12.マリーエが見た光景
幼い頃の私とリュカが遠ざかり、気付くと私はブルーベル畑のどまん中にいた。
(ここは……さっきの、ハザマ村の小神殿のすぐ近くだわ)
周辺の建物が記憶と少し異なるので、ここもまた誰かの夢の中だろう。辺りを見渡すと少し離れたところに、温かみのある金髪の可愛らしい少女がいた。
「なぁ、ブルーベル。どうしても俺と一緒に来てはくれぬのか?」
足元から少女に話し掛けているのは、一匹の黒猫。どこかハルメイア様を彷彿とさせる佇まいだ。
「だって、私はこの村での暮らしが好きなのよ。いつか大人になって違う土地に働きに出る日が来るまでは、ここにいたいわ」
「神界もいいところだぞ?試しに一度、ちょっと遊びに行く感覚で構わないから、共に行こうではないか!」
なおも言い募る黒猫を、優しい笑顔で抱き上げる。
「困った猫様だわ。あなたは武を司る神なのに、私のような小娘にご執心なのは何故かしら?」
「ブルーベルは、誰よりも気高く芯の強い人間だからだ。この武神相手に一歩も引かず、笑顔で要求を通すだなんて、おぬしだけだぞ!」
「それって褒めているの?それとも咎めているの?」
「もちろん褒めておる!」
「まったくもう、女の子を褒めるのが下手くそねぇ」
そのまま二人は楽しそうに笑いながら、村の中心地に向かって歩いて行った。
(あの金髪に、深い青紫の瞳……大聖女ブルーベル様の絵姿に、そっくりだわ)
かの大聖女は王都に暮らす子爵家の養女で、その家に引き取られるまでは天涯孤独だったと聞いたことがある。王都に来るまでは、ハザマ村で暮らしていたのかもしれない。
(でもブルーベル様は、豊穣の女神のいとし子だったはず)
他の神の寵愛を受けていたという話は、聞いたことがない。幸せそうなブルーベル様と武神の間に、何があったのだろう。
そう考えていたら、目の前の景色がぐにゃりと歪み思わず目を閉じた。
「なに……これ……?」
ハザマ村に着いた時や、さっき小神殿で感じたような気持ち悪さがこみあげてくる。歪んでひしゃげて、もう二度と元に戻らないような、大事な何かが永遠に失われたような、そんな感覚に襲われる。
「……ル!リオル、リオルってば!!お願いだから、元に戻ってよぉ……っ!」
「ブルーベル。堕ちてしまった以上、武神リオルはもうかつてのようには戻らないわ」
「では、どうすればいいの!?どうすれば彼を、この苦しみから救えるの……?」
ほんの一瞬の出来事だった。
美しく咲き誇っていたブルーベル畑は燃やし尽され、目の前には荒野が広がっている。その中心には、真っ黒いモヤに包まれてほとんどわからないけど、さっきの黒猫がいるのがうっすらと見えた。少女のそばには小麦色の猫が居て、泣きじゃくる彼女に手を差し伸べる。
「この豊穣の女神、フローラリアの手を取りなさい。あなたをいとし子として、彼を救えるだけの力を与えましょう」
その言葉を聞いた少女は、躊躇うことなくその手を取った。
◇◇◇
『……エ、マリーエ!マリーエ!!』
「ほぁっ!?」
急に意識が浮上し、目が覚める。真横でハルメイア様が、可愛らしい御手で私の頬に猫パンチを繰り出していた。
「はっ、ハルメイア様!ご無事ですか!?」
『あたくしはこの通り元気いっぱいよ!あぁ、マリーエが目覚めてよかった……!』
身を起こすと、私の胸にハルメイア様が飛び込んできた。随分心配をかけてしまったようだ。
「えっと、ここは……?」
「小神殿の近くにある作業小屋よ。あたくしとルーナでは倒れたあなたを遠くまでは運べなかったから、とりあえずここまで連れてきたの」
「ルーナさんはご無事ですか!?」
「安心なさい。マリーエが結界を張っておいたお陰で、あの子には何の影響も出ていないわ」
聞けばルーナさんは、小神殿でふつっと意識が途切れてしまった私をここまで担いでくれて、今は応援を呼びに村長さんの家に戻っているらしい。迷惑をかけてしまったけど、ルーナさんが無事と聞いて心の底から安堵した。
改めて状況を確認すると、すっかり日が暮れていることに気付いた。朝食後すぐ小神殿に向かったことを考えると、随分長く気を失っていたみたいだ。
「ハルメイア様……あの祠に祀られていたのは、一体なんだったのでしょう」
「はっきりとはわからないけど、あたくしはあの場に、堕ちたモノの気配を感じたわ」
(それって……)
その言葉を聞いて、先程の夢の光景が脳裏に浮かぶ。
「あのっ、さっき夢の中で――――」
「「「偽聖女様ぁぁぁ!!ご無事ですかぁぁぁぁ!!!!」」」
「ほぁぇぇっ!?」
突然扉が開いて、昨夜の宴に居た屈強な男性が数名飛び込んできた。
「あんたたちうるさすぎ!マリっちガチびびってんじゃんやめなよ!!!」
「ニック、あなたまで一緒になって騒いでどうするの!マリーエ様がすっかり怯えているじゃない」
どうやら応援の人たちと一緒にルーナさんが戻ってきたようだ。大声に驚いて、さっきまで考えていたことはすっかり忘れてしまった。




