第9話:明日世界が滅びるとしたら
第9話:明日世界が滅びるとしたら
「明日12時から10時間の緊急メンテかー。明日はゲームできないな」
『はじまりの広場』のベンチに腰掛け、ハルは画面端の運営アナウンスを眺めていた。
街の風景はいつもと変わらない。プレイヤーたちが雑談をかわす傍らで、NPCたちは各自の「日常」を淡々と生きている。
ふと香ばしいバターと焼き上がったパンの匂いに惹かれて目を向けると、広場の露店で例の男性町人が真顔のまま、手際よく鉄板でホットサンドを焼くバイトをしていた。
(あいつ、露店でホットサンド売ってんのか……)
吸い寄せられるように露店へ歩み寄るハル。
(プレイヤーにとってはただの10時間のメンテだけど……自分の言葉で喋って、自分の意思で生きてるこいつらって、サーバーが落ちてる間どうなってんだろ?)
鉄板の上でジューッと音を立てるホットサンドを眺めながら、ハルはふと思い立って尋ねてみた。
「ねえ、男性町人さん。……もしサービス終了したらどうする?」
男性町人はホットサンドをひっくり返し、真顔のまま少しだけ遠くを見つめた。すぐには答えず、鉄板の焼ける音だけがしばらく続いた。
「『明日、世界が滅びるとしたらどうするか』――それに近いのかもしれませんね」
少しだけ哲学的になる男性町人。ハルも思わず息を呑む。
「最後まで普通に過ごすと思います。ここが私たちの世界ですから」
淡々としているが、どこか深い愛着を感じさせる言葉。運営のメンテナンスやサーバーの停止すらも受け入れ、ただこの場所で生き続けるNPCとしての矜持のようなものに触れ、ハルの胸にしんみりとした温かいものが広がった。
「……そっか。そうだよな」
ハルが感慨深げに呟くと、男性町人はこんがり焼けたホットサンドを紙に包み、首をちょこんと傾けた。
「最後の晩餐でもしますか?」
「いいな」
ハルが微笑み、少し心が温まったその瞬間――
「通常価格です」
「だよね!!」
ハルは即座にセルフツッコミを入れた。
「終わりじゃないから無料だなんて、流れで一瞬思っちゃったけどそりゃ違うわ! 10時間のメンテだし、明日も世界は続くんだから無料になるわけないわ!!」
男性町人は平然と電卓を叩く。指先が数字の上をなぞる小さな音だけが、やけにはっきりと聞こえた。
「ええ、材料費がかかりますので。なお、閉店セールは予定しておりません」
「商魂たくましいな!!」
「世界の終末であろうと、適切な経済活動を維持することこそが世界の尊厳を守るのです」
「さっきのイイ話っぽい空気返せよ!!」
しんみりした情緒を一瞬で崩されつつも、10時間後の「明日」も変わらず営業を続けるNPCの逞しさに、ハルは呆れつつコインを払い、焼きたてのホットサンドを美味しく味わうのだった。香ばしいバターの香りと、少し焦げたパンの縁の食感が、口の中いっぱいに広がる。
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