第7話:教会のトレンド
第7話:教会のトレンド
「……う、頭が……」
視界が真っ白な光に包まれたあと、ハルは教会の硬いひんやりとした床の上で目を覚ました。頬に伝わる石の冷たさが、意識をゆっくりと現実――いや、この世界へと引き戻していく。
ゴブリンたちの怒涛の挟み撃ちに遭い、あえなく撃破されたハルは、復活地点である大聖堂へと転送されたのだった。
「ハァ……初心者とはいえ、速攻で死ぬとかカッコ悪すぎる……」
落ち込みながら起き上がると、目の前でシスターや神父といった聖職者NPCたちが、真顔で謎の奇行を繰り広げていた。
右足を出して「エッホ」、左足を出して「エッホ」。
両腕を交互に振りながら、重々しいパイプオルガンの音色に合わせて「エッホ、エッホ」と行進している。
「……え? 宗教的な儀式? プレイヤーを復活させるための怪しいおまじないか何かか?」
ハルが引きながら見上げていると、いつの間にか横に立ち、真剣な顔で祈りを捧げていた例の男性町人が静かに語りかけた。
「違いますよハルさん。あれは現在、プレイヤー様の間で流行している最新のダンストレンドです」
「って、男性町人さん!? なんでまたここにいんの!?」
ハルが思わず声を上げると、男性町人は真顔のままスッと手を合わせた。
「今日は参拝の日ですから。世界を維持してくださる運営様への感謝を捧げに来ております」
「参拝の癖が強い!! 街のどこにでも現れるなアンタは!!」
男性町人はハルのツッコミを涼しく受け流しながら、ダンスに目を向けた。
「あの動きは、先日有名配信者様が動画で投稿された『エッホエッホダンス』ですね。聖職者の皆様もプレイヤー様との交流のために学習されたのですが……あ、シスター様。ハルさんが復活されましたよ」
男性町人が声をかけると、一番前で「エッホ」と腰を落としていたシスターがピタリと動きを止めた。
シスターは無表情のまま、すっとハルを見下ろすと、どこからか小さなメモ帳を取り出してボソッと呟いた。
「ハル様が死にすぎって伝えなきゃ……」
「心の声漏れてるよ!? 誰に伝えるつもり!?」
ハルの鋭いツッコミが聖堂に響く。石造りの高い天井に、声が二重三重に反響して返ってきた。
シスターは真面目な顔のまま、ペンを走らせてメモをとっている。
「運営様へです。プレイヤー様の生存率データは世界の難易度調整に関わりますので。……それにしてもハル様」
シスターはメモ帳をスッと懐に仕舞うと、胸の前で両手を合わせ、先ほどまでの「エッホエッホ」のポーズから一転してキリッとした構えをとった。
「そのように何度も命を落とされるヘタレな立ち回りは――滅!」
「流行りの『滅!』まで取り入れてんじゃねえよ!!」
ハルは全力でツッコんだ。
シスターは真顔で両手をピシッと突き出し、見事な決めポーズをとっている。威厳もへったくれもない。
「プレイヤーが動画で投稿したくだらない流行語とダンスを、速攻で吸収して乱用するんじゃないよ!」
「文化の受容です」と男性町人。
ハルが頭を抱えていると、シスターはパンパンと手を払った。
すると、周囲で「エッホ」と踊っていた他の神父たちも一斉に動きを止め、何事もなかったかのように静かに向き直り、本来の厳かなお辞儀をした。
その切り替わりの早さに、ハルは思わず言葉を失った。ついさっきまでの浮ついた空気が、嘘のように聖堂から消えている。
「……え? 急にやめた!?」
「あ、トレンドの有効期限が切れたようです」
「冷めるの早っ!!」
「NPCの学習データは効率的に管理されております。話題性が低下したトレンドデータは、優先的にキャッシュから削除されますので」
「ドライすぎるだろ!! さっきまでノリノリで『滅!』とか言ってたのに!?」
シスターは何食わぬ顔で「神の加護があらんことを」と清楚な微笑みを浮かべ、本来の業務に戻っていった。
参拝に来た男性町人のシュールさと、流行りを速攻で学習してドライに捨て去るNPCたちに、ハルは復活早々、大きな疲労感を覚えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。




