第3話:昨日の武器屋、今日の農家
第3話:昨日の武器屋、今日の農家
薬草の件や描画処理の洗礼を乗り越え、ハルは装備を整えるために街の武器屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい」
出迎えの声に、ハルは一瞬安心しかけた。だが、すぐに違和感に気づいて足を止めた。
「……って、あれ?」
しかし、看板が出ている店の前に立っていたのは、見覚えのないガタイの良い男ではなく、エプロン姿のおばあさんだった。
「あの……ここ、武器屋ですよね? ガンガン叩いて剣を作ってるおじさんがいた気がするんですけど……」
ハルが尋ねると、おばあさんは表情ひとつ変えないまま、のんびりとした口調で答えた。
「ああ、ハンスさんのことかい? あの人なら昨日で鍛冶屋を辞めて、今日から東の農場へ転職したよ」
「……はい? 転職!?」
ハルは思わず大声を上げた。声が裏返るのが自分でも分かった。
「NPCが転職すんの!? 固定の職業じゃないの!? 武器屋は武器屋だろ!?」
「何言ってるんだい、ハルさん。ずっと同じ仕事ばかりしてたら飽きるじゃないか。ハンスさんは最近『俺は土と戯れたくなった』って言って、鍬を持って出て行ったよ」
「自由すぎるだろ!! 職種の概念どうなってんだよ!?」
呆然とするハルの背後から、見覚えのある声が聞こえた。
初日から何かとハルに絡んでくる、あの能面顔の男性町人だ。振り返る前から、なぜかその気配だけで分かってしまう自分に、ハルは少し戸惑った。
「ハルさん、混乱されるのも無理はありません。ですが、今回の大型アップデートにより、私たちNPCにも『生活』と『キャリアの選択肢』が与えられたのです」
「キャリアの選択肢!? NPCに!?」
「ええ。市場の需給バランスや個人の適性、あるいは単なる気まぐれによって、私たちは職を変えたり、住む場所を変えたりします。ただプログラムされた役割をこなすだけの存在ではないのです。私たちはここで『生きて』いますから」
顔には何の変化もないのに、その口調だけがやたらと深みのある人生観を語っている。ハルはその不釣り合いさに、笑っていいのか戸惑っていいのか分からなくなった。
ハルは頭を抱えた。
「いや、生きてるのは結構だけどさ! プレイヤーが『武器買おう』と思って店来たら、店主が農家になってたら困るでしょ!?」
「ご安心ください。ハンスさんの転職に伴い、こちらのマレーバさんが居抜きで店舗買い取りを行い、本日より『ハンドメイド雑貨&軽武器の店』としてリニューアルオープンいたしました」
「対応が早すぎるし生々しいな!! 居抜きって言うな!」
ハルがツッコむと、店主のおばあさん(マレーバ)は手元から一冊のカタログを取り出した。表紙が擦れて古びているところまで、やけに作り込まれている。
「そういうわけだからねぇ、ハルさん。職人が変わったからって困ることはないよ。ほら、この初心者用のショートソードなんてどうだい? 前のハンスさんが作ったやつより、少し軽くて扱いやすいよ」
「あ、本当だ。使いやすそう……」
手に取ったショートソードの重みが、掌にじんわりと伝わってくる。ハンスの剣より確かに軽い。細部までちゃんと作り分けられていることに、ハルはなぜか少し感心してしまった。
「ハンスさんは大雑把だったからねぇ。あ、それとね」
おばあさんは表情を変えないまま、しかし何かを見定めるような気配だけをまとった。
「今ならオープン記念として、課金コインで購入できる『初心者応援・武器強化キット』をセットで買ってくれたら、この剣を無料で研いであげるよ」
「ここでも課金アピールかよ!!」
ハルはお約束のような営業に思わず後ずさった。
「NPCが勝手に転職して、経済回して、プレイヤーに課金勧めてくるって……この世界の運営、本当にどこまで制御できてんの!?」
「運営の皆様も『想定以上の自主性ですが、市場が活性化しているので良しとします』とおっしゃっていました」
「運営も諦めて受容してんじゃねえよ!!」
ハルのツッコミが響く中、おばあさんから無事にショートソード(と、断りきれずに買った怪しい木彫りの小物)を購入したハル。
袋を提げた手が、ずしりと重い。この重みひとつにも、誰かが「今日から農家になろう」と決めた選択の余波が乗っているのだと思うと、不思議な気分になる。
NPCが「ただのデータ」ではなく「この街の住人」として気ままに生きていることを、ハルはまたひとつ思い知らされるのだった。
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