第14話 エレナが来ない
陸が教室に入ると、詩織がじっとこっちを見ているのに気付いた。
「(……あの目……ウチの猫が待ち伏せしている時の目にそっくりだな……)」
陸はそんな感想を抱きながら、麗華の席に近づき、持っていた鞄を手渡す。
「はい。確かに渡したぞ……?」
「……ありがと……」
そう言うと麗華はそっぽを向いてしまう。
陸は何故麗華がそんな態度をとるのかが分からなくて、思わず肩を竦める。
そしてトボトボと自席に戻る。
するとすかさず、詩織が頭の位置を変えずに陸の方へ近づいて行く。
「(こいつの前世は絶対猫だろっ)」
陸がそう思っていると、詩織が勝手に陸の前の席の椅子に座る。
「ねえ、昨日麗華ちゃんのおうち行ったんでしょ?」
「ぶふっ!!」
最初からクリティカルヒットだった。
「ああ、もう。噴き出すなんて、汚いなあ……」
詩織はポケットからハンカチを取り出すと、わざとらしく顔や手を拭いて見せる。
「悪かったよ……でも、いきなり変な質問をしてくるからだろ?」
「そうかなぁ……でも、麗華ちゃんのおうち、行ったんでしょ? びっくりする位大きかったでしょ?」
「ああ、花房さんは、行ったことがあるんだっけ……綾香さんがそう言ってたな」
「……綾香さん? ねえ、佐伯君、綾香さんに会ったの?」
詩織が距離を十センチくらい詰めてくる。
こんな近距離で女の子と会話する経験のない陸は、思わず仰け反る。
「ち、近いって……」
「ねえ……本当に綾香さんに会ったの?」
「……会った……というか、乱入してきた」
「乱入? ねえ、詳しく聞かせて欲しいんだけど……」
「たいした話じゃねえよ……客間でお嬢様と話をしてたら急に入ってきたんだ」
「それで?」
詩織が更に距離を詰める。
「(あう……花房さんからいい匂いがして……何考えてんだ俺っ!?)」
半分パニックになっていると、不意に後頭部を引っ叩かれる。
「また、鼻の下を伸ばしてっ!! あな……陸は本当に節操がないのね。あたくしのお友達にまで手を出すつもりっ!?」
「ちが、違うって……昨日のことを花房さんに聞かれたから……」
陸の言葉を聞いた麗華の顔がボワッと赤くなる。
「しゃ、喋ったんですのっ!?」
「い、いや、まだ……綾香さんが入ってきて……っていう所まで」
「駄目ですわっ!!」
麗華が一際大きな声を上げる。
教室内に居たクラスメイト達が一斉にこちらに視線を向けてくる。
「……はっ……わたくしとしたことが……」
麗華が視線に気づくと、陸の耳を指先で掴む。
「ちょっと、こっちにいらっしゃいっ!!」
「痛った。ちょ、ちょっと痛いって、離してよ……痛いっ!!」
麗華は陸の耳を掴んだまま廊下の外へと移動する。
取り残された詩織が、我に返る。
「……今の麗華ちゃんの慌てぶり……絶対に何かあったんですわぁ」
詩織は目を細めると、口角を上げる。
「ふふふ。期待以上ですわぁ……佐伯君」
そんな詩織の呟きを聞いたクラスメイト達は思う。
「(ご愁傷様……)」と。
◆
廊下の隅まで連れてこられた陸。
麗華がやっと耳を離してくれた。
「痛ったいな……何すんだよ?」
「陸が悪いんですのよ……女の子とばかりお話して……鼻の下が伸びてますわよ」
「仕方ないだろ。男の友達なんていねえもんっ!!」
力強く言い返した所で、陸は思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
「(……ああ、俺、高校デビュー失敗してんだっけ……ああっ)」
そんな陸を見下ろしながら、麗華が更に容赦ない言葉を投げつける。
「大体、女の子のおうちの事とか、プライバシーにかかわる事をベラベラと喋る殿方はモテません事よっ!!」
「あうっ……」
麗華の正論に、陸が身悶えする。
「……悪かったよ……花房さんに迫られると弱いんだよ……」
「詩織に迫ったんですの?」
「違うって……あっちが迫ってきたの……」
陸は頭を掻きながら立ち上がる。
そして麗華の目を見て頭を下げる。
「ごめん。少しデリカシーが無かった。勝手に女性のプライバシーにかかわる事を話そうとして……ごめん」
あまりにも素直に頭を下げられてしまい、拳の下ろしどころを見失う麗華。
「わ、わかれば……良いんですのよ……これからは気をつけなさい」
「ああ。気を付けるよ」
そう言って陸が苦笑すると、何故かお嬢様の耳が赤くなる。
そこに上手い具合に予鈴が鳴った。
「よ、予鈴が鳴りましたわ……教室に戻らないと……行きますわよ」
「はいはい」
「返事は一回ですわよ」
「はい、お嬢様」
麗華と陸はそんな会話をしながら教室に戻るのだった。
◆
この日の昼休み。
陸は食堂でエレナを待つが、彼女は姿を現さなかった。
「……どうしたんだろ? 後でって言ってた筈なんだけど……時間が無くなっちゃうな」
陸は腕に巻いたTIMEXを見る。
「仕方ない……先にメニューを決めて……」
陸は定食を選択して配膳口に並ぶ。
「(最近、いつもエレナが一緒だったから、一人だと変な感じだな……)」
陸は定食を受け取り、空いているテーブルに座る。
「(此処は案外目立つ場所だから、エレナが来ればすぐわかるかな……)」
そう思いながら食事を開始する。
しかしこの日、エレナは食堂に姿を現す事は無かった。




