19.偽聖女、逃げた先で気付く
転移した先は、何故か小神殿の入り口付近だった。
『あら、あたくしは村長の家を目指したのだけど……』
ハルメイア様が、きょとんとした表情で首を傾げている。可愛らしい仕草だ。
『あたくしの神力が、この場に残された武神リオルの神力の残滓に引き寄せられたのかしら』
「そんなことがあるのですか?」
『というより、他に理由が思いつかないのよ』
不可解ではあるけど、昨日訪れたときはすぐに倒れてしまってあまり見られなかったので、少しだけ小神殿の中を見て回ることにする。
壁面には様々な神のモチーフが彫り込まれていて、小さいながらも清浄な空気が漂っている。昨日は祠に気を取られ過ぎて気付けなかったけど、とても良い場所だ。
「この小神殿は、居心地がいいですね。村の人たちに愛された場所なのだとよくわかります」
多くの村人たちがここで結婚式を挙げるなど、節目の儀式に欠かせない場所だ。だからこそ、一日も早く事態を解決して、安心して過ごせるようにしたい。王都に戻っている場合じゃないのだ。
『見てちょうだいマリーエ、あたくしの薔薇もあるわ!』
「わぁ、見事な装飾ですね」
ハルメイア様の可愛らしい肉球が示した先には、精緻な彫りの美しい薔薇のモチーフがあった。愛を象徴する花と言われている薔薇はハルメイア様代のお気に入りで、そのモチーフもどことなく神々しさを感じられ、私は思わず祈りを捧げた。美しいものを見て、心が凪いでいくのを感じる。想定外の転移だったけど、私にとってはよかったかもしれない。
(……リュカから、逃げちゃったな)
今までリュカの元へ逃げ込んだことは何度もあるけど、彼から逃げ出したのは初めてかもしれない。どんな時でも私を諦めないで、全ての問題に共に立ち向かってくれたから、私も彼を信じて共に歩んできた。それなのに今は、こんなことになってしまった。
(このままじゃ、よくないよね……)
自分の元から離れていく彼と向き合うことは、恐ろしい。だけどこのまま目を背け続けて、未消化な想いをずっと抱えたまま生きていくことになる方が、もっと恐ろしいのではないだろうか。
「マリっちじゃん!どしたのこんなとこで!!」
「ほぎゃっ!!!!!」
うっかり考え込んでいたところで声を掛けられて、よくわからない声を出してしまった。
「る、ルーナさん……どうしてここに?」
「あ!ゆっとくけどサボりじゃないかんね!!学校には行ったんだけど、先生の奥さんが産気づいて慌てて帰ってったから、全員早退することになったの!!」
『ルーナ、あたくしもマリーエなにも言っていないけど?』
「ぎゃ!墓穴掘ったかんじ!?」
今朝エデルさんが言っていたように、咄嗟に弁明してしまうくらいには、ルーナさんは学校が好きじゃないようだ。
「私は学校に通ったことがないのですけど、ルーナさんにとって嫌な場所なのでしょうか?」
「学校がじゃなくて、勉強が嫌!わざわざ苦手なことをするために遠くまで行きたくないというかぁ……その時間でもっと楽しいことしたいじゃん」
「学校そのものはお好きなんですね」
「そだね。隣村の子とも仲良くなれたし、親とかお姉ちゃんから離れて過ごせる時間があるのは、ちょっと嬉しいかも」
私の場合、自分が知らないことを教えてもらえる時間は凄く楽しかったし、忙しい神官長が勉強の時間は私につきっきりで教えてくれることも嬉しかった。一人きりじゃなくて大抵はリュカと一緒だったというのも大きい。だけど集団生活はあまり得意ではないから、学校に通っていたらルーナさんとは違う理由で行きたくないと思ったかもしれない。
『反抗期とか、思春期というやつね。マリーエにはちっともそういう感情がないから、新鮮だわぁ』
「えっマジで!?親がウザいとか全然ないの!?」
「親代わりの神官長や家族みたいな人たちは沢山いますけど、ウザい?という気持ちになったことはないですね」
「めっちゃピュアじゃん……えー、こんなピュアでも偽聖女になっちゃうって、この国まじやばいんじゃね……?」
ルーナさんの何気ない一言が、思いがけず胸に突き刺さる。国はきっと大丈夫だと思いたい。
偽聖女かと問われたらはいとは言えないけど、私の心の中に黒い感情が渦巻いていることは確かだ。なんとなく気まずくなって、強引に話題を変えてしまう。
「え、えっと、ルーナさんはどうしてここに?」
「あー、ん-、なんとなく?昨日はバタバタっと帰っちゃったし、そういやどうなってるかな~と思ってさ。マリっちもそんな感じ?」
「結果的には、そういう感じです。昨日はゆっくり見られませんでしたけど、こちらの小神殿は手入れも行き届いていて美しいですね」
素直な感想を告げると、ルーナさんは嬉しそうにニコっと笑った。
「でっしょー!あたしもチビのときから、ここ好きなの!」
「村の方に愛されている場所だと伝わってきます。たしか村の皆さんは、ここで結婚式を挙げるのですよね?」
「そだね。まだちっちゃい頃、とーさんの妹がここで結婚式したのを覚えてるけど、すっごくキレイだった。村の女子はみんな、いつかここで結婚式するのを楽しみにしてるんだ」
「エデルさんとニックさんも、そろそろご結婚されるのでしょうか?」
「……さぁ、どうかなぁ?少なくとも、ご神体があのままじゃ、村の誰も結婚式なんてできないよね」
そう言ったルーナさんの表情に、どことなく仄暗いものを感じたのは、気のせいだろうか。
◇◇◇
近所のお友達の家に立ち寄るルーナさんと別れて、先に村長さんの家に戻ることにした。
『マリーエ、ルーナに何も聞かなかったわね』
「ここでバッタリ会う予定なんでありませんでしたから、なにを話したらいいかまとまって、全然まとまってなかったので……」
ルーナさんは大聖女様のことを知っていたのに、どうして皆さんの前で言わなかったんですか?と真っ直ぐ問うのは私には難しい。
(それに、さっきの表情も気になる)
まだ出会って間もないけど、ルーナさんはいつも明るくてニコニコしていて、私を引っ張って行ってくれる人だ。彼女らしからぬ表情の裏には、どんな感情が隠されているのだろう。
『まぁ、愛とは人間が抱く感情の中で最も複雑だものね。姉の婚約者に横恋慕するなんて、人間の愛は業が深いったらないわ!そこがよいのだけど!!』
「…………へ?」
『ニックはエデルしか見えていないようだから、ルーナもニックのことは諦めて、自分だけに愛を注いでくれる男の元へ行けばいいのに。まぁ、マリーエがリュカへの想いを引きずるのと同じような、ものでしょうけど』
「ちょ、ちょっと待ってくださいハルメイア様!」
『どうしたのマリーエ?』
「ルーナさんは、ニックさんの事が好きなのですか……!?」
『あらやだ、そこからなのね。わからなかった?』
全くさっぱりわからなかった。
「でも、もしそうだとしたら、どうして大聖女様のことをニックさんに黙っていたのでしょう」
祠の問題が解決するヒントが隠れているかもしれないのに、何故言わなかったのか。ニックさんのことが好きなら、ニックさんを悩ませている問題を一緒に解決してあげたらいいのに。
『だって、解決したら小神殿が使えるようになってしまうでしょう』
「それでルーナさんが困ることがあるのでしょうか?」
『だって、ニックがエデルと結婚式を挙げることになったら、エデルの妹のルーナは絶対に参加しないといけないでしょう。好きな人が自分の姉と結ばれる姿を、一番近くで見て祝福しなくちゃいけないなんて、ねぇ?』
ハルメイア様の言葉を聞いて、私の脳裏にリュカの顔が浮かぶ。
私もリュカとお相手の方の結婚式に出なくてはいけないのだろうか。それに、もし私が大神殿に戻ることになったら、聖女として二人に祝福を授ける御役目があるかもしれない。
「それは……嫌ですね」
ルーナさんの苦しみに、深く共感した。




