15.前村長、大聖女を語る
翌朝はエデルさんと朝食をご一緒した。ニックさんは、朝早くから村長代理の業務で外に出ていて、既に不在だった。大変なお仕事だと思う。
「ルーナは、今日は学校の日なんです。あまり勉強が好きじゃないので、休んでマリっちと一緒にいる!って言うのをなんとか説得して行かせたんですよ。困った子だわ」
この国では15歳から18歳の三年間、月の半分は学校に通うことを義務付けられている。貴族と平民で学ぶ内容は異なるけど、平民たちでも読み書き計算や国の歴史、周辺諸国のことなど、生きていくために必要な知識をしっかり学べる。希望者は更に上の上級学校に進んで、優秀者は官吏になることさえある。この制度は現国王陛下が王太子時代に発案したもので、今では他国から視察が来るほど一目置かれている。
「マリーエ様は、学校には通っていないのですか?」
「私は聖女に就任した年齢が早かったので、御役目優先で学校には通えなかったのです。代わりに神官たちが神殿で授業をしてくれたので、学校に通うのと同程度の学びは得られている……はずです」
このように、特別な理由があって通学が免除される場合もある。リュカも私と同じだ。主に教えてくれたのが侯爵家出身の神官長なので、学んだ内容は貴族の子女たちと遜色ないはずだ。一般的な同年代の子の知人がいないので、断言はできないけど。
「もしこの村に長く滞在されるようなら、ルーナと一緒に学校へ行ってみませんか?きっと楽しいですし、ルーナも喜ぶと思うんです」
エデルさんが善意で言ってくれるのはわかるけど、同年代との集団生活は私にはハードルが高いので、遠慮したいところだ。もっとも、これから神殿を出て暮らしていくことを考えたら、そうも言っていられないけど。
(やっぱり、ハルメイア様と神界に移住するのが一番いいかな)
曖昧に微笑んでこの話題を流し、とりとめのない話をしながら完食した。エデルさんたち姉妹のお家は食堂を営んでいて、村一番の人気店なのだという。料理上手なのも納得だ。
「ごちそうさまでした。あの、エデルさんにお聞きしたいことがあるのですが……」
「なんでしょう?私で役に立てることでしたら、なんでも言ってください」
前村長さんに会って話を聞きたいと相談したところ、快諾してくれた。エデルさんとルーナさんの姉妹にとっても、実のお祖父さんと変わらない存在だという。
「おじいちゃんは、二階の奥の部屋で生活しているんです。話は通しておくので、マリーエ様の都合のいいときに訪ねてみてください」
エデルさんは食堂のお昼営業のためご自宅に戻るので、この家には私と前村長さんだけが残される。既に朝食は終えているそうなので、食後のお茶をご一緒しましょうという体で、ハルメイア様と共に二階へ向かった。
◇◇◇
「ええ、ええ、覚えていますとも!偽聖女様もブルーベル様を慕っておられるのですか?」
「お、おじいさんにも偽聖女って思われてる……」
『小さな村って、話が広まるのが早いわねぇ』
足腰が弱り、あまり外に出ないで生活していると聞いていた前村長さんは、想像していたよりもお元気な方だった。好意的に接してくれるのは有難いけど、破壊を求められていると思うとやはり複雑だ。
「ブルーベル様は国中から慕われておりますが、この村で暮らしていたことは公表されなかったようなので、わしも敢えて言うことはしていないのですよ」
「だから知られていないのですね」
ニックさんたちは『知っていれば間違いなく観光資源にしてるハズ』と言っていたけど、前村長さんの思慮深い一面を知らなかったのだろう。前村長さんの大聖女様への敬意を感じられた。
「ブルーベル様は、隣村の孤児院ご出身でした。15歳のときにこの村にやってきて、18歳の頃までこの村におりました。ある日忽然といなくなってしまったのですが、まさか王都で聖女様になっているとは。当時はそりゃあ驚いたもんです」
亡き母親がハザマ村出身だったため、その縁からこの村で仕事を得て、一人暮らしをしていたと前村長さんは教えてくれた。刺繍がお上手で、仕事の傍ら刺繍小物を刺したものを小間物屋に卸していたという。
「その頃わしはまだ7歳で、村はずれに住む綺麗だけど少し不思議なお姉さんに憧れていたうちの一人でした。あの頃を知る者も随分少なくなりましたのぅ……」
ブルーベル様が暮らしていた小神殿近くの小屋には金瞳の黒猫がいて、その存在がブルーベル様をより一層謎めいて見せていたと、前村長さんは語る。
「あの、大聖女様はどうしてこの村か出て行った原因に、心当たりはありませんか?」
「恐らく、小屋近くの花畑で起こった火事のせいでしょうな。幸い死傷者は出ずブルーベル様もご無事でしたが、すっかり怯えておられて……。それからひと月も経たぬうちに、この村を去ってしまわれたのです」
その火事こそが、私が見た光景に違いない。
「ただ、村を去られてからの方が、ブルーベル様にとって充実した日々だったに違いありませぬ。この村でひっそりと生涯を閉じるより、歴史に名を残し今でも語り継がれておるのですから」
「そう、ですね……」
形だけ同意はしたけど、とてもそうは思えなかった。もっとも、その答えを出すことが出来るのは大聖女様本人だけだし、かの人は既にこの世を去っている。
「それにしても、村の若い方が大聖女様がここに住んでいたことを知らないのは、なんだか勿体ないですね」
気持ちが沈んでしまいそうなので話題を変えると、前村長さんはうんうんと頷いた。
「わしももう老いたので、老人のたわごとと聞き流さない若者にだけは話してもええかと思っとるんですよ。現に、ルーナは興味深そうに聞いてくれて……」
「ルーナさん、ですか?エデルさんの妹さんの?」
昨夜話をしたときは、ルーナさんも知らないと言っていた。同じ名前の別の方だろうか。
「えぇ。あの子は昔っからわしに懐いてくれておりましてな。ニックからエデルを嫁に貰うと聞いた時は、ルーナも親戚になるのじゃと喜んだものです。早いところ小神殿が落ち着いて、二人が結婚式を挙げられるよう、偽聖女様の御力を貸してくだされ!」
「は、はい」
どうやら他のルーナさんではないらしい。
彼女は何故、知らないフリをしたのだろう。




