2.マリーエ、偽聖女扱いされる
この大陸の大国は、全て多神教だ。
人間の手が届かない神界には様々なものを司る神が数多存在し、時には気まぐれに人界に降り立ち、英知を授けてくれる。また時には、神に仇なす不届きな輩に直接天罰をくだすこともある。
降り立った神の恩恵を受けて建国し、その神を最高神として崇める小国もいくつか存在するけど、それらの国々も他の神を否定することは決してない。これは、この大陸における共通認識だ。
そして、そんな神より分け与えられた御力――神力――を行使し、人々に癒しや安寧を与える聖女という存在が、この人界には存在する。
ここ数年、アルモニー王国の聖女は神力を持つ貴族の令嬢から選ばれ、10代の前半から王都の大神殿で御役目に従事し、成人年齢の18歳で満期を迎え、次の聖女が任命されることを繰り返していた。
御役目といっても、貴族のご令嬢は忙しい。10代半ばになれば学園に通う義務もあり、まだ本格的な物ではないにせよ、社交もこなさねばならないのだ。そのため、聖女に任命されたとしても、僅かな時間内で選ばれた民たちに癒しを掛けるだけの簡単な御役目しか、彼女たちは担わなかった。
かつて他国にもその名を馳せた大聖女ブルーベルのような偉大な聖女は、滅多に現れるものではない。癒しの他に浄化や魔封じを行える力を持った聖女すら、この国にはもう何年も現れていない。アルモニー王国において、聖女の弱体化は著しいと言わざるを得なかった。
そこに現れたのが私、マリーエだ。
貴族の出身ではない孤児の私が、愛の女神ハルメイア様の加護を得ていとし子となり、かつての大聖女に匹敵するほどの神力を計測したのだ。私はすぐさま国の保護対象となり、代々神殿長を輩出するヴェルデ侯爵家の後見を得て、たった5歳で聖女に就任した。民たちは大いなる力を持つ聖女の誕生に沸いたけど、貴族社会においては、私の存在は受け入れがたいものだった。
なにせ、聖女の肩書は貴族令嬢にとってこの上ない箔が付く。その貴重な肩書を、よりによって孤児なんか与えるなど、到底許せないという貴族は数多く居た。
元聖女のマデリーン・ヴェルデ神殿長は、近年の形骸化した令嬢聖女たちとその親族の振る舞いを苦々しく思っていて、よからぬ貴族たちが私を害することが無いよう、手厚く保護してくださった。孫であり次代の神殿長となるユリウス・ヴェルデ様は常に私の傍近くいてくれて、大神殿で健やかに育てられた。
だけど、何事にも穴はある。
そんな穴に、私はなすすべもなく落下していった。
◇◇◇
(うぅ……どうしてこんなことになってしまったの…………)
今私は、簡素な馬車に長時間揺られている。
大変間の悪いことに、今日はユリウス神官長を目の敵にしているエンダ侯爵家の三男が、大神殿に視察という名目で難癖を付けに来ていたのだ。
あの方は学園時代の同窓であるユリウス様を敵対視していて、ユリウス様が庇護している私にもいつも心無い言葉を投げつけてくるので、正直とっても苦手だ。いつもはリュカが上手にあしらって追い返してくれるけど、今日はリュカも不在なので、たやすく神殿の内部まで上がり込んできた。
『卑しい孤児め、やはりお前はニセモノだったのだな!すぐにここから追放してやる!!』
破壊音を聞きつけて宝物庫にやってきたかの人は、私のことをご神体を破壊した偽聖女だと断言し、あっという間に大神殿から追放した。神官たちは必死に抵抗してくれたけど、高位貴族に逆らってしまうと、皆の身に何が起こるかわからない。守ってくれる神官長は不在で、ご高齢の神殿長はここには常駐していない。事を荒立てたくない私は、大人しくついていくことにした。
そんなこんなで、好きな人も仕事も住む場所も立場も失った上に、どこに向かっているのかもわからない状況に、途方に暮れていた。
『ねぇマリーエ。あの失礼な人間は、もういらないわよね?』
「はっ、ハルメイア様!落ち着いてくださいませ……!あの方にも愛する家族や守るべき領民がいるはずなのです!!」
一部始終を傍で見ていたハルメイア様は、怒り心頭だ。
私が拘束された瞬間にかの人を消し去りそうな勢いだったので、必死にお願いしてなんとか踏み留まってもらったけど、この後の展開次第じゃ一族郎党葬ってしまいかねない。ここは私がしっかりしなくては。
「人には人の事情があります。あの方だって、ご神体を破壊した危険人物の私を大神殿に留めておけないと判断したのでしょうから、筋は通っているのです。私が壊したわけではありませんが、あの状況だとそう思われても仕方な……」
『あら、マリーエってば。あれらすべてを壊したのは、あなたの力じゃない』
「へぇっ?」
『いやだ、本当に気付いていなかったの?』
気付くもなにも、私は何もしていない。ただ泣きわめいただけで物が壊れるわけがない。はずだ。
『あの場に置かれていたのは、ご神体の形をした古き呪物だもの。恐らく、元は善きモノだったのが何らかの事情で悪しきモノに転じてしまって、時間を掛けて慎重に浄化するためにあそこに仕舞われていたのでしょう。マリーエは知らなかったの?』
「な、なにも知らないです……」
『しょっちゅうあそこに訪れているから、変わった場所が好きなのねと思っていたわ』
「ハルメイア様は、気にならなかったのですか……?」
『呪物とはいっても、美しく練り上げられた神力で封印されていたから、気にしたことなどなかったわ。あれは恐らく、大聖女ブルーベルの手で封じられたのでしょうね』
大聖女ブルーベルは、数多の悪しきモノを退け、人々に癒しを与えた救国の乙女と言い伝えられている。そんな御方が封じた呪物を私が破壊したなんて、俄かには信じがたい。
だけどハルメイア様は、当たり前のように私に告げた。
『あの時のマリーエ、涙と共に大量の神力を溢れさせていたものね。いつもは完璧な神力の制御が緩んでいたのではないかしら?それも、あたくしには心地よかったわ!』
「じゃ、じゃあ、犯人は私……?えっ、私って本物の偽聖女なんですか……?そもそも、本物の偽物って……うっ、よくわからなくなってきました……」
『あたくしにとっては、マリーエはただマリーエであるだけでいいのよ。聖女かそうでないかは、それこそ人間たちが決めることだわ』
お優しいけど、ちっとも答えになってない。深く考えるのは一旦やめよう。
(もう、リュカや神官長たち、みんなには会えないのかな……)
悲しい気持ちのまま、馬車の揺れにしばし身を委ねていたら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。




