第5話:不具合報告
第5話:不具合報告
「……ん? なんだあれ」
『はじまりの広場』の隅を歩いていたハルは、異様な光景に足を止めた。
石造りの壁から、男性町人の上半身だけがスッポリと飛び出している。下半身は完全に壁の中に埋まっている状態だ。
(うわっ、バグだ……! 大変じゃん……!)
ハルは慌てて男性町人のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 男性の町人さん! 今、引っ張って抜いてあげますから……!」
ハルが手を伸ばそうとすると、男性町人は首を横に振った。表情は相変わらず動かないが、声は驚くほど落ち着いている。
「あ、ハルさん。お手を煩わせるには及びません。現在、不具合を報告しておりますので」
「自分で!?」
ハルは思わず叫んだ。声が壁に反響して、少し間の抜けた余韻を残した。
男性町人は壁から突き出た手で、空中に出現させた青いホログラムウィンドウを手際よく操作している。指先の動きだけが、やけに滑らかだった。
「あ、ちょっと待って……。報告って、運営にバグ報告してんの!?」
「はい。『壁面への衝突判定のバグによる脱出不能状態』について、開発チームの方々へ報告を送信しております」
「NPCが自分で運営にバグ報告……!? 嘘でしょ!?」
ハルが覗き込むと、男性町人が入力している報告画面には、恐ろしいほど緻密な情報がズラリと並んでいた。
発生場所:はじまりの広場(X:124, Y:452, Z:12)
発生条件:方向転換時にプレイヤーとの接触判定が同時発生
再現率:約15%
現在の症状:下半身の物理判定が消失し、壁内部にスタック
暫定的な回避方法:近接NPCによるリスポーン地点への再配置、またはログアウト再同期
「再現条件まで完璧に整理されてるー!?」
ハルの鋭いツッコミが広場に響き渡る。
こんなに細かく状況を説明できるものなのかと、ハルはただただ圧倒された。
「な、なんでそこまでできるの……?」
男性町人は報告画面から目を離さないまま、少しだけ間を置いた。まるで、言葉を選んでいるかのように。
「運営の方々も、日々の世界管理で大変でしょうから。少しでも修正作業の負担を減らして差し上げたいのです」
そう語る男性町人の声には、深い温もりがあった。
彼らにとって運営は、単なる「システム管理者」ではない。この世界を創り、自分たちを生み出してくれた「親」のような存在なのだ。
「……親孝行なバグ報告だな」
ハルが妙な感銘を受けていると、空中にポンッとシステム通知が表示された。
『【運営より】不具合報告を受信しました。迅速かつ正確なデータ提供ありがとうございます。ただちに修正パッチを適用します』
「あ、返事が来た」
次の瞬間、男性町人の体が光に包まれ、スポンッと壁から抜け出して無事に地面へと着地した。着地の瞬間、足の裏に伝わった衝撃までもが、妙にリアルだった。
「ふう、助かりました。運営の方々には感謝しかありません」
服のほこりを払う男性町人。ほこりなど本来存在しないはずのポリゴンの体なのに、その仕草だけは妙に人間くさい。
ハルは「開発者からしたら、こんなNPC喉から手が出るほど欲しいだろうな……」と感心せずにはいられなかった。
「さて、ハルさん。無事に復旧いたしましたので」
男性町人は仕切り直すように、真顔のまま言った。
「私のバグ報告により不具合が解消されたお礼として、運営様から全プレイヤーへ配付された『緊急メンテナンス補償の無料10連ガチャ券』を受け取っていってください」
「補償の配布までNPCがアナウンスしてんの!?」
「ええ、運営様の手間を少しでも減らすため、広報活動も私たちが自主的に補完しております。さあ、遠慮なく回してください」
「どこまで運営思いなんだよ!!」
運営への愛が深すぎて、もはや広報スタッフの領域まで勝手に補完し始めているNPCに、ハルは呆れつつも感心してしまうのだった。
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