1.聖女マリーエ、失恋する
新連載はじめました。
お楽しみいただければ幸いです。
「ねぇ、あたし凄いもの見ちゃった……!リュカ神官、お見合いするみたい!!」
「えーそうなの!?てっきり、マリーエ様の任期が明けたら、あの二人結婚すると思ってたのに!」
「私だってそう思ってたわよ!なんか、ちょっとショックというか、寂しいよね」
そんな噂話をしていたのは、見習い神官の少女たちだ。
(リュカが、お見合い……?)
「でもさ、お見合いするってことは、リュカ神官っていいとこのお坊ちゃまなの?」
「そうみたい。私もびっくりしたんだけど、身なりの良いおじ様が馬車で迎えに来てるの見ちゃった!その上、お嬢様がお待ちですよって声掛けてたの!!」
「キャー!そんな物語みたいなことあるんだ!でも、そうだとしたら、きっともうここには戻ってこないよね……」
「うん……いつもの神官服じゃなくて、王子様みたいな正装だったもの。住む世界が違うって、ああいうことを言うんだなぁって」
そこまで聞いたところで、たまらずその場から逃げ出した。
私が知らない、私の大好きな人の話を、これ以上聞きたくなかった。
こうして私、聖女マリーエの初恋は無残にも砕け散った。
◇◇◇
「ふえっく……ふえ……うえぇぇぇ………」
『マリーエ、そんなに泣くのではないわ。あたくしまで悲しくなっちゃうじゃない』
「ご、ごめんなさい、ハルメイア様……ひっく……」
ここは、アルモニー王国の王都にある大神殿にある宝物庫。誰にも会いたくない、一人になりたいとき、私はいつもここを訪れる。
今ここにいるのは私と、愛を司る女神ハルメイア様だけ。この御方は何故だか私を気に入ってくれて、幼い頃この大神殿に拾われた時からずっと一緒に暮らしている。本来の御姿は絶世の美女なのだけど、人界では淡いピンクの愛らしい猫の姿を取っている。
『そんなにあの男を愛しているなら、想いを告げてきたらいいじゃない。まだ間に合うのではなくて?』
「リュカは、貴族の子なのですよ……私みたいな孤児が愛を告げても、困らせてしまうだけです……」
赤子の頃に大神殿の前に捨てられた私は、神官長のユリウスさまを父親代わりに、ハルメイア様と優しい神官たちに囲まれて健やかに成長した。そして、5歳の神力測定で驚異的な数値を叩き出し、それ以来12年間、この国に尽くす聖女として日々励んでいる。同じような境遇でここにやって来て、神官として務めている元孤児は珍しくない。
(だからリュカも、私と同じような孤児だと思い込んでいた……)
神官のリュカは、私より少し後に大神殿に預けられた、3歳年上の男の子だ。灰青の髪に深い紺色の瞳が印象的な、世界で一番きれいな子。
(恐らくリュカは、生家に居られない事情があったに違いない。それが解決して、家族と共に暮らすために、彼はここを去ると決めのだわ……)
そうなってしまえばもう、私の出る幕なんてない。生家で家族と共に暮らし、然るべきときに婚約者と結婚するリュカを想像して、胸が潰れそうになる。その時リュカの隣にいるのは、私じゃない。
(リュカは、ずっと自分だけの家族に焦がれていた。他の誰より、私が一番そのことを知っている。だからこそ、私のワガママで彼を引き留めるなんて……出来ないわ)
「ハルメイア様、私はいいのです。リュカが家族の元で幸せに生きられるなら、とっても喜ばしいことですもの」
『マリーエ、あたくしの前で無理をしないの。悲しいときは、ちゃんとお泣きなさいな』
「だ、だけどハルメイア様、私は聖女です。皆の幸せを祈るのも御役目のうちで……」
『聖女である前に、あなたは一人の可愛い女の子なのよ。ここなら誰も見ていないから、ね?』
「…………ふえっ……うぅっ、うえぇぇ、うわあああああああん!!!!!!」
優しい言葉を掛けられたら、もうダメだった。
悲しい気持ちが身の内からどんどん湧いてきて、ちっとも涙が止まらない。
今までどうやって笑っていたのかすら、わからなくなりそうだ。
そうして思いのままに泣きわめいていたら、いつも静かな宝物庫に変化が現れた。
ガシャッ
パリンッ
ドガァッ
バゴォーン
「………………へぇっ?」
ありとあらゆる破壊音が耳に響き、我に返って周囲を見渡すと、宝物庫に仕舞われていた数々のご神体が粉々に砕け散っていた。
まるで、私の初恋のように。




