4.その頃のリュカ神官
「で、俺の不在中にまんまとマリーエを連れていかれたというわけか……へぇ、そうか……」
「ご、ごご、ごめん!ごめんリュカ神官……!僕の目が行き届いていなくて、本当に申し訳ない……!」
長い時間を掛けて、ようやくマリーエへの求婚の許可を得て大神殿に戻ったら、肝心の本人がいなくなっていた。なんでも、しょっちゅう押しかけては難癖をつけて帰っていく忌々しいエンデ侯爵家のボンクラ三男の手によって、偽聖女として追放されたという。
「よし、あいつ殺そう」
「頼むから待って早まらないで!みっ、みんなっ、見てないで手を貸してくれよぉーーー!!」
ユリウス神官長はそう言うが、もはやあのボンクラに生きている価値などあるのだろうか。いやない。現に目の前でマリーエを連れていかれた神官たちは、誰一人俺を止めようとしないどころか「早く殺ってしまえ」と言わんばかりの暗い目をしている。
マリーエはこの国唯一の本物の聖女だ。
それも、いずれ大聖女になれる程の力を秘めている。
赤子の頃に大神殿の前に捨てられた彼女は、神殿住まいになった直後、愛の女神ハルメイアの祝福を受けいとし子となった。女神たちは寄る辺ない無垢な幼子を好むが、その中でもマリーエは極上の魂を持つ存在だったらしく、数多の女神が彼女をいとし子にせんと狙っていたという。その激戦を勝ち抜いてマリーエをいとし子としたハルメイア様の影響を受け、身の内に膨大な量の神力を宿したマリーエは、国の庇護下に置いておくため大神殿所属の聖女となった。
そんなマリーエより3歳年上の俺は、ちょっとした厄介な身の上から、生家を離れて大神殿に預けられた。ちょうどマリーエが大神殿にやってきた直後にだ。
ここアルモニー王国では、長らく本物の聖女が不在だったため、近年では聖女は貴族令嬢の箔付けの役職になり果てていた。ほんの少しの神力と癒しの能力があれば、あとは親の地位で聖女になれるのだから、多くの令嬢がその肩書を欲しがった。近隣諸国ではかつてこの国を支えた大聖女ブルーベルの存在が知られているので、アルモニーの聖女の肩書があれば、縁談には困らない。少々上の家格の貴族に乞われて嫁ぐことも、他国の有力貴族に望まれることだってある。そのため、娘を聖女にしたい貴族たちからマリーエは大層疎まれていた。大神殿はマリーエがいれば十分だと判断し、他の聖女を迎え入れなくなったから。
たった5歳で聖女になったマリーエの防壁になるため、俺は生家からの再三の帰宅要請や持ち込まれる縁談を断り続けた。そして気付けば12年が経ち、最上級位神官の試験に合格し、家族全員を説き伏せて、ようやくマリーエに求婚する資格を得た。
その直後にこれだ。
「どうせあのボンクラも、親戚筋の令嬢を聖女枠に押し込みたいんだろう。そういう輩に付け入らせないために、侯爵家出身の神官長がいるんじゃなかったのか……?」
「ごめんってぇ……うぅ、こんなことになるなら、迷ってないでちゃんとマリーエと養子縁組しておくべきだったよ……」
マリーエの庇護者であるユリウス・ヴェルデ神官長は、高い神力を持ち代々神殿長を輩出する侯爵家の次男だ。既に長兄が侯爵位を継いでおり、祖母が神殿長を務めるこの神殿で一生を終える予定の彼は、自分との養子縁組はマリーエのためにならないと考え、長年躊躇っていた。
その結果がこれである。
「既にエンダ侯爵家には兄さんから抗議しているし、マリーエの追放先も人をやって調べているから、もう少し待っててくれるかい……?」
「あぁ。今は何より、マリーエを取り戻すことが最優先だ」
俺はずっとマリーエを愛しているし、彼女を娶ると心に決めている。
けど、立場上簡単には結婚できないことはわかっていた。俺もそうだし、マリーエはマリーエで、大聖女になれるほどの逸材だ。孤児出身ということで貴族からは疎まれているけど、正式に大聖女と認められれば、手のひらを返して養子に迎え入れようとする貴族が数多いるだろう。そうなれば、婚姻の自由など失われる。
そうなる前に正式に婚約するため、何年もかけて家族を説得したのだが、一歩遅かった。ブラコン気味な兄たちの説得に時間を掛け過ぎたせいなので、彼らなんらかの制裁を加えようと思う。
「居場所がわかり次第、すぐ迎えに行く。ハルメイア様がついているとはいえ、供もつけずに外に出るなんてあまりにも危険だ。誰に狙われるかわかったもんじゃない」
「リュカ神官……あの子を頼んだよ」
「勿論だ。戻ったら即養子縁組させるから、書類を用意して待ってろよ」
どのみち自分と結婚するなら、マリーエは高位貴族との養子縁組が必要になる。見知らぬ貴族と縁組などさせて彼女に余計な負担を掛けたくないので、神官長には腹を括ってもらわねばだ。
「えっ……いやでも、マリーエがそれをよしとするか、まだわからないし……」
「言ってる場合か!あぁ!?」
「こっ、怖いってぇぇぇぇ!!」
後ろに控えている神官たちにも全力で圧を掛けてもらい、数分後には誓約書を書かせることに成功した。
◇◇◇
それにしても、今まで聖女として申し分ない活躍をしていたマリーエを、一発で追放出来るだけの出来事とはなんだったのだろう。そんな疑問をぶつけると、神官長から困惑した表情で告げられた。
「現場を見てもらった方が早いから、ついてきてくれるかい?」
後をついていくと、宝物庫に辿り着いた。
ここはマリーエのお気に入りの場所の一つで、中階位以上の神官しか立ち入ることが許されていないため、一人になりたいときに彼女はよくここに来ていた。そんな彼女を迎えに行くのは、いつだって俺の役割だった。
その見慣れたはずの宝物庫を覗き込んだら、そこには惨憺たる光景が広がっていた。
「……なんだ、これは…………」
「どうもね、マリーエの仕業らしい。今まで神力の制御を誤ったことなんて一度もなかったのに、ここにはあの子の乱れた神力の気配が色濃く残っているんだ」
「どういうことだ!?」
「何がキッカケかはわからないけど、神力を暴走させるだけの理由があったんだろう。破壊音を聞いた神官たちが駆け付けたときには、もうこの状態だったんだ。そして、この現場をエンダ侯爵家の三男に見られてしまった」
そんなマリーエが大変だった時に、傍にいられなかったことを心から悔やむ。
「リュカ神官、あの子を無事に連れ戻しておくれ。安心してここに戻れるよう、憂いは全て僕らが掃っておくと約束するよ」
神官長の言葉に、背後に控えていた神官たちが頷いた。皆、マリーエを慕っているのだ。
「あぁ。頼んだぞ、神官長」
こうして俺は、最愛の女性をこの腕の中に取り戻すため、大神殿を後にした。
◇◇◇
「それにしても、あの大人しいマリーエが神力の制御を誤るなんて……一体、何があったんだろう」
まだまだ未熟な平神官だった17歳の頃。僕、ユリウス・ヴェルデは、まだ名前もない赤子――のちのマリーエ――と出会った。この大神殿で大切に育てた彼女は女神に愛され、多くの神官たちに慈しまれ、清廉な乙女に育った。そんな可愛いマリーエが自分の手から奪われてしまい、内心気が気じゃない。
神力を発現させた者が最初に覚えることは、力の制御だ。心の安定は力の安定と言っても過言ではなく、国内で最も神力量が多いマリーエは、心を波立たせないよう常に己を律していた。
その身の上から、聖女認定されてからの彼女の人生は、決して平穏なものではなかった。多くの野心ある貴族から養女にと望まれ、また、娘を聖女にしたかった貴族からは、命を狙われることすらあった。その度にヴェルデ侯爵家の威光でマリーエを守って来たけど、彼女の心を全て守れた自信はない。それでもマリーエは、怒りや嘆き悲しみで力を暴走させることなど一度もなかった。
「ハルメイア様は、それもまたマリーエの愛の形だとおっしゃっていたけど、本当にその通りだよなぁ」
どんなに心無い言葉を浴びせられても、孤児だというだけで物のように扱われても、いつだって淡い笑顔で受け流していたマリーエが脳裏に浮かぶ。
『あの方々にだって、きっと愛して慈しむ相手がいるのでしょう。人はいつだって自分とその手の届く範囲だけを守ることに精一杯で、全ての隣人に平等に接することなど不可能です。だから、あの方々の私への態度はこれでいいのです。誰に何と言われても聖女の座を明け渡すつもりはありませんし、それは私が、いつまでも大神殿にいたいからという、これもまた利己的な理由ですから』
マリーエはきっと、自分を追放した相手のことだって恨んだりはしないだろう。
だからこそ、わからない。
一体何がそれほどまでにあの子を揺らしたのか。
「あのう、ヴェルデ神官長。少々よろしいでしょうか……?」
「ん?どうしたんだい?」
物思いにふけっていると、二人の見習い神官に声を掛けられた。マリーエと同じくらいの年頃の少女たちだ。
「私達、リュカ神官の秘密を話していたんです。もしかしたらマリーエ様はそれを聞いちゃったのかもしれないと思って……」
「マリーエ様、リュカ神官がここからいなくなるのがショックだったのかもって――」
「え、ちょっと待って!?その話なに!?」
見習いたちの話を詳しく聞いたところ、とんでもない誤解が生じていた。仮にマリーエが聞いていたとしたら、それこそ心が乱れること間違いなしだ。
あの子が常に己を律していられたのは、リュカ神官の存在があってこそ。
彼こそがマリーエの唯一無二の存在なのだと、自分は知っている。
「は、早くリュカ神官に伝えなきゃ……!」
とるものもとりあえず、必死でリュカ神官を追い掛けた。




