第11話 お嬢様の特別指導で、なぜか家に連れていかれました
その日の午後の教室。
窓の外が急に暗くなった。
足場が組み上がり、その外側に防風シートが張りつけられ始めたからだ。
グレーのシートに覆われてしまうと、一気に窓の外の景色が変わる。
時々、足場を通って職人が行き来するのが見える。
「(凄いスピードだな……もう足場が組み終わったんだ……)」
陸は何気なく窓の外を見ていると、視界の片隅でお嬢様がこっちを見て睨んでいるのが見えた。
「(えっ? 何で怒ってんの?)」
陸がじっとお嬢様の方を見ていると、麗華が声を出さずに口を開ける。
陸はその無言の言葉を読み取る。
「(ま・じ・め・に・し・な・さ・い)」
「うへっ……」
思わず声が出る。
級友たちの視線が集まる。
「佐伯。そんなに退屈なら、この問題を解いてくれ……前に来い」
数学の教師が口角を上げながら陸に指示する。
「は、はい……」
陸はトボトボと教室の前に移動する。
その背中を見ながら、麗華が眉間に皺を寄せる。
「(ドジなんだから……)」
その心の呟きが聞こえたのか、詩織の目が猫の目のように光るのだった。
◆
その日の放課後。
エレナのスマートフォンが震えた。
その感触に、エレナの表情が緊張する。
エレナは生徒達がいる所を避け、人気のない場所に移動する。
そして発信者の名前を確認してから、着信のアイコンをタップする。
「……はい、エレナです」
『随分出るのが遅かったな……何かあったのか?』
「いえ……周りに人がいたものですから……人目に付かない場所に移動していました」
『それは僥倖。どうだ、学園には慣れたか?』
「いえ……まだ一週間も経っていませんし……」
『まもなく状況が開始される……用意しておけ』
「……」
『どうした……返事は?』
「……はい。わかりました……いつ状況が開始されても良いように準備します」
『では、また連絡する』
そう言って電話の相手が通話を切る。
エレナは通話の終わったスマートフォンを見つめる。
「……こうなる事は分かっていたのに……」
そう言って唇をギュッと噛みしめる。
その時何故か、照れながら笑う男子生徒の顔が脳裏に浮かんだ。
「……リク……」
エレナの呟きが、静かに空気に溶けていく。
◆
同じころ。
陸の教室。
陸が帰り支度をしていると、麗華が近づいてきた。
「あなっ……陸。ちょっとよろしいかしら?」
「えっ?」
陸が驚いたような表情で麗華を見つめる。
「(……何でいきなり名前呼び?)」
麗華の後ろで詩織が両手で口を押えて、笑いを堪えている。
「今日の授業中の態度は何ですの? 真面目にやっていないから先生に指されるんですわ」
「そ、そんな事……言われなくても分かってるよ」
「分かってませんっ!!」
そう言って麗華がずいっと顔を近づけてきた。
「ひゃいっ!!」
思わず変な返事をしてしまう。
「あなっ……陸には少し従者としての自覚が足りませんわ」
「いや、別に従者の自覚なんて……いら」
「そこでっ!!」
麗華は陸の言葉を途中で遮って、びしっと陸を指さす。
「今日から特別指導をして差し上げますわっ!!」
「い、いや……けっこ」
「今日の帰りはわたくしの家に来なさいっ!! 良いですねっ!!」
「……」
言い返せない陸を見て、麗華は満足そうに頷く。
「少し早乙女に教育してもらえば、もっとましな従者になるでしょう。おほほほ」
その笑いは、間違いなく悪役令嬢そのものだと陸は思った。
そして詩織は笑いを堪えきれなくなったのか、そそくさと教室から姿を消してしまう。
「(……どうなるんだ……俺)」
困惑する陸をよそに、麗華は満足そうに笑うのだった。
◆
「(という訳で……陸です。何故か今、俺はお嬢様と一緒に車に乗っています)」
陸は慣れない高級車のシートに体を預けながら、ボーっと自身のナレーションを呟いている。
対照的に麗華は、いつもは関心のよせない車窓の風景を見ている。
そしてふと現実に戻った陸と運転手の早乙女の視線が合う。
「(……ねえ、何で俺がお嬢様と一緒に車に乗っているの?)」
陸は必死に目で訴える。
すると早乙女は目を細めると、何かのボタンを押す。
次の瞬間、運転席と後部座席を仕切るボードがせり上がってくる。
「えっ?」
ルームミラー越しに見えた早乙女の目が訴えていた。
「(お嬢様をよろしく……)」
そしてボードが完全に空間を二つに分ける。
「えっ……ええっ……えええっ!!」
「陸.煩いですわよ」
「あ、すいません」
陸は世の中の理不尽を思い切り実感するのだった。
◆
陸と麗華を乗せた車は順調に麗華の家に向かう。
陸は何気なく車窓の向こう側に視線をやる。
「(あれ……なんだか、この辺の家と家の間隔がおかしくないか……)」
「(っていうか、塀しか見えない……家が見えないじゃん)」
そして気づく。
「(ひょっとしてこの辺りの家の敷地って、滅茶苦茶広いのかっ!?)」
困惑する陸を無視して、車は一軒の屋敷の前に到着する。
其処は巨大な門扉が、入る者を拒んでいるように見えた。
門の左右には幾つもの監視カメラや、よく分からないセンサーのアンテナが見えている。
早乙女は慣れた手つきでハンドルを操作して、門扉の前に車を停止させる。
僅かな時間の後、門扉が自動的に開いていく。
車が十分に通れるだけの広さが確保されると、早乙女は車を発進させる。
「(何だか、映画で見るような世界だ……和風だけど)」
車がしばらく進むと、瓦屋根を持った大きな門が見えてきた。
車がその門の前に横付けされる。
早乙女が素早く車を降り、車両の後部に近づき、静かにドアを開ける。
最初に麗華が車から出る。
麗華は当然のように先に歩き出していく。
残された陸が追いかけようとすると、早乙女がその前に立ち塞がる。
「な、なに?」
腰の引けた陸が尋ねると、早乙女は車内から二つの鞄を取り出す。
そして無言で鞄を陸に手渡すと、にっこりと笑って運転席に戻ってしまう。
車は静かに発進し、後には鞄を持ったまま呆然とする陸だけが残された。
「……えっ?」
陸は思わず大きな門を見上げる。
「(この門だけで、小さな家よりでかいんじゃないか……)」
そんな事を考えていると、先に進んでいた麗華が振り返り、陸に向かって声を掛ける。
「陸、何をしているのっ!! さっさといらっしゃいっ!!」
「は、はいっ」
陸は思わず背筋を伸ばしてしまう。
「置いて行きますわよっ?」
「は、はい……今行きます」
陸は二つの鞄を抱えたまま、麗華の後を追いかけるのだった。




