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第15話 状況開始


 次の日の朝。


 今日も陸はお嬢様の鞄持ちの為に、正門へとやってきた。


 校舎の外装工事の為に、校舎全体が防風シートに覆われていて、何となく殺風景に見える。


 陸が正門の向こうを見つめていると、定刻通りにマイクロバスが到着する。


 陸はマイクロバスの昇降口に視線を向ける。


 いつものように、最後尾からエレナが姿を現す。


 エレナは大きなドラムバッグを肩から担いでいた。


「エレナッ」


 陸は思わず大きな声でエレナの名を呼ぶ。


 一瞬、エレナの肩が震える。


 陸がエレナの元に駆け寄る。


「エレナ……昨日はどうしたの? 心配したんだよ?」


 陸が話しかけるが、エレナは視線を合わせようとしない。


「……昨日は……少し体調が悪かったから……」


 そう言ってエレナは足早に立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 陸がエレナの前に移動する。


「何か悩み事があるなら言ってくれよ……話を聞く位なら……」


「何で、今日来たのっ!?」


「えっ?」


 エレナはそう言うと、ぎゅっと唇を噛みしめる。


「ごめん……あたし行くね……」


 エレナは踵を返すと、そのまま走り出す。


「エレナッ!!」


 陸も思わずエレナの後を追いかけ始める。


 しかしエレナの足は思った以上に早く、追いかけているうちにその姿を見失ってしまった。


「エレナ……どうしちゃったんだよ……」


 その時、予鈴が鳴る。


「あっ、ヤバい。お嬢様を忘れてたっ!?」



 陸が気付いた頃、教室内では麗華が静かに怒っていた……。


 ◆状況開始


 新学期が始まり、授業も開始され、学園内がやっと落ち着きを見せた頃。


 校庭には人影はなく、風に揺れる旗の音だけが、やけに大きく響いている。


 ……静かすぎた。


 その静寂を破ったのは、正門に現れた一台のワンボックスカーだった。


 車体は薄く汚れ、ナンバープレートは泥で意図的に読み取りづらくされている。


 減速もせず門前に滑り込み、急停止する。


 次の瞬間、スライドドアが開いた。


 中から降りてきたのは、黒ずくめの男達。


 無駄のない動きで散開する。


「止まれ……」


 警備員が声をかけるよりも早く、男の一人が間合いを詰めた。


 鈍い音。


 短い悲鳴。


 それだけで終わった。


 残りの警備員も、抵抗らしい抵抗すらできずに地面へと崩れ落ちる。


 一人の男が警備員室へと入り込む。


 壁一面に並ぶモニターを一瞥し、迷いなく記録装置へと歩み寄った。


 躊躇はない。


 装置を掴むと、強引に引っ張り出して床に叩きつける。


 火花が散り、監視網は沈黙した。


 やがて、倒れた警備員の制服を剥ぎ取った男が現れる。


 サイズも確認せず腕を通し、帽子を深く被る。


 黒ずくめのリーダーらしき男が、視線だけで周囲を確認した。


 ……ハンドサイン。


 短く、正確な指示が飛ぶ。


 言葉は必要ない。


 電動の正門が、ゆっくりと閉まり始める。


 ギィギィギィ……と重い駆動音がしばらく続き、やがて門扉が完全に閉じられる。


 ガシャン。


 場違いなほど大きな音が、誰もいない校庭に響いた。


 男はポケットからトランシーバーを取り出す。


「……正門は制圧済み。そっちはどうだ」


『問題ない。第二正門、裏門……は封鎖完了。残るは搬入口のみ……これから向かう』


「了解。こちらも合流する」


 通信が切れる。


 男は足元のドラムバッグを開けた。


 中から引き抜いたのは、黒光りする自動小銃……AK74。


 慣れた手つきで安全装置を確認し、そのまま偽警備員へと手渡す。


 続けて予備マガジン。


「状況が崩れたら、ゲートキーパーと合流しろ。発砲判断は各自に任せる」


「アイ、サー」


 短い返答。


 余計な感情はない。


 男は一度だけ校舎の方へ視線を向けた。


 まるで、この先にいる『何か』を見定めるように。


 そして、低く呟く。


「……ここから先は、時間との勝負だ……」


 ◆留学生が銃を取り出した


「陸、今日は何故正門にいなかったの?」


 陸は今、九条麗華にガン詰めされていた。


「い、いやだって、ちょっと気になる事があったんだよ」


「気になる事?」


「ああ、エレナの様子がおかしかったから……つい」


「エレナって……留学生の子ですわね……また、鼻の下を伸ばしていたんですの?」


「違うって……少し様子がおかしかったんだよ……挨拶してもそっけないし……何か距離をおかれたって感じがしてさ……」


「陸が何かおかしな事をしたのではないの?」


「してないって……してないと思う……」


 ◆エレナ


 隣のクラス。


 こちらはホームルームが既に始まっていた。


「ねえねえ、裕子ちゃん。胸大きくなった?」


「なってません!!あと、『裕子ちゃん』呼びは禁止です!!」


「えー良いじゃない。ねえみんな」


 相変わらず「藤咲りお」の先生いじりがさく裂している。


 担任の裕子先生も本気で怒っている訳では無いが、これ以上生徒に舐められてはいけないと、少し強めに反論する。


 どうやらこのやり取りは中等部の頃から続いているようで、クラスの大半の生徒は『またか』という表情で見守っている。


 そんなクラスの中で、エレナ・カリストだけが窓の外をじっと見ている。


 足元には大きなドラムバッグが置かれている。


 エレナが視界の片隅にあるものを捉えた。


 それは鏡を使った光通信のようで、点滅を利用して何かを伝えてきた。


「……っ」


 エレナは唇を噛みしめる。


「(……とうとう始まってしまうのね……)」


 エレナが目を瞑ると、困ったように笑う男子生徒の顔が浮かぶ。


「……リク……ごめんね……もう、引き返せないの」


 次の瞬間、エレナは足元のダッフルバッグに手を伸ばす。


 そして中からKH9を引っ張り出す。


 小型でありながら十分な殺傷能力を持つ強力な銃だ。


 クラスメイト達は最初、エレナが何をしているか理解できなかった。


 しかし、理解できなくとも自身に危険が迫っていることはできたようで、一部の生徒達はその場に蹲った。


 エレナは銃を構え、ドラムバッグを肩に担ぐと、教卓の場所に移動する。


「エ、エレナさんっ?」


 目を丸くして動けない担任を片手で押しやる。


 担任がその場に崩れ落ちるように座り込む。


 その姿を一瞥してから、親指で銃の安全装置を解除する。


「動かないで!! 全員、その場にしゃがみなさい!! この教室から出ては駄目よっ!!」


 そう言って彼女は天井に向かって短く連射する。


 ガガガガガッ


 天井からコンクリート片が落下し、女子生徒達から悲鳴が上がる。


 エレナは続けてバッグの中から結束バンドの束を取り出す。


「これでお互いに縛りあいなさいっ!! ハリアップッ!!」


 結束バンドを投げつけられた生徒は、近くにいる生徒同士でお互いの手首を拘束する。


「これから暫くは此処から動かないでっ!! 動いたら撃つっ!!」


 エレナの声に、クラスメイト達は黙って頷くしか出来なかった。




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