番外編:ペットは魔物です
番外編:ペットは魔物です
「……ん? なんだあれ」
薬草採集のついでに街の外れを歩いていたハルは、脇道の空き地で妙な光景に足を止めた。
例の男性町人が、しゃがみ込んで何かに話しかけている。
「よし、いい子ですね。もう少し我慢してください」
視線の先には、犬ほどの大きさをした灰色の生き物がいた。丸い目がふたつ、こちらをじっと見上げている。背中には小さな棘が並び、尻尾の先だけがゆらゆらと揺れていた。
(あれ、モンスター図鑑で見たやつじゃないか……? たしか「シルバーファング」とかいう、序盤にしては地味に噛みつきが痛い魔物……)
「あの、男性町人さん。それ、モンスターだよね……? なんで撫でてんの?」
ハルが恐る恐る声をかけると、男性町人は顔だけをこちらに向けた。表情は相変わらず動かないが、声にわずかな柔らかさが滲んでいる。
「ああ、ハルさん。ご紹介します。この子はギンです。少し前から、私が世話をしております」
「世話!? ペットにしてるってこと!?」
「はい」
あっさりと頷く男性町人。ギンと呼ばれた灰色の魔物は、彼の手のひらに鼻先を擦りつけ、ぐるると小さく喉を鳴らした。
「いや、待って。モンスターだよね? 討伐対象だよね? さっきまで別の場所で、プレイヤーがシルバーファングの群れと戦ってたの見たけど……」
「ええ、フィールドにいる個体は、今まで通り討伐対象です。そこは変わりません」
「じゃあ、なんでこの子だけ違うの?」
男性町人はギンの喉元をそっと撫でながら、少し考えるように間を置いた。
「野生のうさぎと、飼われているうさぎの違いのようなものです」
「あー……なるほど」
短い一言だったが、ハルにはそれで十分伝わった。
「見分け方もございます。ほら、この子の瞳を見てください」
言われてハルがギンの顔を覗き込むと、丸い瞳は澄んだ青色をしていた。
「敵意のある個体は、赤みがかった瞳をしています。ですが、懐いた個体や、生まれつき温厚な性質を持つ個体は、こうして青い瞳をしているのです。プレイヤーの皆様も、フィールドで魔物と出会った際は、瞳の色を見ていただければ、多少は判断の助けになるかと思います」
「地味に有益な情報だ……」
ハルは感心しながら、改めてギンを見つめた。丸い体をわずかに震わせながら、気持ちよさそうに目を細めている。とても、討伐対象には見えない。
「ただ、繰り返しになりますが」
男性町人は真顔のまま、念を押すように言った。
「フィールドで赤い瞳の魔物と遭遇した際は、遠慮なく討伐してくださいね。そちらは、この世界の生態系を保つために必要なことですので」
「そこはちゃんと分けるんだな……」
「はい」
ギンがハルの足元に近づき、くんくんと匂いを嗅いできた。ざらついた鼻先が、ふくらはぎに軽く触れる感触が伝わる。思ったより温かい体温に、ハルは少し驚いた。
「あ、懐かれたみたいですね」
「え、そうなの? 俺、初対面だけど」
「ギンは『安全な人』をよく見分けます。ハルさんは、以前『安全・優良プレイヤーリスト』に登録されていましたから、その評価が影響しているのかもしれません」
「あのリスト、こんなところでも使われてるのかよ……」
呆れながらも、ハルはそっとギンの頭を撫でてみた。柔らかい毛並みが指先に絡み、想像していたよりずっと心地よい。
しばらく撫でていると、男性町人が静かに口を開いた。
「魔物というだけで恐れられ、討伐されるだけの存在だと思っていました。ですが、こうして懐き、日々を共にしてみると――」
言葉を選ぶように、少し間が空いた。
「彼らにも、彼らなりの温かさがあるのだと、教えられます」
淡々とした口調の中に、確かな実感がこもっているのが伝わってくる。ハルは何も言わず、ただギンの背を撫で続けた。
そこへ、少し離れた通りから低い唸り声のようなものが響いてきた。地面がわずかに震える。
「……え? なんの音?」
ハルが身構えると、通りの向こうから、鱗に覆われた巨大な影がゆったりと歩いてくるのが見えた。翼を折りたたみ、太い尻尾を引きずるようにして歩くその姿は、紛れもなくドラゴンだった。手綱を引いているのは、見覚えのない年配のNPCだ。
「ど、ドラゴン!? なんで普通に散歩してんの!?」
ハルの声が裏返る。男性町人は落ち着き払った様子で、その光景を眺めた。
「ああ、あちらはロブトさんですね。少し前から、あのドラゴンを飼育されています」
「ペットのスケールがおかしいだろ!! さっきまでうさぎの話してたのに!!」
「プレイヤーの皆様の世界にも、猛獣を飼育されている方がいらっしゃると伺っております。トラやライオンを飼うような、セレブや富裕層の方々が」
「まあ、そういう金持ちは確かにいるけど……」
「あれと似たようなものです。相応の環境と信頼関係さえ整えば、どのような生き物であろうと、共に生きることはできるのです」
真顔のまま、堂々と言い切る男性町人。ドラゴンはロブトに手綱を引かれるまま、悠然とした足取りで通りを歩き去っていく。大きな背中と尻尾が、噴水の向こうへゆっくりと遠ざかっていった。
「規模感バグってるだろ、この世界……」
ハルは半ば呆然としながら、その後ろ姿を見送った。ギンが小さく「くぅん」と鳴き、ハルの手に頭を擦りつけてくる。うさぎからドラゴンまで、あまりに幅の広い「ペット」という概念に、ハルはただただ言葉を失うのだった。
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