カリスマ耳かきストの久世くん(※私の独断)
久世くんは歴史研究部に所属していた。
部員は一人。
つまり放課後の部室には、基本的に誰も来ない。
教室で耳かきをしているのを誰かに目撃された場合、どんな誤解をされるか分かったものじゃないので、私たちはこの数日LINEで耳かきを実行する場所と日程を調整していた。
そしてついに今日が約束したその日だ。
久世くんが提案したのは、歴史研究部が使っている空き資料室。
活動日は、久世くんが鍵を管理しているらしい。
「ここならいいんじゃない」
初めて入った資料室は、古い本と紙の匂いがした。
小さな机。壁際には資料の詰まった棚。奥に革張りの長椅子が一つある。
久世くんは前に落とした透明ケースを机に置いた。
久世くん曰く、今日に備えて新品の物を用意してくれたそうだ。私が買うことも提案したが、久世くんが自分で吟味したいのでと断られた。
私は長椅子に座った久世くんを見て、そこで初めて気づいた。
「……どういう体勢でするの?」
「え?」
久世くんも止まった。
「妹のときは?」
「膝」
「…………」
「…………」
急に恥ずかしくなった。
教室では一度も話したことがなかった男子。
その膝に、頭を乗せる。
それはさすがに。
「……やめる?」
久世くんが言った。
「やる」
即答した。
ここまで来て帰れるものか。
恐る恐る横になる。
頭の下に、太ももの感触がした。
うわ。
人の膝だ。気持ちいい、けど、お母さんとはやっぱり違う。
お母さんより温かい。
男の子の。
やばい、顔熱い。私赤くなってるかも。
「痛かったら言って」
盛大に照れている私に反して、頭上から久世くんの落ち着いた声が落ちてきた。
当たり前だけど、いつもより距離が近いから、声がなんか響く。
「うん」
耳に、耳かきの先が触れた。
カリ
「…………」
カリ、カリ
私の目の前に光が差して薔薇が咲き乱れた。
これ
これだ
この数年ずっと求めていたものが、急速に満たされていく
乾いた砂地に一気に水分が浸透するような。
わーーー!!
思わず叫びたくなったけど、耳かき中に暴れるのは危ない。
一生懸命堪えたけど、
「…………ふぁっっ…」
だめだちょっとだけはみ出た。
「痛い?」
「違う。けど、やばい。」
「え?」
カリ ガサゴソ サワワ サリ
久世くんの耳かきは
ものすごく上手だった。
奥まで無理に入れない。耳の内側を撫でるように、一定の力でゆっくり動く。
うちのお母さんを遥かに凌駕するその耳かきテクニック。
「……久世くん」
「ん」
「天才かも」
「耳かきで初めて言われた」
少しだけ声が笑ってる気配がした。
私は目を閉じた。
窓の外から運動部の声が聞こえる。
古い時計の音。
それから、耳に響くカリカリ音。
しばらく堪能していたけど、なんとなく久世くんと話したくなった。
「歴史研究部って、何してるの?」
「本読む」
「それだけ?」
「たまに史跡行く」
「楽しい?」
「俺は」
「そっか」
かり、かり。
会話が途切れる。
でも、気まずくない。
むしろちょうどいい。
久世くんは話しかけすぎない。
私が喋れば答える。
黙れば、黙ったまま耳を掃除してくれる。
久世くんの耳かきは、耳掃除に直接関係ない環境部分までも、恐ろしく居心地の良さを提供してくれるようだ。
すごい男だ、久世侑。
「反対向いて」
「んー」
私は彼の膝の上で寝返りを打った。
もう最初の恥ずかしさはどこかへ消えていた。
「久世くん」
「ん」
「毎週やろ」
「毎週?」
「うん」
「そんなに汚れないでしょ」
「じゃあ耳かきじゃなくてもいいから、なんかこう……やって」
「なんかって何」
「分かんない」
久世くんが、また少し笑った。
その声が思ったより近かった。
「変な人だね」
「耳かき持ち歩いてる人に言われたくない」
「それはそう」
そこで記憶が途切れた。
目が覚めると、部室がオレンジ色になっていた。
「……え」
時計を見る。
一時間近く経っている。
私は飛び起きた。
「え!なんで!?」
「あ、起きた。」
久世くんは向かいの椅子で、歴史の雑誌っぽいものを読んでいた。
「なんで起こさないの!?」
「気持ちよさそうだったから。なんか用事あった?」
「いや、ないけど!ずっと待たせてたのごめんだし!」
「本読んでたし」
久世くんは何でもないことみたいに言って、本を閉じた。
「帰る?」
私はまだぼんやりした頭で、飛び起きてボサボサ頭のまま、彼を見る。
特にヘアセットもしてなさそうな普通の短い黒髪。
細い目。
痩せても太っても、マッチョでもガリでもない。
着崩してないけど、きっちりもしてない普通の制服の着こなし。
二か月前まで、名前と「耳掃除が趣味」ということしか知らなかった久世くん。
「……来週もいい?」
久世くんは耳かきをケースにしまった。
「いいよ」
その返事も、テンション低めで気持ちも分かりにくい。
でも、久世くんはその日以降も、毎週私が前日に予定の確認のLINEをすると、わかった、と短い返信をすぐくれる。
そして、今日も先に資料室の鍵を開けて待っててくれる。
クラスメイトの久世くんは、私の耳のための、特別な人になった。




