第2話:顔がない遠景とメモリの闇
第2話:顔がない遠景とメモリの闇
「うわぁ……やっぱり広いな、この街」
薬草を手に入れたハルは、はじまりの広場に戻り、改めて街の大通りを見渡していた。
中世ヨーロッパ風の町並みが広がり、行き交う人々で賑わっている。VR技術の進化には本当に驚かされるばかりだ。
ハルは、広場の遠く――およそ五十メートルほど離れた大通りの先へ目を向けた。
「……ん?」
ハルは目をこすった。
遠くを歩いている人影が、なんだかおかしい。
「……え? あいつら、顔がない……!?」
ハルは叫びそうになるのを必死で抑えた。
遠くにいる人影たちは、服を着て歩いてはいるものの、首から上が完全に「ツルツルの生首」状態だった。パーツ(目や鼻や口)が一切存在しない。ただの肌色の球体が乗っているだけだ。
心臓が一拍、大きく跳ねる。ゴーグル越しの視界だと分かっていても、その光景から目を逸らせない。
「ヒッ……!? ホラー現象!? バグ!? なになに、このゲームそういうジャンルなの!?」
一人でパニックになり、後ずさりするハル。
そこへ、先ほど薬草屋への道を尋ねたあの能面顔の男性町人が、ゆっくりと歩み寄ってきた。表情はやはり、彫像のように動きがない。
「ハルさん、どうされましたか? そんなに怯えて」
「あ、あの! あそこ! 遠くにいる人たち! 顔がない!! ホラーだよ!!」
ハルが必死で遠くを指差すと、男性町人はハルの指す方向をチラリと見て、落ち着き払った声で言った。
「ああ、あれですか。遠距離描画時の仕様です」
「仕様!?」
ハルの鋭いツッコミに、男性町人は淡々と説明を続ける。
「はい。遠くにいるNPCの顔パーツまで細かく描画すると、グラフィックボードやメモリに過度な負担がかかってしまいます。ですので、一定以上の距離がある対象は、段階的に低ポリゴン化し、パーツを削減しているのです」
「理由がめちゃくちゃメタい!!」
「ハルさんはゲーム初心者とお見受けしましたので、驚かれるのも無理はありません。ですが、これはプレイヤーの皆様にフレームレートを低下させず、快適に遊んでいただくための配慮なのです」
「いや、言ってる意味は分かるけどさ! 理由が『メモリ節約』ってNPCが自分で言うことじゃないでしょ!?」
ハルが頭を抱えている間にも、遠くにいた「顔のないNPC」の一人がこちらに向かって歩いてきた。
三十メートル……二十メートル……。
距離が縮まるにつれ、ツルツルだった頭部に少しずつ変化が現れる。まず輪郭と髪型が形成され、十メートル手前で「目」と「口」がぬっと浮き出てきた。まるで水面に沈んでいた顔が、ゆっくり浮かび上がってくるような気味の悪さだ。
「生えた!! 顔が今、急に生えてきたよ!?」
「表示が間に合って良かったです」と男性町人。
ハルは必死に息を整えながら言った。
「……じゃあさ、さっき『あれ? 今、一瞬人がいなかったような……』って思った瞬間があったんだけど、あれは?」
「表示処理が間に合っていないだけです」
「認めるなよ!! そこは『気のせいですよ』とか誤魔化せよ! 何で全部システム用語で解説してくるの!?」
「隠す必要もございませんので。私たちはゲーム内のリソースを効率的に使用し、安定したサーバー環境を維持することに協力しております」
胸を張る男性町人。相変わらず顔には何の変化もないのに、その仕草だけはやけに誇らしげに見えるのが妙だった。
ハルは呆れ果てて息を吐いた。肺の奥まで空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。ゲームの中だというのに、疲労感だけはやたらとリアルだ。
「はぁ……。ゲームって、裏ではそんなギリギリの計算で動いてるんだな……」
「ええ。ですからハルさん」
男性町人はすっとハルに近づき、真顔のまま囁いた。声のトーンだけが、心なしか一段落ちる。
「もし、遠くの景色まで美しく、NPCの顔も遠距離からバッチリ見たいと思われるのでしたら――高スペックなグラフィックボードの購入か、当ゲームの『クラウド描画強化プラン(月額有料)』への加入をおすすめいたします」
「また営業かよ!!」
ハルのツッコミが、今日も快晴の『はじまりの広場』に空しく響き渡るのだった。
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