27.御免!拉麺決闘伝⑤ -始まりのナイト
「えー、続きましてショートコント!“風俗店”――」
「……何してんだお前?」
カエデと大輔のバトルが終了し、元のラーメン屋に戻ったナギサ達。シューマは2人の客――男性プレイヤーと制服を着たポニーテールのドウル――の前で何かを披露しているシャルディの背後から話しかけた。
シャルディは「あ、お帰りなさいませですわ」とペコリと頭を下げてから言った。
「店番をしていたらお客様がいらっしゃったので、場を繋ぐために最近考えていた爆笑ショートコントを披露していましたの。いやー、もうウケがいいのなんの」
「……申し訳ない。うちの女が」
シューマはシャルディの言葉に耳を傾けることなく、困惑の表情を浮かべていたプレイヤーとドウルに向かって頭を下げる。
「いやいや。面白かっ……ったしね?ね、ミナコ?」
「えっと……そうそう!本当に!」
乾いた笑いとその表情から(絶対ロクなもんじゃなかったんだろうな)と察したシューマはもう一度頭を下げてから「シャルディ、リターン。そして10分間ロック」と言葉を発する。
「“うちの女”……、なんか彼女みたいで良い響きっ!もう一回言ってくださいません!?“俺の女”って!シューマ様、SAY!!あ、せっかくですから帰ってきた皆さんもワタシの爆笑ショートコント3本目を聞いてくださいません?では改めて風ぞ――」
自分が滑り倒したことに全く気付いていない様子のシャルディの台詞はそこで途切れ、その身体が光の粒子となってシューマのデバイスに吸い込まれる。
「その中でしばらく黙ってろ、妖怪変態馬鹿滑り芸人」
“リターン”は外に出ているドウルを強制的にアクロスデバイスの中へと戻すためのワードだ。更にシューマの宣言によって10分間はデバイスの外に出られなくなってしまった。この機能ってドウルの暴走を止めるためにあるのか……と、ナギサは使ったことの無い機能の使い方を初めて知る。
「おっと、お客さんが来てるなら早く会計しないと!ゆぎり、ちゃちゃっと片づけお願い!」
「がってん!」
いくら体力が回復していると言ってもバトルの疲れはあるだろうに元気だなぁ、とラーメンの器を起用に重ねて持って厨房へと駆けるゆぎりの姿を見てナギサとソウハは思った。
「やっぱりこのバトルサービスは今回限りでやめた方がいいな……。いくら短時間のバトルといっても他のお客を待たせることになっちゃうし。キャンペーンはまた何か別のを考えますよ」
カエデからデバイスを介して食事代を受け取った大輔がそう言った。カエデは(良かった~!足りたァ~!)と心の中でホッと一息吐く。
「そうだ、最後いきなりパワーアップしたのはなんだったんです?ゆぎりも気になってたのでもしよかったら教えてくれません?」
「これ後輩ズにも教えてないとっておきなんだけど、美味しいラーメンのお礼に教えてあげちゃおっと。えーっとね」
慣れた手つきでデバイスを操作したカエデは1枚のスキルカードを表示させて大輔に見せた。ナギサとシューマもその正体が気になったのか、カエデのデバイスの画面を左右からのぞき込む。
<防御は最大の攻撃>
レアリティ:SR
チャージ時間:大
分類:特殊
・一定時間、自身の防御力の数値を攻撃力にプラスする。
「そうか、だから最後に攻撃の威力が各段に増したのか!」
戦闘中にカエデが発した台詞を思い出す。
――防御は最大の攻撃だぁ!
あれはてっきり自分を鼓舞するための叫びだと思ったが、まさかスキル発動の宣言だったとは。そして発動前にアイアース・シールドを使ったのは防御力をさらに高めることで攻撃力の上昇値を上げるため……。
「そんな強いスキル、今まで持ってるなんて聞いたこと無かったですよ」
「これは俺達の秘密兵器だからな。ここぞって時に使ってカッコつけたかったんだよ。カエデが」
ソウハが言うと、カエデの代わりにアーメスが答えた。そしてカエデがいつものように「だからなんでもかんでもバラすなー!」と怒る。
防御特化型だと思っていたアーメスがこれを使えば圧倒的な攻撃力を持ったアタッカーへと変貌する……確かにこれはあまり他人には教えたくない、まさに“秘密兵器”だ。
――“カッコつけたかった“という目的はともかく。
「……侮れない先輩」
「全くだな」
◇
「どうだね諸君!カッコよかっただろう、ナイトの活躍は!」
ラーメン屋を出た後、彼らはそういえばちゃんと歩いたことがないサウスエリアを散歩していた。
胸を張って誇らしげな顔でそう言いながら歩くカエデ。ナギサとシューマは(もう何回も聞いたよ)と内心呆れながら適当に頷いて返す。
でも実際最後の逆転劇はカッコよかったし強かったのである。このナイトは。
ソウハがナギサに小声で話しかける。
「ナギサ君達がお金を払うことにならなくて良かったですね」
「奢ってもらうこと自体ちょっと申し訳なかったしそれは気にしてないよ。先輩も先輩らしいとこ見せられて満足そうだしそこは触れないであげようぜ」
「ん?何か言った2人とも」
「いえいえ別に」
ソウハが無表情で手を振ると、「ボク達への褒め言葉なら遠慮せずに言ってくれていいんだよー」とまた上機嫌な顔でそう言った。そんなに嬉しかったのか、とナギサとソウハは顔を見合わせて小さく笑った。
どうでもいいんだが、と頭に付け加えてシューマが口を開く。
「いつもナイトがどうとか言ってるが、ナイトの何が好きなんだ?そもそもカエデちゃんの言う“ナイト”って一体なんなんだ?」
「言われてみれば」
ANOを遊んでいる時は決まって“ナイト”という単語を多用するカエデ。何故彼女がその単語ばかり使うのか、そういえばナギサは知らなかった。
というより特に気にしたことがなかった。いつも彼女は変なテンションで変なことを言うので、彼女特有の変な口癖としか思っていなかったのである。
あー、言ってなかったっけ。とカエデが喋った瞬間、アーメスが声を出して笑った。
「ハハハッ!やっぱり気になるよなぁ!使い方が雑過ぎるし、トンチンカンな口癖みたいだもんな、カエデが良く使う“ナイト”ってやつ。ぶっちゃけ恥ずかしいったらありゃしないぜ」
いきなり相棒に笑われたのが頭に来たのか、先ほどまでの上機嫌な顔から一転して顔を赤くしながらカエデが怒りだす。
「だからなんで君はいつもボクが喋ろうとした時に余計なこと言うのさ!いいじゃん、カッコいいじゃん、ナイト!大体アーメスがナイトじゃん!」
「ナイトという存在そのものは馬鹿にしてないっての。お前がやたらと連呼するのが恥ずかしいんだよ。……折角だから教えてやるよ、カエデがナイトに拘る理由」
「またボクの許可無しに勝手に喋ろうとする……。別にいいけど」
こうして、アーメスは自分の主人の過去について語り始めた。
数年前、カエデ――轟楓がまだ高校生だった頃。
仲の良い友達が特にいない彼女はオンラインゲームに熱中していた。
VRMMO『ロスト・ドラグーン』。中世欧州風のファンタジー世界を舞台とした意識潜航型のVRMMO作品だ。対面で人と話すのは苦手な彼女だったが、幸いそのゲームは自由自在にアバターをカスタム出来るゲームであり、ゲームキャラという仮面を被ると自然と他人とも会話が出来た。
暇な時間は全てそのゲームに注ぎ込み、強くなるための努力を惜しまなかったことで、気が付けばカエデはロスト・ドラグーンのインターネット掲示板で名前が挙がる程度には有名な実力派プレイヤーとなっていた。
そんな彼女はどこのギルドにも所属せず基本的にソロプレイを好み、他のギルドから救援要請があった時だけギルドに所属する、所謂傭兵プレイを行っていた。他人と慣れ合うのが苦手だからとか、そういう理由ではない。
――実力のあるソロプレイヤーってカッコいいじゃん。助けがあった時だけ駆け付けるってのもヒーローっぽいし。
要するに、カッコつけたかったのである。
そんな彼女がいつものように一人でモンスター狩りを行っている最中のことだった。『Dorokinがソロでグレートネーチャーの森の緑竜アーナガルムを討伐したらしいよ』と掲示板に他人事を装って書き込み『DorokinマジTUEEEEE!!』などの称賛のレスが付くのを楽しみにしながら森林に潜むドラゴンの巣に単身乗り込んだ結果。
油断しまくって半殺しにされた。
「ボク強いから目を瞑っても勝てちゃうわこの程度のモンスター」「いやー、またDorokin最強伝説が増えてしまうなぁ」と妄想していたのが悪かった。今まで調子に乗っていた。乗りまくっていた。
討伐するはずだったドラゴンに逆に討伐されそうになった。アーナガルムの放つブレスがカエデを捉えた。やっべ死ぬ。そう思った時だった。
「――シールドオブグラント」
突如現れた謎の人物がそのブレス攻撃を防いだ。
その人物は黄金色に輝く鎧を全身に身に纏っており、右手にマウントされた大きな円形の盾がアーナガルムの吐く熱線をしっかりと受け止めていた。
黄金の騎士が顔だけを後ろに向け、カエデに向かって口を開いた。
「無事か。ドロキン」
被っていたヘルムの視界から騎士の顔が見えた。青く透き通った瞳、ブロンド色の長髪。美形といっても差し支えないほどに作り込まれたアバターだ。
顔の良いアバターはいくらでも見たことがある。むしろ美男美女でないアバターを見ない方が珍しいくらいだった。だがカエデはその顔を見た瞬間、胸の高鳴りを感じた。
「トゥクン……」
声にも出した。
今まで自分はその実力で誰かを助けてばかりだった。鍛えあげた大剣と攻撃を重視したステータスでボスモンスターをバッサバッサと切り倒しては周りから称賛され、一時的に所属したギルドからは「助けてくれてありがとう」と感謝を述べられる。
褒められるのは気持ちが良かった。自分の力を振りかざして内心イキリ散らすのはとても気分が良かった。正直「ボクTUEEEE!!」が出来ればそれでよかった。
……そんなだから、誰かに助けてもらうという経験が全く無かった。
――『Dorokinさん強いから、回復アイテムだけ用意してあげて一人で突っ込ませた方が効率良いよね』『助けに行ったらむしろ邪魔になるし』
そんな自分が今、誰かに助けられている。
顔の良い騎士に、助けてもらっている。
騎士は攻撃を防ぎながら続けた。
「俺もこのアーナガルムの討伐を目的としていたのだが、まさか先客がいて、しかもそれが“鬼刃”のドロキンとはな。だがアーナガルムは高火力の魔法攻撃を得意とし、その上で高い防御力を誇る、ドラゴン系でも最強といっていいモンスター。流石のお前でも一人では苦戦したか」
「貴方は……?」
「俺か」
ブレス攻撃が止んだのを確認すると、騎士は西洋剣を引き抜いてアーナガルムへと駆け出していく。今度は振り返ることなくこう答えた。
「通りすがりの、ただのナイトだ!」
カエデは自分も彼に続こうと駆け出した。1人ならアーナガルムの攻撃を対処しきることは出来ないが、彼と共になら勝てると何故か確信が持てた。
「マジカッケェ……」
そんなことを呟きながら。




