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白弦、貫く

 


 粘質化は嫌がらせにはなるが、ダメージ判定が無さそうだし今はあんま必要ねえかな。むしろ次が本命、明らかに攻撃用っぽい硬質化を使ってみようじゃないか。



「食いかけのガム以外で頼むぞー」


「え?黒部ダム?」


「言ってねえよ。もう少し「《硬質化》!」どわっ、危ねえ!?」



 チッ、避けられたか。さっきから舌打ちしてばっかだな。無駄話に持ち込んでまぐれでも当たりゃ良いと思ってたが、まあ甘くねえわな。


 それはそうと、硬質化の効果は至ってシンプル。糸の強度を上げる、それだけだ。下げようともしてみたけど、さっき粘糸の方で出来てたからか硬糸の方では硬くすることしか出来なかった。消費MPは変わらず1。糸を出すのにMPを使ってる感じで、オプションに関してはタダみたいだな。その代わり出した後は粘質化と硬質化、つまり魔法による性質変化を加えることが不可能という弱点がある。強制的に一手先を読まされてる感覚だ。


 だがその硬さは想像以上。限界まで硬くした糸は刃物のような鋭さを誇り、自分の手ですら簡単に切れちまう。現に、俺の左手からは小さくだがダメージ判定を示すポリゴンが滲み出ている。

 さらに粘糸よりも発動と放出速度が上がっている。細くて視認性も低く、簡単には捉えられない…はずなんだが。



「あそこまで楽々避けられるとは…」


「そりゃ俺が《侍》系統職だからだな。下級職の《剣士》から幾つか分岐進化するんだが、中でも《侍》系統は回避行動にバフが乗る。これでもマスターとやり合うよりは俺の方がマシなんだぜ?」


「全く幸運だとは思えねえなぁっ!」



 だが収穫もあった。上手くいけば、これが切り札になり得るかもしれない…!




 その後はひたすらヒット&アウェイ。本命がバレないように、どうせ当たらないと思いつつも色々試してみた。もちろん当たらなかった。


 中でも実用性がありそうだったのは3つぐらい。一つ目は粘質化と硬質化の掛け合わせ。一本の糸に複数の性質を付与できることが判明したので、ワイヤートラップのような使い方が出来そうだ。


 二つ目は複数の糸を絡み合わせ、一本の太い糸や長い糸を作り出すこと。これによってさっきのワイヤートラップ戦法が現実味を増したのと、シンプルに射程が伸びた。これで当てるためにわざわざ射出させる必要も無くなった。


 そして三つ目。自分の周りに硬質化させた糸を纏わせることで、簡易的な防御領域を作り出すという技。攻撃されれば糸の鋭さによって相手が傷付き、自分から少し離れた位置に展開することで敵を近づけさせないという使い方ができる。

 一見無敵のように思えるが、おっさんの《祓》とかいうスキルとは極めて相性が悪い。普通に斬撃を飛ばしてきて普通に解除された。これは糸がいくら硬くても強度自体が弱いからだろう。破壊可能オブジェクトのように、全く傷付く素振りも無かったのに一定のダメージを与えると突然壊れるってのが感覚的には一番近かった。


 一通り実験も終えてMPもぼちぼち減ってきたところだし、そろそろ決めに行くか。



「まだですかぁ?ふぁぁあ、おじさん眠くなってきちゃったよ…」


「ならさっさとおねんねしてくれ。その間に糸まみれにしとくから」


「ヤメロ。考えただけで鳥肌が立つ。…冗談はさておき、あるんだろ?とっておきが」



 なーんでバレてんだよ。立ち回りが露骨すぎたか?いや、勘とか言ってきそうだな。考えるだけ無駄だ、今はどうにか切り札を当てる方法だけ考えるんだ。



「そうだな…一通り実験も終わったことだし、そろそろ終わらせようか…!」


「ハッ!大した自信だなぁ!!全力で来い、トップランナーと一対一(タイマン)なんざ滅多に出来ねえからよぉ!!」




 シンとサカキ、ルーキーとベテラン。正反対の二人なれどゲームに対する熱量は負けず劣らず。そして互いは理解する。ここが最終局面、次が最後の立ち合いであると。


 しかしその中で、シンは異常なまでに冷静な思考を保っていた。スキルもステータスも関係無い、極限の状況に至った際にのみ発揮される超集中。


 ゾーン。人が長らくそう呼んできた非科学的な現実である。




「集約…形成………完了。換装、《白弦一条(ストリンガー・アイン)》!!」


「糸で出来た大弓……だがその糸の強度じゃ連射はできねえだろ!!」


「だな。たぶんこいつは一発射ったらぶっ壊れる。だがアンタに当てるだけなら一発で十分だ。《乾坤一擲》!」


「そのスキル…今覚えたってのか…?いや、訓練場じゃスキルは得られないはず………まさか!?」



 サカキはマスターの方を向き、射殺さんばかりの抗議の視線を向ける。しかしマスターはまるで意に介さず、飄々とした態度を崩さない。



「あ、やっと気付いた?闘技場モードはオフのままだよ。だから今その攻撃をまともに受けたら、紙装甲の君は上に死に戻ることになるね。ついでにここの修繕も必要になっちゃうかな」


「やりやがったなヘッド…!今からでもオンに出来ねえのか!」


「無理だよ。シンくんの《乾坤一擲》のバフが消えちゃうし。せっかくなんだし真正面から受け止めてあげなよ」




 《乾坤一擲》。魔法系以外の戦闘職なら必ず覚えておきたい汎用バフスキル。効果は次の一撃に限定して、威力が3倍になるというもの。一見、魔法で糸を生成しているシンには無意味のように思えるが、弓での射撃行動は物理攻撃判定と見なされ、糸で与える魔法ダメージでもその恩恵が受けられる。


 つまりシンとは最高に相性が良いスキル。レギオンプレイヤーの誰よりも《乾坤一擲》を活かすことができるのだ。




「随分とでけえ矢だな。お前の糸の強みは細く見えづらいことじゃなかったのか。それとも、そのメリットを簡単に放棄するほどそれがやべえってことか?」


「さあな。そいつは射ってみなきゃ分からねえよ。だがこの矢には俺のありったけのMPを籠めてる。おかげでMPはすっからかんだよ」


「正真正銘これが最後ってか。なら俺も先達として、全身全霊でお相手しよう」




 サカキが刀を構え、二人の間に緊張が走る。自ら攻撃することのないサカキは、シンが矢を射るのを待っているだけで良い。


 静かな時間が続く。互いに我慢は苦ではない…が。サカキの足元がほんの少し、注視していなければ気付けないほど動く。


 そしてシンはその隙を見逃さなかった。




「そこ…だあぁぁっっ!!!」


「ぬぅっ!?…おォォォォォ………ラァッッ!!」


「そんなっ!?弾かれちゃいましたよ!?」


「落ち着いてイロハ嬢。見てみなよ、彼の眼はまだ死んではいない。いや、むしろここからが本番とでも言いたげだね」




 ミキの言葉にマスターも頷く。自分には分からない何か高次元の闘いが繰り広げられているのだろうと、イロハは再び戦場へと目を向ける。


 シンが放った矢はサカキに跳ね返された。その矢は空中で解け、ただの糸くずに戻っていく………はずだった。




「言っただろ…一発で十分だって。白弦解放、《百条(ヘンダート)》!!」


「《祓………いや無理だな。俺の負けだ、だから早く訓練場モードを………ヘッドとミキ(あいつら)どこ行きやがったぁ!!おいシン、それ早くやめ」


「消し方分かんね」


「ぐあぁぁぁ!!!!」



 緊迫した闘いの決着は、想像を絶する情けない幕引きだった。



訓練場モード:ありとあらゆる経験値とダメージを無効化します。正確には『ダメージを受けた瞬間に全回復、HP及び設備の耐久値が0になる場合、確定で1残る』状態にします。今回はそれを切っていたのでシンは新たにスキルを習得できました。

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