【完結】第10話:今日も自由な街で
第10話:今日も自由な街で
アップデートからしばらくが経った。
『はじまりの広場』の噴水前。ハルは行き交う人々――いや、行き交うNPCたちをのんびりと眺めていた。
街を歩けば、相変わらず元武器屋の店主が自家栽培の野菜を売っており、転職を繰り返すNPCが今日はパン屋のエプロンを着て歩いている。遠くを見やれば、描画処理を節約するために顔のパーツがざっくり省略された省エネ仕様の町人が手を振っていた。
プレイヤーを出禁にする頑固な露店も、バグを見つけては運営に報告フォームを送りつけているシスターも、今やこの街の「当たり前の日常」だ。
最初のアップデートでは、「NPCが喋った!?」と大騒ぎしていた自分が嘘みたいに、ハルはすっかりこの自由すぎる世界に馴染んでいた。
そこへ、焼きたてのパンの袋を抱えた例の男性町人がすっと歩み寄ってきた。
「お隣、よろしいですか。ハルさん」
「うん、どうぞ」
ハルは当たり前のように隣のスペースを空けた。男性町人は真顔のままベンチに腰掛ける。木のベンチが、彼の重みできしむ小さな音を立てた。
ハルは青く澄み渡るゲームの空を見上げながら、これまでの怒涛の日々をふと思い返した。
「最初はさ、会話ができるってだけで本気で驚いたんだよな」
「左様でございますか」
「顔がなくてびっくりしたり、武器屋が農家になってたり……あいつら出禁になったNPC狩りのプレイヤー、結局反省して別ゲー行ったらしいよ」
「それは何よりの朗報です」
「あと、NPCから運営に直接バグ報告が行ってたりさ。教会じゃ死にすぎって煽られたし、害悪プレイヤーを退治した後に勝手に水鉄砲のミニイベントが始まったり……一昨日はサービス終了の話をしてたと思ったら、最後の晩餐を通常価格で売ろうとしてきたしな」
ひとしきり思い出を語り尽くしたハルは、深く息を吐き出して吐き捨てるように言った。
「……改めて考えると、めちゃくちゃだよ、このゲーム」
男性町人は真顔のまま、誇らしげに胸を張った。
「ありがとうございます」
「褒めてない」
ハルの間髪いれぬツッコミ。しかし、その声にトゲはない。ハルはふっと口元を緩めた。
「でもまあ……ここにも、すっかり慣れたよ」
「そうですね」
男性町人は静かに頷き、少し間を置いてから、淡々としたトーンで言葉を続けた。
「ですが、ハルさんはプレイヤーです」
ハルは少し意外そうに男性町人を見た。
「そこはちゃんと分けるんだ」
「はい」
男性町人は真顔のまま、どこか温かい眼差しでハルを見つめた。
「私たちはこの世界で生活しています。ハルさんは現実から遊びに来ています。……それでいいのではないでしょうか」
ハルが現実を生きる人間であり、ここが休息の場所であるという、優しくも明確な一線。それだけは、どれだけこの世界が自由になっても変わらないのだと、ハルは静かに思った。
ハルは少しだけ目を見開き、満足そうに微笑んだ。
「……そうだな」
視界の端でログアウトのカウントダウンタイマーが光り始める。ハルはベンチから立ち上がり、男性町人に向き直った。
「じゃあ、また来るよ」
「はい」
男性町人は真顔のまま小さく頷いた。
そして、ほんの少しだけ間を置いて――
「現実でしっかり稼いでくださいね」
「……」
「そして、ぜひ課金してくださいね!」
ハルの身体がログアウトの光に包まれていく直前、全魂を込めた叫びが広場に響き渡った。
「結局それかよ!!」
ハルが現実世界へ戻った後も、自由すぎるNPCたちの賑やかな日常は、今日もこの街で変わらず続いていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
これにて『アップデートをしたらNPCが自由すぎる件』は完結となります。
最後の最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




