17.偽聖女と神官、再会する
前村長さんにお礼を告げて、とりあえずニックさんの元へ向かうことにした。村長代理業で村境にある集会所にいるそうなので、村の見回りも兼ねて歩いていくことにした。
『マリーエは、ニックにルーナのことを話すの?』
「いいえ、そのつもりはありません」
ルーナさんが何故黙っていたのかもわからないし、本人が隠したいことを勝手に暴いてはいけない。それに、今起こっていることとの因果関係も不明なので、まずは先に大聖女様のことをニックさんに伝えて、それから考えるつもりだ。
「まずは大聖女様がこの村で暮らしていたことと、当時一緒に暮らしていた神様のことを話してみようと思います。もしかしたら、何か記録が残っているかもしれませんし……」
『話し終える頃にはルーナも帰って来るんじゃないかしら。ちょうどいいわね』
戻ってきたルーナさんには、なんと声を掛けたらいいのだろう。こういうとき、対人関係スキルの低さが恨めしい。
「おい、偽聖女!」
「ぅひゃぃっ!?」
考えに没頭し過ぎて、気の抜けた反応をしてしまう。乱暴な呼び声に振り向くと、そこには昨日ルーナさんを追い掛けていた屈強な男性が私を睨みつけていた。
『あたくしのマリーエに何か用?危害を加えるつもりなら……』
「ねっ、猫が喋ってる!?」
『あらやだ、まだあたくしのことを知らないのね。この村の若者に大人気のあたくしのことを!』
ハルメイア様が引き付けてくれている間に、少しでも遠くに逃げて結界で身を隠そうと踵を返したところで、もう一度声を掛けられる。
「待ってくれよ偽聖女!俺の話を聞いてくれよっ!頼むからさ!!」
「話、ですか……?」
その声があまりに必死だったので、 逃げようとしていたことを忘れて思わず向き直る。話を聞いて欲しいと大神殿を訪れる人々は後を絶たないので、こう言われるとついつい足が止まる。一種の職業病だろうか。
「なぁ、アンタ今村長の家に泊まってるんだろ?ルーナがニック兄ちゃんに近付かないように、見ててくれねぇか」
「ニックさんに?」
昨日ルーナさんを追い掛け回していた時の恐ろしい感じは鳴りを潜めていて、その瞳にはルーナさんを案じるような色が浮かんでいる。
「もしルーナが思い詰めたら、エデル姉ちゃんにも何をするか……とにかく、ルーナは二人と距離を置いた方がいいんだ。なのにルーナは、毎日姉ちゃんにくっついて村長の家に行くからよぉ……」
『なら、あなたがルーナに直接言えばいいじゃないの。あんな怖い顔して追い掛けるから逃げられるのではなくて?』
「そうなんだけどよぉ、最近なんかダメなんだ。ルーナを見ると抑えがきかなくなるっつか、閉じ込めて俺だけしか見えないようにしたくなるっつーか……」
『まぁ、怖いこと。あのご神体には、そうやって人の心のタガを外す作用があるのかしら?』
今目の前にいる彼は、少し荒っぽいところはあれど落ち着いているように見える。おかしくなってしまった人たちも彼と同じように、特定の条件下で理性が抑え込めなくなるような状態なのかもしれない。
「えっと、まず私たちはあなたのことを何も知らないので、まずはお名前を伺ってもいいですか?」
「あぁ、すまんかった。俺は――」
彼が言えたのはそこまでだった。
「お前、マリーエになにをしている?」
いつの間にか彼の後ろに、ここにいるはずない人が立っていた。
「……………………リュカ?」
「マリーエ、こっちだ!」
「きゃっ!?」
私の腕を掴んで走り出したリュカは、そのまま簡易結界を張って私達の姿を隠した。聖女じゃなくても、上級神官として神術を学んだ彼ならこれくらいは容易い。
「ちょ、ちょっと待って、リュカ……」
「無事か?何もされてないか?」
「うん、私はなんともないよ。それより――」
どうしてここにいるの。
家族の元へ戻ったのではなかったの。
お見合いはどうなったの。
聞きたいことはたくさんあるのに、声が出せない。どうしても、言葉が詰まってしまう。
「マリーエ、落ち着いて。ゆっくりでいいから」
私の様子がおかしいことに気付いたリュカは立ち止まり、そっと背中をさすってくれた。彼はいつもこうやって、私を安心させてくれる。だけど、今日ばかりはちっとも効果が無かった。
「なん、でも、ない……」
「……うん、わかった。遅くなってごめんな、無事でよかった。早く大神殿に帰ろう」
「え?」
「詳しいことは帰りの馬車で話そう。皆心配してるから、ほら――」
パシッ
そして私は、リュカから差し出された手をはじめて振り払った。




