↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/30

第12話 九条家の人々


 麗華の後に付いて大きな門を潜る。


 門の先には公園かと見間違うような日本庭園が姿を現した。


 その庭園の中を、一本の石畳の道が、奥の日本家屋の屋敷まで続いている。


「(でけえ……なんとか園とかいう名前の公園みたいだ……)」


 陸は思わずきょろきょろと周囲を見回す。


 そして見れば見る程、木々の一本に至るまで、きちんと手入れが行き届いている事に気付かされる。


「(……お嬢様だとは思っていたけど……こんなに凄い家のお嬢様だったなんて……)」


 陸は思わず前を歩く麗華の背中を、まじまじと見つめてしまう。


 暫く石畳の道を歩いていくと、日本建築の屋敷の玄関に辿り着く。


「(おー、これも何か時代劇で見た事がある気がする……武家屋敷っていうんだっけ……)」


 麗華が玄関を潜ると、すぐに年配の女性が姿を現す。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま。今日は連れがいるの……そうね、客間に案内してあげて」


「承知いたしました」


 女性が恭しく頭を下げる。


「陸。鮎沢に案内してもらって。着替えたら行くから」


「あ、ああ。わかった」


 麗華は一瞬だけ陸に目をやると、すぐに歩きだして行ってしまう。


 再び玄関に取り残される陸。


 そこに鮎沢と呼ばれた女性が陸に声を掛ける。


「鮎沢と申します。お嬢様のお世話をしておりますの……ようこそいらっしゃいました」


「え、あ、さ、佐伯陸です……よ、よろしく……お願いします……?」


 陸がキョドっていると、鮎沢は優しく微笑む。


「そんなに硬くならないで……まずはお上がりくださいな」


「は、はい」


 広い玄関の隅っこに移動して靴を脱ぐ陸。


 靴を揃えてから、改めて鮎沢に頭を下げる。


「すいません。自分も何が何だか分からないうちに、此処に連れて来られてしまって……」


「そうですか……どうぞ、こちらへ」


 陸の言い訳を華麗にスルーして、鮎沢は先を歩いていく。


「(……はう……どうなるんだ、俺……)」


 陸の呟きは、誰にも聞いてもらえないのだった。


 ◆


 陸は客間に案内される。


 客間の障子は開け放たれていて、障子の向こう側には荘厳さを感じさせる日本庭園が広がっている。


 広い客間の真ん中に、陸はポツンと正座している。


「(っていうか、客間だけでウチの全部の部屋を合わせたより広いじゃん……)」


 陸の視線の先には床の間があり、美術の教科書にでも出てきそうな山水画が描かれた掛け軸が下がっている。


「(これって絶対時代劇だよ……)」


 そんな落ち着かない雰囲気の中で陸が待っていると、聞き覚えのある麗華の声が聞こえてきた。


「失礼します」


 襖が少しだけ開かれてから、静かに襖が横に開かれる。


 其処には着替えを終えた麗華が、正座をして襖を開ける姿があった。


「(着物だ……マジか)」


 麗華は落ち着いた紺色の着物を身に纏っていた。


「(……うわ……本当にお嬢様じゃん……)」


 麗華はしずしずと部屋の中に入ってくると、背後の襖を閉める。


 そして膝の下を押さえながらゆっくり立ち上がると、陸の向かい側に移動してきた。



 見事な所作で麗華が向かい側に正座する。


 陸はその一連の動きから目を離す事が出来なかった。


 麗華が、そんな陸の視線に気づく。


「何を見てらっしゃるの? そのようにぶしつけな視線を女性に向けるものではありませんわ」


「あ、ご、ごめん。つい、見とれてしまって……」


「えっ?」


「あっ……」


 思わず二人とも、気恥ずかしくなって、視線を逸らす。


 気まずい沈黙が流れる。


 先に口を開いたのは麗華だった。


「な、なによ。何か言いたい事があるなら言いなさいよ」


「あ、いや、家では着物なんだ……と思って……」


 すると麗華は少しだけ口を尖らせる。


「お爺様の言いつけなのよ。家では和装が基本なの……」


「ああ、そうなんだ……」


 再び気まずい沈黙が流れる。


 其処に、部屋の外から声が掛かる。


「失礼します」


 そう言って襖が開かれると、其処には麗華が大人になったらこんな感じになるだろうなと思われる女性の姿があった。


 麗華は何故かその女性を見て、固まっている。


 女性は麗華以上に見事な所作で二人の元に移動してくると、麗華の横に正座する。


「初めまして。麗華の母で、綾香と申します」


 そう言って丁寧に頭を下げる。


「あ、あの、お……いえ、自分は佐伯陸と申します。突然お邪魔して申し訳ありません」


 陸もそう言って頭を下げる。


「いえいえ、娘が友達を連れてくるなんて、本当に珍しいんですのよ」


「お、お母さまっ!!」


 麗華が真っ赤になって声を上げる。


「あら、だって本当の事じゃない。前に連れてきたのは詩織さんくらいで……」


「あー、あー、聞こえませんわっ!!」


 麗華はいきなり耳を押さえてしまう。


 目の前で繰り広げられる光景を見つめながら、陸は思う。


「(俺は何を見せられているんだろう……)」


 そして綾香は愉快そうに笑うのだった。


 ◆


 結局、この日は麗華と綾香の掛け合いで終わってしまった。


 陸は今、早乙女の運転する車の後部座席にいる。


「(何だか訳が分からないうちに、帰らされてしまった……何だったんだ?)」


 陸ががっくりと肩を落とすと、その様子をルームミラー越しに見ていた早乙女が、生暖かい視線を陸におくる。


 車はいつの間にか、陸のアパートの前に辿り着く。


「(あれ……俺、自分の家の住所とか言ってないよな……)」


 困惑しながらドアを開けると、珍しく早乙女が話しかけてきた。


「明日もよろしくお願いします」


 その声はとても静かで、何故か陸の心に沁み込む声だった。


「……はい。こちらこそよろしくお願いします」


 陸は思わずそう答えていた。


 早乙女は目を細めると、視線を逸らす。


 陸は静かに車外に出てドアを閉める。


 早乙女の運転する車が、静かに発進していく。


 陸は車の姿が見えなくなるまでじっとその場に立っていた。


「……ま、いいか。こんな経験、滅多にできるもんじゃないしな……」


 そう言って陸は鞄から部屋の鍵を取り出すのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。