から立ち上がる。


「きゃっ」


 麗華がその勢いに驚いて小さな悲鳴を上げる。


「な、何ですの。急に立ち上がらないで下さいませっ!!」


「そんな事より、今の音、聞こえた?」


「工事の音でしょう? 振動もありましたし」


「……違う……今の音は工事じゃない……俺は、この音を何千回、何万回と聞いてきたんだっ!!」


「な、何を言い出すんですの?」


 麗華が怪訝そうな表情で陸を見るが、陸はそれどころではなかった。


「(繰り返し動画で見聞きしてきた音だ……九ミリが連射される音……そんなものが何で学園の中で……)」


 陸が思案している間にも、校舎の彼方此方から似たような音が響く。


「これ……絶対に何かが起きている……」


 陸は独り言を繰り返していると、心配になった麗華が陸に話し掛ける。


「陸……どうしたんですの?」


 すると陸が突然麗華の方へ振り返る。


「絶対に教室から出るなっ!! 何かがおかしいっ」


「おかしいのは陸の方でしょ?」


 しかし陸は真剣な表情で麗華に話し掛ける。


「少し様子を見てくる……思い過ごしならそれで良いし……そうでないときは……」


「……陸?」


 陸はこっちを見ている詩織に声を掛ける。


「絶対に教室から出るなって、みんなに伝えて」


 いつになく真剣な陸の態度に、詩織の表情から笑みが消える。


「……わかった……教室から出ない様にしてもらう」


「ありがとう……じゃあ、俺が様子を見てくる」


「り、陸っ?」


 麗華が陸の名前を呼ぶが、陸は既に教室の後ろのドアに居た。


 陸は少しだけドアを開けて、廊下の様子を伺う。


「(とりあえず……廊下に人影は無いな……)」


 陸は意を決すると、ドアを開けて廊下へと身を投げ出すのだった。



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