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28.御免!拉麺決闘伝⑥ -嫌なことは忘れて生きろ

 2人の連携プレーは見事なものだった。

 防御力に優れた騎士が上手く立ち回り、アーナガルムのターゲットを自身に集中。そして攻撃力に優れたカエデが隙を突いてアーナガルムへと攻撃を浴びせる……。

 そうすることで、一人で苦戦したのが嘘のように簡単に倒せてしまった。


 アーナガルムを討伐した後、騎士は近くにあった石に座り込み、兜を外して一息吐いた。長髪がなびく。

 うわっ、やっぱりイケメン。とカエデは心の中で顔を赤らめる。



「前からお前とは共に戦ってみたいと思っていた。ロスドラ内でも最高の火力を持つと噂されるドロキンを俺の盾が守る……、まさに最強のタッグが組めると思ってな」


「盾……」



 これまでカエデは防御面を気にしたことがあまり無かった。攻撃こそが最大の防御だと思っていたからである。

 守る暇があるなら攻撃すればいいのに、そう思っていた。



「レイドボスに挑むお前の姿を今まで見ていたが、背中が危なくて仕方が無かった。ソロプレイが好きなようだが、背中を守る戦友の存在はMMOにおいては必須じゃないか?」


「……そんなこと考えたこと無かったな。それに、ボクを守ろうとする人なんて誰もいなかった。HPが少なくなったら回復してくれる、回復アイテムを多めに分けてくれる、それくらいしかされたことないや」


「そうか、強すぎる故に誰もお前の背中を守ろうとはしなかったのか。ならば、俺はお前が背中を預けた最初の男ということになるのかな?光栄だ」



 フッ……と通りすがりのナイトは気取った声で笑った。全ての挙動が一々カッコいい。

 恥ずかしくなったカエデが問う。



「そういえば、なんでボクを助けたの?アーナガルムのHPはだいぶ減らせてたはずだし、ボクがいなくても貴方一人で倒せたはずじゃないかな」


「前からお前の防御役をやりたいと思ったことは事実だが……別に今回は助けたくて助けたわけじゃない」


「えっ」



 驚くカエデに騎士は答える。

 当たり前だ、と言った顔で。当然のように、それが自然の摂理であり運命であり宿命であり定めであると。



「ピンチの人間を勝手に助けてしまうのが、真のナイトなんだ」



 ――マジでカッケエエエエエエ!!



 その日からカエデと通りすがりのナイト――ユーザーネームを“†クラウソラス†”といった――は行動を共にするようになった。

 †クラウソラス†は口癖のように“ナイト”という単語を多用していた。彼は防御力に優れる自らの“ナイト”というジョブに絶対的な自信と誇りを持っているらしい。小さい頃に読んだライトノベルに出てきた騎士に憧れてナイトのジョブを選択したそうだ。



 ――フッ、また背中がおろそかになっているぞ。危ない時は遠慮せずナイトであるこの俺に助けを求めろ。呼ばれなくても駆けつけるがな。

 ――アイテム代なら俺が出そう。気にするな、俺はナイトだから回復アイテムなんぞには頼らん。

 ――ナイトは助ける相手を選ばない。それが例えプレイヤーキラーでも、チーターでもな。

 ――さぁ魔物共!目に焼き付けるがいい!俺の戦いを!ナイトの覚悟を!



 カエデと†クラウソラス†は毎日のように共に戦場を駆け巡った。

 ロスト・ドラグーンのサービス終了が告知されたのは、2人が組んでから一週間後のことだった。






「……よく分かんなかったんだけど、とりあえず先輩がやたらとナイトを連呼するのはその人の影響ってこと?」


「ま、そういうことだ。俺は人間じゃないからよく分かんないけど、チビッ子ってテレビで見たヒーローの口癖や台詞を真似したがるだろ?それと一緒だよ」


「そう言われると納得出来たな」



 ――というか、その†クラウソラス†とかいうナイト自体がだいぶ変な人じゃないか?とナギサとシューマは思ったがカエデの前なので口にはしないでおいた。変人だが彼女の憧れの人らしいので。

 カエデは恥ずかしそうに頬を掻く。



「他人を守りながら戦うあの人が凄くカッコよくてさ……。ボクもああなりたいって思ったんだ。その盾と鎧で誰かを守れる強い存在に。それがボクがナイトに拘る理由。だからアーメスは最初に盾と鎧を持って生まれてきたんだろうね」


「そのナイトとやらは今でも付き合いはあるのか?」



 シューマの問いに対してカエデは首を振った。



「ううん。SNSの連絡先とかは教え合ってなかったし、その人とはロスドラが終了したっきり会ってないよ」


「それはちょっと寂しいですね。憧れの人だったんでしょう?」



 ソウハの質問に対してもまたしてもカエデは首を振る。

 そして笑ってこう言った。



「別にいいんだ。ボクが憧れたのはロスドラの中のあの人のキャラクターだから。別のゲームやSNSで会ってもなぁ。きっと別人だろうし」


「なるほど、個人ではなくそのキャラクターに憧れるという気持ちは分からんでもないな」


「憧れか……」



 なんとなくそう呟いた瞬間、ナギサの頭にノイズが走る。

 まただ。ソウハと話した時にも感じたこの感覚。



 ――ぼくもいつか、お姉ちゃんみたいになれるかな!

 ――お姉ちゃんみたいな強い人に――――。



「……っ」



 ゲームの中なのに、軽い頭痛に襲われたような気がして思わず頭を抑える。心配した友人達がナギサを心配するように目線をこちらへと向けた。



「ナギサ君?」


「どうした、気分でも悪いのか?」


「カエデの過去があまりにもしょーもないのと痛々しすぎて頭でも痛めたか!?」


「お前―!!そろそろデバイスに仕舞ってロックするぞ!」


「なんでもないよ。一瞬変な気分になっただけだから」



 すぐに平静を取り戻したナギサはそう言って周りに心配をかけまいとする。

 “お姉ちゃん”。そう呼ばれる存在にナギサは心当たりが無かった。義理の姉?だが頭に響いた自分の声は義姉に会うよりも前の幼い頃のものだ。

 一体なんだ?忘れている自分の記憶か?

 それともこれは本当に……自分の記憶なのか?



「ま、いっか」


「何か言いました?」


「別になんでもないよ」



 思い出せないのなら無理に思い出さなくていいだろう。この前は夢に出てきた、この記憶に関係ありそうな少女の声に酷く罵倒されたし。

 忘れている記憶ならきっと良いエピソードではない筈だ。それを思い出して何になる?

 嫌なことなら忘れたままの方がいい。

 嫌なことは忘れて生きろ。目を背けて、耳を塞いで――。






 それから一同は適当にサウスエリアの施設や建物を見て回った後、何回かターミナルでミッションをこなした後に別れた。時刻は18時を回るといったところだ。



「じゃあまた明日、大学で!」


「明日は土曜日ですけどね?」


「2回生でもう曜日感覚が死んでるのかカエデちゃん?」



 ナギサがログアウトしてVRギアを外すと、そこは見知らぬ天井だった。そうだった、シューマの家でログインしたのだったと思い出す。

 ほぼ同じタイミングで起き上がった友人は軽く背伸びをしてから立ち上がり、壁に掛けられているアナログ時計の時刻を確認する。



「もう6時か、意外と経ったな。良かったら飯でも食っていくか?」



 友人からの有難い誘いだったが、ナギサは軽く首を振って断る意思を見せる。



「今日はお母さんに“外食する”って連絡入れて無いからな……。悪いけどまた今度お願いするよ」


「そうか」



 それを聞いたシューマは別に残念がろうともせず、“それなら仕方ない”といった様子でそう答えた。



「一人暮らしをするようになってから料理にハマってな。いつか他人の口から感想を聞きたいと思ってるんだが……」


「おやつに角砂糖食う奴が料理ぃ~?」



 いつもの仕返しだとばかりに馬鹿にした様子で笑うナギサを、シューマはムッとした顔で一瞥する。



「それとこれとは別だ。……決めた。来週の月曜の晩飯はここで食え。お前のその品の無い馬鹿舌を俺の料理で唸らせてやる」


「馬鹿舌ってお前にだけは言われたくない言葉だな。ちょっと気になるし別にいいけど……。ところで今日は何を作る予定だったんだ?」


「ハッシュドビーフだが?」


「……案外普通のメニューが出てきた」



 と、その時だった。ピンポーン♪と玄関のチャイムが鳴った。

 シューマは「宅配便か?昨日注文したイマのマグカップかな」と言ってから玄関へと向かう。

 ――え?マグカップ3つ目?誰の分だよ……。保存用か鑑賞用か?



「はーい」



 ドアを開けると、そこに立っていたのはさっきまで一緒に遊んでいたカエデだった。

 来ちゃった!と笑顔で立つカエデに2人は驚く。



「な、何故この部屋が分かった……?」


「えへへ、実は君たちが部屋に入るところをこっそり見ててね。……うわー、イマちゃんのグッズばっかり。凄いなこれ……」



 そう言いながらカエデは靴を脱いで、さも当たり前のようにシューマの部屋へと入っていった。



「おい!」



 シューマがカエデを呼びとめる。そりゃいくら先輩でもいきなり部屋に入ってきたら良い気分はしないよなぁとナギサは思った。久しぶりにカエデ相手に怒るのだろうか。



「靴を揃えろ!それに、部屋に入るときはまず“お邪魔します”だろう!」


「怒るとこはそこなんだ」



 別に突然の来訪自体は拒まないのか。

 カエデは「あ、ごめんごめん」と言ってから靴を揃え直し、改めて部屋の中へと入る。



「で、何しに来たんだ?」


「えーっと、実はね……。今家に米しかなくて、晩のおかず買いに行くの面倒臭いから何か食べ物を貰えたらなって思って……」


「動機が割と失礼!」


「カッコよくないぞナイト」


「ラーメン奢ったしさー、ちょっとくらい分けてくれないかなー?何かでお返しはするつもりだよ!」



 先輩としての威厳的なものを見せつけるためにラーメンを奢ったんじゃなかったのかこの人は。色々と台無しじゃないか……と、ナギサは轟楓という女が本気で良く分からなくなった。おそらく、カッコつけたい時とそうでない時がハッキリ分かれているのだろう。

 これに関しては彼も普通に怒るんじゃないか……と思ったが、シューマはハァ……と溜め息を吐いてからこう言った。



「15分くらいでハッシュドビーフを作る。米だけ用意して待っていろ」


「よっしゃぁ!良い後輩を持ってボクは幸せ者だなぁ!ご飯持ってくる!」



 ガッツポーズをとるカエデ。



「……とにかく自慢の料理を誰かに食わせたいんだな」



 結構可愛いとこあるじゃん、とナギサはからかうように笑った。

 だいぶ3人とも仲良くなれたな……と、なんだか少しだけ嬉しい気持ちになりながらナギサは自分の家へと戻った。







「ただいまー」


「お帰り~」




 家に帰ったナギサを出迎えたのは母親の声だった。リビングに向かうと母はダイニングテーブルの椅子に着席してテレビを見ていた。

 正真正銘ナギサの母親なのだが、大学生の息子を持つ母親にしては非常に若く見えた。実年齢は40歳を超えているのだが、20代に見えなくもない。

 明るく茶色がかった長い髪を後ろの方で一本にまとめて正面に垂らしているその髪型も彼女を若く見せる要因の一つだ。彼女のことを知らない人が見ればナギサの母ではなく姉と誤認してしまうかもしれない。


 鳴海紗綾。鳴海凪紗の実母にして、今から20年以上前に世間を騒がせた大人気アイドルグループ「BorderLINE」のセンターを務めていたことのあるアイドルである。若い頃の印象は1児の母になった現在でもほぼそのままに保たれている。所謂“美魔女”というやつである。


 父親――この場合は母と離婚した前の父を指す――のことはよく知らない。分かっているのは母のかつてのマネージャーであったことと、母と結婚した後も複数の芸能関係者に手を出していたとんでもない変態であったということだけ。


 父はナギサが物心ついた時には既に別れていた。どのような人物だったのかは母に聞けばわかるだろうが、それを聞くのは酷な真似だろうということは分かっていた。それに既に自分とはかかわりの無い存在だ。興味も起きない。


 元々東京で活動していたアイドルグループで結婚した後も東京に住んでいたが、離婚後は現在ナギサが住んでいる地元の県に帰った。元大人気アイドルということもあって、戻ってからもメディアがよく取材にやってきて五月蠅かったらしい。そして女手一つでナギサを育て、1年前には現在県外に出張に行っている今の父と再婚した。


 父とは数年前に地元の友人の紹介で知り合ったらしい。「アイドル時代の貴女のファンの同僚がいるから会ってあげて」と言われ、友人込みで一緒に食事をしたのがきっかけだという。

 そこから数年に及ぶ大恋愛の末に2人は結ばれた。2人が長年付き合っていたことはナギサも知っていたので「おお、ついにか」と感動したのを覚えている。



「今日の晩御飯は?」



 ナギサが聞くと、母はテーブルに置かれている袋を手に取って言った。



「旅行に行ってた職場の同僚からお土産貰ってね。今晩はそれを食します。良い物よこれは」


「お、楽しみ楽しみ。一体なんなの?」



 袋からそれを取り出して見せる。

 それは袋麺だった。スーパーに置いてあるような安物ではなく、観光ショップに売ってあるような少し高級感のある袋だ。

 もしかして……。



「尾道ラーメンよ!」



 “ラーメン”という単語を聞いてナギサの眉が若干下がる。

 確かに好きな食べ物だし1日に2回くらいまでなら連続で食べても文句は言わないが。

 それでも、それにしてもである。こうも言いたくなる。



「……またラーメンかよ」


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