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第2話 お嬢様、俺を従者だと思っていた


 ■お嬢様は徒歩通学をご存知ない

「ねえー麗華ちゃん。今の生徒さん……誰さん?」


 花房詩織は、ふわりと微笑みながら首を傾げた。

 その手には、丁寧に淹れられた紅茶のカップ。


 向かいに座るのは、九条麗華。


 旧華族――九条家の令嬢にして、本年度高等部へ進級したばかりの一年生だ。


「知らないわ」


 麗華は紅茶に口をつけながら、あっさりと言い放つ。


「多分、早乙女が手配した従者じゃないかしら」


「確かめてないのぉー?」


 詩織の声は、あくまで柔らかい。


「車を降りたら所在なげに立っていたのよ……従者でしょ?」


 当然、と言わんばかりの口調だった。


 そこまで聞いて、詩織は少しだけ困ったように笑う。


「麗華ちゃん。多分、今の子……新入生だよ?」


「え?」


 麗華は瞬きを一つ。


「まあ、確かに今日は入学式ですけど……それがどうかしましたこと?」


 本気で分かっていない顔だった。


「ほら……高等部には一般入学の生徒さんが来るじゃないですか……」


「ああ、そういえば」


 興味なさげに頷く。


「でもあの男、車寄せに一人で立っておりましたのよ?」


 麗華はカップを置き、ゆっくりと言葉を重ねる。


「従者でしょ?」


 その結論に、一切の疑いはない。


「麗華ちゃん……下々の人達は、送迎車では通わないらしいですよ」


 詩織がそっと補足する。


 一瞬、空気が止まった。


「……え?」


 麗華の手が、ぴたりと止まる。


 ゆっくりと顔を上げ、詩織を見つめる。


「では……」


「はい」


「歩いて……通うと?」


「みたいですねー」


 にこやかに肯定される。


 数秒の沈黙。


 そして。


「……でもあの男、何も言いませんでしたのよ?」


 わずかに眉を寄せる麗華。


 その声音には、ほんの少しだけ『納得いかない』という感情が混じっていた。


 詩織は、くすりと笑う。


「言えなかったんじゃないかなぁー」


「……」


 麗華は黙り込む。


 思い返すのは……命令すれば即座に動き、何も言わずに鞄を持ち、言われるままに去っていった、あの少年。


「……」


 再び、沈黙。


 そして。


「……まあ、どちらでも構いませんわ」


 紅茶を一口。


 何事もなかったかのように、視線を逸らす。


「従者でも、新入生でも……役に立つなら問題ありませんもの」


 その一言に。


 詩織は、今度こそはっきりと苦笑した。


「麗華ちゃんらしいねー」


 麗華は詩織の言葉を華麗にスルーするのだった。


 ■嫌な予感は当たる


「まさか……入学式の会場がこんなに遠いとは思わなかった……」


 肩で息をしながら、陸はようやく足を止めた。


 生徒会室を追い出されたあと。


 現在地も分からないまま校内をさまよい、出会う人すべてに道を聞き……ようやく、此処に辿り着いたのだ。


 ……だが。


「……遅い」


 入口に立っていた教師が、露骨に眉をひそめる。


「す、すみません……!」


 慌てて頭を下げるが、返ってくるのはため息と、あからさまな不機嫌な視線。


 数人の教師に軽く絞られたあと、陸は会場の最後尾へと押し込まれた。


 すでに式は始まっている。


「(俺のせいじゃないのに……)」


 椅子に座りながら、心の中で抗議する。


「(ていうか、初日から印象最悪じゃん!!)」


 静まり返った会場の中で、一人だけ精神的に騒がしい。


 壇上では、来賓の挨拶がちょうど終わったところだった。


「……続きまして、生徒会長よりご挨拶をいただきます」


「(生徒会……)」


 その単語を聞いた瞬間、嫌な予感が、背筋を走る。


「(やめろ……思い出すな……)」


 だが、脳は無慈悲だった。


 くるくると螺旋を描く、あの金色の髪。


 圧、命令、鞄。


「(うわぁぁ……)」


 顔を覆いたくなるのを必死でこらえる。


 そのとき。


 壇上の袖から、数人の生徒が現れた。


 生徒会長は女性で、凛とした佇まいが特徴的な美人さん(感想、陸)を先頭に、後ろに続く四人の生徒達。


 整然とした動き、洗練された立ち振る舞い。


 いかにも“選ばれた側”の人間たちだ。


「皆さんご存知の通り……」


 生徒会長が、落ち着いた声で語り始める。


「この学園は中等部からの進級者が大半を占めております」


 会場の空気が、自然と引き締まる。


「そのため、生徒会も今期は中等部役員がそのまま高等部へ移行する形となります」


「(ふーん……)」


 陸は気のない相槌を心の中で打つ。


 正直、今はそれどころではない。


「六月に正式な生徒会選挙を予定しておりますが……」


 会長が一拍置く。


「それまでの暫定ではありますが、本年度の役員を紹介いたします」


「(……なんか嫌な予感がする)」


 胸騒ぎが、強くなる。


「では、皆さん。自己紹介を」


 その一言で。


 後ろに控えていた四人が、一歩前に出る。


 ……そしてその中に見覚えのありすぎる『ドリル』があった。


「(あ。)」


 思考が止まる。


「(終わった)」


 ■そのトラックを誰も疑わなかった

 資材搬入口。


 鳳城学園は、巨大な教育機関だ。


 幼稚舎、初等部、中等部、高等部、そして大学部。


 一学年およそ二百名。中等部と高等部だけでも、在籍者は千人を優に超える。


 それだけの人間が生活する以上、当然、『物資』もまた膨大な量になる。


 食材、日用品、制服、備品。日々、それらの物資を積んだトラックが一日に何十台と出入りする。


 そしてその全てが集まる場所が、この資材搬入口だ。


 エンジン音、排気ガス、クラクション。


 怒号と苛立ちが入り混じる、学園とは思えない喧騒。


 今日もまた、搬入待ちのトラックが長蛇の列を作っていた。


 その車列の中に一台、見慣れないトラックが紛れ込んでいた。


 やがて順番が回り、トラックは受付へと横付けされた。


「お疲れさまです。『アジアの曙商事』です。ご注文の品をお持ちしました」


 運転手は慣れた手つきで、書類の挟まったバインダーを差し出す。


 受付の男はそれを受け取り、ぱらぱらと書類をめくった。


「……こんなもん、発注したか?」


 小さく眉をひそめる。


 だが、書類に不備はない。


 印も、形式も、すべて整っている。


 受付の男が書類を確認している時だった。


 プァァァン!!


 後ろのトラックから、けたたましいクラクションが鳴り響いた。


「ちっ……!」


 受付の男が舌打ちする。


 さらにもう一度。


 プァァァン!!


「分かったって言ってんだろ!!」


 受付の男は苛立ちを隠さず怒鳴る。


 視線をもう一度だけ書類に落とすが、結局それ以上は確認しなかった。


 バインダーから納品書だけを引き抜き、乱暴に印を押す。


「ほら、いいぞ。行っていい」


「どうも。納品場所はいつもの所で?」


「ああ、任せる、任せる」


 完全に投げやりだった。


 背後では、まだクラクションが鳴り続けている。


「うるせえな!!今行く、順番にやってんだよ!!」


 受付の怒声を背に、トラックはゆっくりと発進した。


 その瞬間……運転手の表情が変わる。


 先ほどまでの営業用の笑みが、すっと消え、バックミラー越しに受付を一瞥する。


「……ザルだな」


 小さく、吐き捨てる。


「もう少し警戒心を持った方がいい」


 わずかに口元が歪む。


「まあ……この方が、都合はいいが」


 低い声……感情のない、乾いた響き。


 トラックはそのまま、学園の裏手へと進んでいく。


 向かう先は人気の少ない、物品倉庫。


 喧騒から切り離された、静かな場所。


 そこで何が行われるのかを……まだ誰も知らない。



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