8.マリーエ、村の様子を見て回る
そもそも私は、つい昨日までは聖女と呼ばれ、御役目を果たしてきたのだ。
偽聖女と呼ばれてもそれは変わらない事実だし、己の成すべきことがなくなったわけでもない。神殿で暮らしているから聖女なのではなく、神々が私に御役目を果たすだけの神力を与えてくださったから、聖女と呼ばれたのだ。
(困っている人がいて、私が何とかできるなら、力になりたい……偽聖女と呼ばれても、私の心は変わらない)
聖女の御役目で、長い年月をかけて国内のあちこちを見て回った。土地を癒し人を癒し、この国が少しでも豊かになるよう祈りを捧げてきた。その経験を生かして、ハザマ村の人たちの憂いを取り除けるよう精一杯力を尽くそうと思う。
その先に何が待ち受けているのか、この時の私には知る由もなかった。
◇◇◇
美味しい朝食をいただき、ようやく人心地ついた。
濃厚なきのこのポタージュスープが、疲弊した心身に染み渡る。ほんのり甘いデニッシュパンについ顔が緩み、フレッシュチーズとトマトをふんだんに使ったサラダは目にも鮮やかで、朝から心が弾んだ。突然やってきた自分のためにこれだけのものを用意してくれるのは、それだけ私に期待しているからだろう。そう思えば、ますます気が引き締まる。
「ご神体は小神殿にあるのですよね。ここから近いんですか?」
既に自宅で朝食を済ませてきたルーナさんは、向かいの席で冷たい紅茶を飲みながら答えてくれた。
「歩きだと半刻ぐらいかな。ついでに村の様子も見てもらいたいってニック兄が言ってたから、歩きでいい?」
「はい、大丈夫です」
「昨日の歓迎会はマトモな人しか呼んでなかったからさ~。ちょっとヤバくなっちゃった人とか、マズい感じの畑の様子をマリっちにも見てもらった方がいいよねって、おねーちゃんとも話してたんだ」
「畑、ですか?」
様子がおかしくなった人のことは聞いていたけど、畑のことは初耳だ。
「ヤバくなった農民が育ててる作物が、なんか禍々しくなっててさぁ」
「禍々しく」
どう考えても農産物に付ける形容詞じゃない。
「あ、安心して!マリっちのご飯にはそういう食材は使ってないから!!」
「他の方は……食べてるんです……?」
「出荷できないものは、自分らで処理するしかないっしょ!」
じゃまた後でねー!と、紅茶を一気に飲み干したルーナさんは、準備のため去っていった。前途多難な気がしてならない。
◇◇◇
「マリっち、めっちゃ足細いね。あとちょーキレイ!」
「そ、そうですか?こんなに丈が短い服は初めて着たので、なんだか落ち着かないです……」
用意されていたワンピースはひざ下までの長さで、いつも足首まである長いローブを羽織っている私には、すごく新鮮だ。
『これから神殿を出て暮らすなら、ローブばっかり着てないでオシャレもしましょうね?あたくし、マリーエの服を選ぶのとっても楽しみだわ!』
「猫様もこう言ってるし、あたしの服も着てみなよ!マリっちに似合いそうなやつ、出しとくね!!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
喋りながら村を歩いていると、あちこちからルーナさんに声が掛かる。
「おうルーナ!今日は偽聖女様の案内役か!」
「ルーナ、後でうちのせがれが野菜を届けるから村長にゆっといてちょうだい!偽聖女様も是非召し上がってくださいね!!」
「ルーナちゃん、偽聖女さま、こんにちわ!あとでうちのおにくも、お兄ちゃんといっしょに持っていくね!」
他の土地と比べても、この村は住民たちの仲が良いように見える。良いことだけど、神殿育ちの私にはみなさんの大音量の会話はちょっと疲れてしまう。ルーナさんの後ろでぺこぺこしながら、小神殿への道を進んでいく。
すると、少し離れたところからルーナさんをじっと見つめる男性がいるのに気付いた。
「ルーナさん、あの人……」
「げっ、今日もいるの!?ごめんマリっち、ちょっと走るよ!」
「へぇっ!?」
ルーナさんは私の手をとり、男性がいるのと逆方向に走り出す。普段走ることなんてほとんどないので、あっという間に息が上がってしまう。
「ねぇマリっち、その速度マジ!?やばない!?」
「そ、そそ、そんなこ、と、いわれ、ても……!」
「遅すぎウケる!!いやウケてる場合じゃないんですけど!!!」
後ろを振り返ると、先程の男性が追いかけてきているのが見えた。
「待てよルーナ!!今日こそ逃がさねぇぞ!!!」
「ひぃっ!!!!」
私が呼ばれたわけじゃないのに、あまりの剣幕に思わず声が出た。
「ルーナさん、あの人、なんなんですか!?」
「おかしくなっちゃったヤツの一人!よくわかんないけど、あたしをつけ回すようになっちゃったの!!」
見た感じ、目が血走っているように見える。人目も気にせず一心不乱にルーナさんを追い掛けていて、明らかに普通じゃない。これも、噂のご神体のせいだと言うのか。
このまま私のペースで走っていたら追いつかれてしまうこと間違いなしなので、この場をやり過ごすために、結界を張ることにした。
「ルーナさん、私、もう走れないので、ちょっと隠れましょう……」
「どこに!?ていうか走ってるつもりだったんだ!?」
心に刺さる一言をいただいたけど、今は落ち込んでいる場合じゃない。その場に膝をついて、すぐに祈りを込める。詠唱していては間に合わない恐れがあるので、今日ばかりはハルメイア様を頼らせてもらう。
「ハルメイア様、力を貸してくださいますか?」
『ふふっ、まかせてちょうだい。あんな風に間違った愛を振りかざす輩に、マリーエは指一本触れさせないわ』
ハルメイア様のぷにぷにの肉球が私の手にそっと触れると、淡いピンク色の光がふわっと私たちを包み込んだ。神力が無いと見えない光景なので、ルーナさんには何が起こったかわからないだろう。
「ルーナ……あぁ!?どこ行った!?」
無事に結界が発動し、あの男性からこちらが見えなくなる。これでひとまずは安心だ。
「え、なになに?なんであいつキョロキョロしてんの??」
「結界の中にいる限り、あの方からはこちらが見えません。安心してくださいね」
こうしていれば、見付かることはまずないだろう。この状態でしばらくやり過ごすことにした。




