6.未成年マリーエ、お酒は成人してから
ハザマ村は温暖な気候で、農業が盛んな豊かな土地だ。茶葉の生産が主産業で、王族御用達の紅茶もこの村で生産していて、土地面積の割に住民が多く団結意識の高い村だった。
だけど、ある時を境に村人同士のいさかいが増えはじめた。
「それまで穏やかだったおじさんが急に子供の遊び声を叱り飛ばしたり、親しかった隣人同士が些細なことで揉めごとを起こしたり、世話焼きで知られるおばあちゃんが誰とも喋らなくなってしまったりと、数名の村人が急に変わってしまったのです……」
エデルさんが肉料理を取り分けてくれて、ルーナさんが果実水のおかわりを注いでくれる中、村の事を教えてもらう。
「あたしの友達のアイリは、急にカレシにべったりくっついて離れなくなっちゃって。もう、見てるこっちのがはずい!それまでは手を繋ぐのがやっとだったのになー」
「一概に悪いことばかり起きているわけではないのですね……」
「でも隣のおじいさんは、奥さまが亡くなってからも明るくて気丈な人だったのに、突然沈み込むことが増えたのです。もう、見ていて気の毒になる程で」
「それは……お気の毒ですね。でも、それとご神体にどんな関係があるのでしょう……?」
今度はニックさんが教えてくれた。
「おかしいと思って調べたところ、様子が変わった人たちは、ふた月以内に祠のご神体の清掃係をしていたんです」
それが、唯一の共通点だったという。
「この辺りの小さな村には、必ず小神殿があります。神官様は常駐していなくて、必要なときだけ領主様の采配で神殿から派遣されて来ます。どの村も普段は村長が小神殿を管理することになっていて、ハザマ村では村人が持ち回りで清掃をすることになってるんですよ」
共通点を見付けたニックさんは、もし何か起こっても被害が自分だけ済むようにと、たった一人で小神殿を訪れたところ、以前訪ねた時とご神体の様子が違って見えたため、もしや原因はこれかと思い近付いた。
そして、気付いた時には自宅の寝台の上にいた。
「ど、どういうことですか?」
「それが、何一つ覚えていないんです。朝になっても帰ってこない俺を心配した親父がエデルたち一家と手分けして村中探してくれて、ルーナが小神殿内で倒れている俺を見付けてくれました」
意識が戻ったニックさんは村長である父親に事情を説明し、祠のご神体がおかしいと訴えた。小神殿は村人たちの冠婚葬祭を行う場のため、このままでは困ると村長はすぐに領主へ神官の派遣を要請し、原因究明を急いだ。だけど、いつまで経っても神官はやってこない。そんな困り果てていたところに私がやってきた……というわけだった。
「あの……村の人たちが被害に遭わないようにというお考えは、とても立派なものだと思います。ですが、ニックさんの身に何かあったら、エデルさんやご両親、村の皆様がとても悲しむと思うのです。次からは、どうか一人で行動されないよう、誰かに話してくださいね?」
「マリーエ様の言う通りよ、ニック!二度とあんな無茶はしないでちょうだい!」
「ははっ、こりゃ参ったな。大丈夫だよ、エデル。もうお前をあんなに泣かせたりするものか」
二人の寄り添う姿に、ふとリュカのことを思い出す。私が神力を使い過ぎたときや、御役目に夢中で寝食を忘れているとき、いつだって一番近くで見守ってくれていたのは彼だった。時に叱り、励まし、力を貸してくれるのは、リュカだったのだ。
「婚約者って、いいですね……」
「あらやだ、お恥ずかしいところを見せてしまいました」
『そんなことないわよ!想い合う恋人同士っていいものね!あたくしにもっと聞かせてちょうだいな、二人のことを』
「ハルメイア様!?」
いつのまにかハルメイア様は、小さなグラスで供された甘い果実酒をちびちび舐めていて、すっかりご機嫌のほろ酔いになっていた。こうなった愛の女神様は、ひたすら人の恋愛話を聞きたがるのだ。
「そちらの猫様は、マリーエ様の使い魔なんですよね?いやー、聖なる動物は初めて見ました。やっぱ王都から来た人はひと味違うなぁ!」
「は、はぁ……」
ハルメイア様が使い魔だなんて畏れ多いけど、この場を乗り切るためにはこの設定を受け入れておくのがいいだろう。曖昧な笑みでふわっと誤魔化すとする。
「えー、マリっちは、カレシとかいないのー?」
「おいおいルーナ!聖女様に恋愛はご法度だろ?」
「ニック兄ってば、古ーい!そもそも、マリっちは偽聖女なんでしょ?」
「ルーナの言う通りよ!きっと戒律なんて破り放題で、ブイブイ言わせてたに決まってるわよ!くぅ~しびれるぅ!!」
「エリィもそう思うよね?わたしも偽聖女さまの王都での話、もっと聞きたーい!!」
いつの間にかルーナさんの周囲に村の若い人たちが集まっていて、謎の盛り上がりを見せはじめた。私の印象が大変なことになっているではないか。
「あ、あの、聖女は恋愛が禁止ではありませんが、基本的には成人して任期が明けるまで、婚約や婚姻は出来ないしきたりとなってます。成人後も神殿に残って聖女の役割を続ける方もいますが、その人たちには婚姻の自由が認められているので……」
「じゃあ、偽聖女様にも恋人とかいたんすか!?」
「うっわ、ロウの奴必死だな!偽聖女様みたいなのが好みのタイプかぁ?」
「え、あ、いやその、私は」
「マリっちこんなにキレイなんだから、お貴族様と結婚の約束の一つや二つしててもおかしくないよねー?」
恋愛話に興味津々な若い男女が、お酒を片手に私を囲い込む。これが、出来上がっているという状態なのだろうか。まだ未成年のためお酒を飲んだことはないけど、年嵩の神官たちとお酒を嗜む神官長の様子は度々見ていた。目の前のみなさんは、ああいうときの神官長とそっくりに見える。
「あ、あああ、あの、今はまず、ご神体の話の続きを……」
「もう明日でいいじゃん!すぐに偽聖女様がぶっ壊してくれるんだから、後はそれで解決だしょ?」
「そんな話してませんよ!?」
「偽聖女様はまだ未成年っすよね。ほんじゃ、こっちの柑橘水で!」
お酒の代わりに、ふわりと爽やかに香る柑橘の飲み物を手渡された。
「「「それじゃもっかい、カンパーーーーイ!!!」」」
『かんぱーーーい!!!!』
「か、かんぱーい……」
完全に出来上がっている村の皆さんとハルメイア様に囲まれて、私も流されるがままに杯を交わした。ただし、柑橘水で。




