3.熱烈歓迎される偽聖女
『なぁ、マリーエ。いつか俺たち、本当の家族になろう』
『ほんとの、家族?』
『あぁ。誰か一人を選ぶなら、俺はマリーエがいい。俺の家族に……なってくれるか?』
そう言った幼いリュカが、恐る恐る私に手を伸ばしたあの日から、ずいぶん遠くに来てしまった。
あの約束をよすがにここまでやってきたけど、それが失われた今、私はどうやって生きればいいのだろう。聖女でも女神のいとし子でもないただのマリーエを必要としてくれたのは、リュカだけなのだ。
(リュカ。私、あなたの家族になりたかった……ううん、今でも、なりたいよ……)
彼は約束をたがえるような人じゃないけど、そもそもが子供同士の口約束だ。そこまで重たく縛れるものだとは元より思っていない。
それに、リュカとあの日のことを話したことは、ただの一度もない。覚えているか、今はどう思っているのか聞きたい気持ちはあれど、勇気が出なかったのだ。
『今でも私と家族になりたいと、思ってくれている?』
その一言が私たちの関係が壊してしまうかもと思うと、何も言えなかった。それに、立派な上級神官になるため日夜忙しく神殿業務に励んでいる彼を、余計なことで煩わせたくなかった。
(あなただけが、私の唯一の人だったのに……)
私の神力は、愛の女神ハルメイア様の影響を受けているため、力を使う対象への愛情の有無が力の行使に大きく関わってくる。そのため私は常に心をなだらかにし、誰にも敵意を持たないよう己を律して、人々を愛し慈しんできた。私にとっては嫌な人でも、彼ら彼女らにも愛する存在がいるのだと思えば、愛をもって接することができた。
その生き方を己に課し続けて、聖女としての任期を終えても強く志願すれば、ずっと大神殿で暮らしていける。リュカや神官長の傍で生きていけるのだ。
だけどきっと、リュカと結婚する人には、私の力は使えない。愛せる自信が微塵もない。
(あぁ……これではもう、聖女ではいられない。偽聖女なんて言われても、否定できないわ……)
眠りながら、私は悲しみに暮れていた。
◇◇◇
『ねぇマリーエ!起きてちょうだい、いいことを思いついたの!』
「ふぇっ……ハルメイアさま、おはようございまふ……?」
馬車の揺れが心地よくて、ぐっすり眠っていた。いつの間にかすっかり陽が傾いている。
『人界にはもう見切りをつけて、あたくしと一緒に神界で暮らしましょ!他の神のいとし子だって何人かいるし、とっても楽しいところだから、辛い出来事なんてすぐに忘れられるわ』
「ひ、人の身で神界に?そんなことが出来るのですか……?」
あまりの衝撃で一気に目が覚めた。
『もちろん人の身のままでは難しいけれど、支障がないよう身体を作り変えてあげる。あたくしにそっくりな柔らかいピンクの髪と、宝石のような輝く緑の瞳は絶対に変えないから、安心してちょうだい』
神界は、全ての神がおわす天上の世界だと言い伝えられている。今目の前にいるハルメイア様も、本体はそちらの世界で過ごしていて、今目の前にいる猫姿は分身体だ。これも人の身では成せない神の御業の一つ。
「作り変えるということは、人界に適さない身体になるということでしょうか……」
(そしたらきっと、リュカには二度と会えなくなってしまう)
躊躇う私に、ハルメイア様は無邪気な少女のように軽やかに語りかける。
『えぇ!そうすれば、あの男の顔だって二度と見ずに済むわ!愛した男が他の女と幸せになる世界なんて、捨ててしまいましょう?』
「ハルメイア様……」
それは、とても甘美な囁きだった。
だけど同時に、恋した人の幸せを願えない自分が酷く惨めだった。
「……私は、エンダ侯爵家の方が言うように、偽聖女なのでしょう。唯一と心に決めた、大切な人の幸せを祝福できないだなんて……」
『愛とは自分勝手な物なのよ、マリーエ。あたくしは貴方のすべてを包み込むような温かい愛情の在り方が大好きだけど、きっとそれだけではないはず。身の内に激情を秘めていると、あたくしにはわかるわ』
ハルメイア様の言葉に、少し胸の痛みが和らぐ。
「…………神界に行けば、新たな愛を見出せるでしょうか?」
『それは貴方次第だけど、きっと大丈夫。愛を司る女神のあたくしがついているもの!』
「神界行き……前向きに、検討させていただきます」
『ふふっ、そうこなくっちゃ』
ハルメイア様は私を必要として、求めてくださっている。もはや聖女失格な私でもいいのなら、神界に行くのもなんだか素敵なことのように思えてきた。
◇◇◇
「あのー、聖女様。そろそろ目的地へ到着しますので、ご準備ください」
「ほぇっ!はっ、はいっ!!わかりました!!!」
神界に思いを馳せていたら、御者台から声を掛けられて飛び上がる。
『そもそも、目的地って一体どこなのかしらね?』
ハルメイア様の疑問はもっともだ。なんせ、一つの説明もなく馬車に放り込まれたのだ。
「申し訳ありません……逃がして差し上げたいのはやまやまなんですが、主人の命に逆らえば、職を失ってしまいます。おれの妹は病弱で、大神殿で聖女様に治癒していただいたこともあるのに、恩を仇で返す様な真似をして……」
「いっ、いいえ!御者さんは一つも悪くありません!その、妹さんは息災ですか?」
「はい!お陰様ですっかり元気になって、学校にも通えるようになりました。だから、おれが学費を稼いでやらなきゃいけないんです……」
「ふふ、素敵なお兄さまですね。ここまで私を連れてくるのも、お仕事とはいえ大変だったでしょう。あなたとご家族に、神のご加護がありますように」
「聖女様……!」
(私を聖女と呼んで慕ってくれる方がいる間は、相応しい振る舞いを心掛けなきゃいけないわ)
それが、聖女として長年勤めてきた私の最後の矜持だ。
それから少しして、村の入り口らしき場所が見えてきた。おそらくエンダ侯爵家にゆかりのある土地で、私を己の息のかかった場所に放逐し、二度と王都に戻らせないつもりに違いない。
(ずっとこの村で暮らすぐらいなら、ハルメイア様のお誘いを受けた方がいいかもしれないな……)
だけどそんな思いは、大きく張り出された横断幕の文字を見たら吹っ飛んだ。
【~大歓迎! おいでませ偽聖女様 ご神体をぶっ壊して!~】
「……………………ひぇっ」
私を必要として求めてくれているのは、どうやらハルメイア様だけじゃないらしい。
ここまで一挙公開とさせていただきました。
以降は毎週水曜に、ストックが尽きるまで更新いたします。




