第1話:会話が成立する恐怖
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本作は、VRMMOの大型アップデートによってAIが進化しすぎた結果、勝手に生活し、勝手に集金し始めたNPCたちと、それに振り回される主人公のメタコメディ小説です。
ゆるいノリでサクッと読めるお話になっていますので、クスッと笑っていただけたら幸いです。
第1話:会話が成立する恐怖
「あ、あの……すみません。薬草ってどこに売ってますか?」
『エターナル・フロンティア』の初期街『はじまりの広場』。
VRゴーグルを装着してゲームの世界に降り立った西村遥人――プレイヤー名「ハル」は、通りがかった気さくそうな男性町人に声をかけた。
田舎から都会に出てきて、実家では犬を飼っていた20代のごく普通の青年。VRMMORPGなんてプレイするのはこれが初めてだ。
照れ屋な性格のハルは、ゲームの中とはいえ女性のプレイヤーやNPCに話しかけるのはどうにも気恥ずかしく、無意識のうちに同性の男性NPCを選んで声をかけていた。
アップデート前は、「NPCなんて所詮プログラム、話しかけたら決められた選択肢か定型文を返すだけの存在」という程度の認識でいた。
昨日行われた大型アップデートの前までは、実際その通りだったのだ。
話しかけられた男性町人は足を止め、ハルの方へと振り返った。
その顔立ちを見た瞬間、ハルは一瞬だけぎょっとした。
男らしいデザインではあるのだが、表情がほとんど動かない。感情の起伏が感じられない、淡々とした能面のような顔立ちだ。
だが、その口から発せられた言葉は、ハルの認識を根本から覆すものだった。
「薬草ですか? 薬草でしたら、この通りをまっすぐ進んで二つ目の角を右に曲がったところにある『緑の葉薬局』に売っていますよ。ただ、今日はお店のおばあちゃんが腰を痛めてらっしゃるので、開いているかどうか……」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます……って」
言いかけた言葉が、喉の途中で止まった。
(今、なんて言った……?)
ハルは自分の耳を疑い、二度、三度と男性町人の顔を見返した。頭の中で今聞いた言葉を反芻する。腰。おばあちゃん。開いているかどうか――。整合性のある文脈が、脳の処理速度を置き去りにしていく。
「腰!? NPCが腰痛!?」
「はい。昨日の雨で冷えたとおっしゃっていました。湿布用のハーブをお分けしたのですが、効いているかどうか。もしお急ぎでしたら、少し遠いですが南街区の調剤院へ行かれた方が確実かと思います」
男性町人はごく自然に、まるで近所の兄ちゃんと世間話でもするかのような口調で答える。
「あ、いや……え? 定型文じゃないの? 『薬草屋は街の東側にあるぞ!』みたいな感じじゃないの!?」
「定型文……? いいえ、私は自分の言葉でお話ししていますが……何か変でしょうか?」
首をかしげる男性町人。しかし、相変わらず表情はほとんど動いていない。
(会話が……会話が成立してる……!)
ハルは背筋に冷たいものが這い上がるのを感じた。VRの触覚フィードバックのはずなのに、それは現実の悪寒とほとんど区別がつかない。汗ばんだ手のひらの感触までもが、やけに生々しい。
(なんだこれ、AIが進化しすぎだろ……!)
事前のアナウンスで「大型アップデートにより、世界観および住民の対話AIの大幅な機能拡張が行われます」とは書かれていた。だが、まさかここまでだとは誰も思わないだろう。
「あの、ハルさんとおっしゃるのですね」
「え、あ、はい。ハルですけど……なんで名前知ってるの?」
「胸元にネームプレート(ステータス表示)が出ておりますので。初心者様ですね。この街には慣れましたか?」
「いや、慣れるどころか、今めちゃくちゃ恐怖を感じてるんだけど……」
ハルが本音を漏らすと、男性町人はすまなそうな雰囲気で少し首をすくめた。表情自体はぴくりとも動かない能面のままだが、雰囲気だけがしおらしくなるのが不思議だ。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。ですが、私たちもこの『エターナル・フロンティア』で暮らす住人ですので、プレイヤーの皆様と円滑にコミュニケーションが取れるようになったのは、とてもありがたいことなのです」
「住人……。あ、じゃあアンタたちは自分たちがゲームのNPCだって自覚はあるの?」
気になって尋ねてみると、男性町人はあっさりと頷いた。
「ええ、もちろんです。私たちは運営の皆様によってつくられた存在です。運営様はいわば、私たちにとっての『親』のようなものですね。世界を創造し、こうして快適に過ごせるよう日々メンテナンスをしてくださっています」
「神様、じゃなくて親?」
「神様なんてそんな大層なものではありませんよ。いつもバグの修正やサーバーの維持で大変そうですから……『いつも世界を維持してくださってありがとうございます』と、感謝の気持ちでいっぱいです」
親に対する感謝と労い。まさかゲームのNPCから「メンテナンスお疲れ様です」なんて言葉を聞くとは思わなかった。
――間。
数秒の沈黙が広場の喧騒に紛れて流れる。ハルはその言葉の意味を、もう一度頭の中で噛み砕いた。
(開発者がこれ聞いたら、泣いて喜ぶやつじゃないか……?)
妙な感銘を受けたところで、男性町人がふと表情を変えた。無表情のままなのに、心なしか声のトーンだけが一段落ちる。
「あ、そういえばハルさん」
「ん? なに?」
男性町人は真顔のまま、すっと胸ポケットから一冊の小さなメモ帳を取り出した。心なしか、一瞬だけ手が止まる。まるで、切り出すタイミングを計っているかのように。
「もしよろしければ、この世界へのご要望や『ここを直してほしい』という点などはありませんか?」
「要望? 俺が?」
「はい。運営の方々は、プレイヤー様からの声をとても大切にされています。私たちNPCから直接言うよりも、実際に遊ばれているプレイヤー様から伝えていただいた方が、対応していただきやすいのです」
「お前ら、そんな大人の事情まで理解してんの!?」
ハルの鋭いツッコミが広場に響き渡る。噴水のせせらぎと、遠くで行き交う商人たちのざわめきが、一瞬止まったような錯覚を覚えた。
男性町人は相変わらず表情ひとつ動かさぬまま、「ええ、効率的なフィードバックは世界の発展に不可欠ですので」と当然のように言い切った。
「なるほどね……自由すぎるだろ、このアップデート……」
ハルは頭を抱えた。
VRMMORPG初心者として、操作方法や戦い方を覚えるだけでも一苦労だと思っていたのに、まさか「NPCとまともな社会派コミュニケーションを取る」という謎のスキルまで要求されることになるとは。
「あ、それとハルさん」
男性町人はメモ帳を仕舞いながら、爽やかに(口元だけ少し動いて)言った。
「この世界をより楽しんでいただくためにも、ぜひショップで便利アイテムや限定衣装の『課金』をご検討くださいね。皆様が課金してくださると、私たちの生活環境や街の設備が良くなりますので」
「急に生々しい営業かけてきた!!」
ハルは思わず一歩後ずさった。踏み出した足の裏に、石畳の硬い感触がやけにリアルに伝わってくる。
「親切に教えてくれたのは営業の一環だったの!?」
「いいえ、ご案内は純粋な親切心ですよ。ですが、経済が回らなければこの世界も維持できませんから。当然の嗜みかと」
真顔で論理的な営業をかけてくるNPC。
ハルは悟った。自分がこの『エターナル・フロンティア』というゲームに対して抱いていた認識そのものが、根底から覆されてしまったのだと。
自分勝手に生き、自分で会話をし、親(運営)に感謝し、しれっと課金を促してくる、自由すぎる住人たちの世界。
「……はぁ。とりあえず、腰痛のおばあちゃんの薬局行ってみるよ」
「ありがとうございます。お気をつけていってらっしゃいませ、ハルさん。あ、有料のダッシュスニーカーを購入されると移動が非常に快適になりますよ!」
「もういいよ!!」
ハルは苦笑いしながら、能面の男性町人に手を振って走り出した。
不安と、それ以上の呆れと、ほんの少しのワクワク感を胸に抱きながら。
ハルの『エターナル・フロンティア』での、自由すぎるNPCたちに振り回される日々が、こうして幕を開けたのだった。
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