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耳かきをしてもらうのが大好きに女の子と、耳かきするのが大好きな男の子の話。
私が密かにクラスメイトの久世くんに注目していることは、友達の誰にも言ってない。
そもそも彼に一般的に注目されるような要素は一個もないかも。
成績がすごく良いとか、運動ができるとか、部活で活躍してるとか、目立つグループにいるとか、全部当てはまらない。
高校生カーストの、中の中くらいの見た目、男子の中では、普通からやや低いくらいの身長で、あんまりクラスでも喋る方じゃないし、髪も染めてなくて黒くて、髪型も極端にダサいとかはないけど、普通。
かくいう私も人のこと言えたもんじゃなく、カースト的には中の中。たぶん久世くんよりは喋る方だし、友達も多いけど、目立つ方ではないし、成績も中の上で、帰宅部で特技もなし、顔も特別変じゃないけど、可愛いってわけでもなく、とにかくたくさん人が居ると一瞬で埋もれるタイプ。別にそういう自分に悲観とかはしてなくて、むしろ私は埋もれてた方が楽だしちょっと安心する。
だから久世くんのことも、おかしなことを言って変に注目されたくないから秘密にしている。
4月。高校2年になって、新しいクラスで配られた自己紹介カード。
名前、出身中学、好きな食べ物、趣味とか決められたテンプレートに
ほとんどの人が「YouTube」「ゲーム」「映画」とか書いている中で、
私は見つけてしまったのだ。
『趣味 耳掃除』
耳掃除。
その三文字を見た瞬間、私はしばらく固まった。そして文字を辿るように目線を動かして、その自己紹介カードの名前を確認した。
久世侑
たぶん窓際の後ろから二番目の席の男子。
初めて同じクラスになったし、1年の時も委員会とかクラス外の活動でも名前を見かけたこともなかった。
久世くんとはまだ話したことはない。わりと静かな男子のグループだし、1人で居ることも多いけどあまり女子と話しているのは見たことない。
いつも眠そうな細い目をしてて、制服もきちんとは着ているものの、だからと言ってビシッと決まってるわけでもなく。立っている姿は、だらしなくはないけど、脱力していっていうか、気怠げで、ダウナー系男子ってやつなのかな。
ちなみにイケメンではない。
私がこんなに彼に注目している理由に容姿や立場はなんら関係ない。
趣味:耳掃除
それだけが、ずっと頭から離れなかった。
何を隠そう、私、本田志乃の趣味も耳かきだ。
私は久世くんとは違い、その趣味をオープンにはしていない。
私の場合、産まれて物心ついた時にはもう、耳かきをしてもらうのが大好きで大好きで大好きで。毎日お母さんに綿棒を持って耳かきをせがんでた。
でも毎日するのは耳に悪いからと、してもらえいない日はずーっとしくしく泣いてたし、なんなら耳かきをご褒美にされれば大抵のことは我慢できるとっても扱いやすい子供だった。
柔らかい膝に頭を預けて、ガサゴソと耳の音で響く音を感じながら耳の中を擦られるのは至福の時間で、天国みたいだった。
なのに幸せは長く続かない。中学生になった頃、いつものようにお母さんに綿棒を持って耳かきを頼んだら
『えー?もう志乃ちゃん中学生だし、そろそろお母さんの耳かきは卒業じゃない?』と断られたのだ。
耳かきをしてもらうのは、幼い子供の行為なのか、とショックを受けた。
その後はなんとなくお母さんには頼めなくなり、お父さんは問題外で嫌だし、他に頼める当てもなく、私は天国を失った。まさに地に落ちた堕天使。
堕天してからの日々も毎日それなりに平凡に過ごしていたけど、ずっと心のどこかが満たされなかった。
何度か自分で試みたけど、求めている感覚と全然かけ離れていて余計に虚しくなるので、自分でするのはやめた。
自分でするのとやってもらうのは全然違う。
誰かに耳を預けて、かり、ガサガサっ、コスコス、と耳の奥に響く音を聞いている時間が好きだった。
ずっと我慢して遠のいていた、その本能とも呼べるような欲求が、教室の隅にいる久世くんが視界に入るたびに湧き戻ってくる。
久世くんは、耳掃除の何が好きなんだろう。
される方だったら、まぁ同士。
いいよねって、耳かきトークができるかも。
普段の久世くんから全く想像できんが。
でも、もしも、
もしも久世くんが、耳かきを、したい方だったら。
私は自己紹介カードを凝視しながら、1人、ゴクリと生唾を飲みこんだ。
そんなことを考え続けて、二か月が経った。
唐突に運命の日はやってきた。
放課後、実習が長引いた私たちの班は居残って化学室の片付けをしていた。
先生は準備室に引っ込んでしまい、他の班員がゴミを捨てに行って、教室には私と久世くんだけが残った。
私たちは終わった後すぐ帰るためにかばんを化学室に移動してあった。
特に会話する間柄でもなく、私も久世くんも無理に世間話をするタイプではないので、それぞれ帰る準備のために机で鞄の中を探っていた。
そのとき、久世くんのリュックの開いていたチャックの隙間から、小さな透明の箸ケースのような物が床に滑り落ちた。
足元に落ちてきたそれを拾い上げて、渡そうとして持ち上げた時に見えた中身に、私は驚きのあまり固まった。
中に細長いものが入っていた。
竹製の、耳かき。
耳かきだ
やっぱり久世くんは。本物だ。
いや、耳かきなんだから本物も偽物もない。
この場合、耳かき本体というより、私は久世侑という人間が私の見込んだ通りの人材であるほうの真偽だ。
久世くんに無言のままケースを差し出す。
少し手が震えてしまう。
私の手の振動でカタカタと揺れる竹製の耳かきの音を聞いてか、受け取りながらも久世くんが、細い目をさらに細めて、私のことを訝しげに見る。
「どうしたの?…体調、悪いの?」
「それ、耳かき?」
「え?」
久世くんの目が驚いて少し大きくなる。
今初めて久世くんの顔ちゃんと見たかも。
「ああ。うん。そうだけど」
「やっぱり耳かき好きなの?」
言ってから、心臓が跳ねた。
いきなり何を聞いているんだ私は。
でも久世くんは少し驚いただけだった。
「え?……あ、うん。そうだよ。」
声は思ったより低い。
「外で使う機会なんてないんだけど。なんとなく持ち歩いてる」
「へえ……」
沈黙。
今しかない。
二か月間、ずっと気になっていた質問。
「あのさ、自己紹介カードに書いてたよね、趣味、耳かきって。」
「うん、書いたね。」
「耳かきって……する方と、される方、どっちが好きなの?」
久世くんが、今度こそ私を見た。
「……する方」
私の心臓がこれ以上ないくらい早くなる。
学校のマラソン大会走り終わった後でもこんなにドキドキしなかった。
「する方なの!?」
「う、うん」
私の一歩出た足に合わせて、久世くんの足も一歩後ろに下がった。落ち着け、落ち着くんだ私。引かれたら台無しだから。
「昔、妹によくやってたんだけど。最近は嫌がってさ。もう全然させてもらえない」
「私、される方が好き!」
「……え?」
「でも、してくれる人がいない!」
「…………うん」
「久世くんはしたい。でも相手がいない」
「まあ」
「私はしてほしい。でも相手がいない」
「……うん?」
私は机に両手をついた。
「需要と供給が一致してる」
久世くんが黙った。
たぶん十秒くらい。
「……何の話?」
「だから、久世くん、私の耳かきしてください。」
「…………俺が?」
「うん」
「君の?」
「うん」
「耳を?」
「そう!」
久世くんはさらに目を細めて、何度か何か言いたげに口を開いたけど、何も言わずに口を閉じて思案しているようだった。
それから、数秒して軽く頷いた。
「……まあ、いいけど」
「いいの!?」
「そっちから言ったんじゃん」
そうだった。
こうして、意味の分からない契約が成立した。
私はこの奇跡を無かったことにしたくなくて、急いで現実の約束に昇華させるべく、スマホを取り出して、久世くんの了承も取らずにどんどんLINE交換をした。強引な私に対して久世くんはどこまでも従順だった。
久世くんは歴史研究部に所属していた。
部員は一人。
つまり放課後の部室には、基本的に誰も来ない。
教室で耳かきをしているのを誰かに目撃された場合、どんな誤解をされるか分かったものじゃないので、私たちはこの数日LINEで耳かきを実行する場所と日程を調整していた。
そしてついに今日が約束したその日だ。
久世くんが提案した歴史研究部に使われている空き資料室。歴史研究部の活動日は久世くんが鍵を管理しているという。
「ここならいいんじゃない」
初めて入った資料室は、古い本と紙の匂いがした。
小さな机。壁際には資料の詰まった棚。奥に革張りの長椅子が一つある。
久世くんは前に落とした透明ケースを机に置いた。
久世くん曰く今日に備えて新品の物を新調してくれたそうだ。私が買うことも提案したが、物を久世くんが自分で吟味したいのでと断られた。
私は長椅子に座った久世くんを見て、そこで初めて気づいた。
「……どういう体勢でするの?」
「え?」
久世くんも止まった。
「妹のときは?」
「膝」
「…………」
「…………」
急に恥ずかしくなった。
教室では一度も話したことがなかった男子。
その膝に、頭を乗せる。
それはさすがに。
「……やめる?」
久世くんが言った。
「やる」
即答した。
ここまで来て帰れるものか。
恐る恐る横になる。
頭の下に、久世くんの腿の感触がした。
うわ。
人の膝だ。気持ちいい、けど、お母さんとはやっぱり違う。
お母さんより温かい。
男の子の。
やばい、顔熱い。私赤くなってるかも。
「痛かったら言って」
盛大に照れている私に反して、頭上から久世くんの落ち着いた声が落ちてきた。
当たり前だけどいつもより距離が近いから声がなんか響く。
「うん」
耳に、耳かきの先が触れた。
かり。
「…………」
かり、かり。
私の目の前に光が差して薔薇が咲き乱れた。
これ
これだ
この数年ずっと求めていたものが、急速に満たされていく
乾いた砂地に一気に水分が浸透するような。
わーーー!!
思わず叫びたくなったけど、耳かき中に暴れるのは危ない。
一生懸命堪えたけど、
「…………ふぁっっ…」
だめだちょっとだけはみ出た。
「痛い?」
「違う。けど、やばい。」
「え?」
かり。ガサゴソ。さわわ、かりかり
久世くんの耳かきは
ものすごく上手だった。
奥まで無理に入れない。耳の内側を撫でるように、一定の力でゆっくり動く。
うちのお母さんを遥かに凌駕するその耳かきテクニック。
「……久世くん」
「ん」
「天才かも」
「耳かきで初めて言われた」
少しだけ声が笑ってる気配がした。
私は目を閉じた。
窓の外から運動部の声が聞こえる。
古い時計の音。
それから、耳に響くカリカリ音。
しばらく堪能していたけど、なんとなく久世くんと話したくなった。
「歴史研究部って、何してるの?」
「本読む」
「それだけ?」
「たまに史跡行く」
「楽しい?」
「俺は」
「そっか」
かり、かり。
会話が途切れる。
でも、気まずくない。
むしろちょうどいい。
久世くんは話しかけすぎない。
私が喋れば答える。
黙れば、黙ったまま耳を掃除してくれる。
久世くんの耳かきは、耳掃除以外の部分も恐ろしく居心地の良さを提供してくれるようだ。
すごい男だ、久世侑。
「反対向いて」
「んー」
私は彼の膝の上で寝返りを打った。
もう最初の恥ずかしさはどこかへ消えていた。
「久世くん」
「ん」
「毎週やろ」
「毎週?」
「うん」
「そんなに汚れないでしょ」
「じゃあ耳かきじゃなくてもいいから、なんかこう……やって」
「なんかって何」
「分かんない」
久世くんが、また少し笑った。
その声が思ったより近かった。
「変な人だね」
「耳かき持ち歩いてる人に言われたくない」
「それはそう」
そこで記憶が途切れた。
目が覚めると、部室がオレンジ色になっていた。
「……え」
時計を見る。
一時間近く経っている。
私は飛び起きた。
「え!なんで!?」
「あ、起きた。」
久世くんは私の頭を膝に乗せたまま、なんか歴史の雑誌を読んでいた。
「なんで起こさないの!?」
「気持ちよさそうだったから。なんか用事あった?」
「いや無いけど!ずっと待たせてたのごめんだし!」
「本読んでたし」
久世くんは何でもないことみたいに言って、本を閉じた。
「帰る?」
私はまだぼんやりした頭で、飛び起きてボサボサ頭のまま、彼を見る。
特にヘアセットもしてなさそうな普通の短い黒髪。
細い目。
痩せても太ってもマッチョでもガリでもなく。
着崩してないけど、きっちりもしてない普通の制服の着こなし。
二か月前まで、名前と「耳掃除が趣味」ということしか知らなかった久世くん。
「……来週もいい?」
久世くんは耳かきをケースにしまった。
「いいよ」
その返事も、テンション低めで気持ちも分かりにくい。
でも、久世くんはその日からあとも毎週私が前日に予定の確認のLINEをすると、わかった、と短い返信をすぐくれるし。
今日も先に資料室の鍵を開けて待っててくれる。
クラスメイトの久世くんは、私の耳のための、特別な人になった。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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