24.御免!拉麺決闘伝② -ラーメン一丁バトル一丁
マップの案内通りにサウスエリアの入り口から歩くこと数分。目的の場所へと到着した。
一階建ての小さな欧州風の建物ではあるが、デカデカと『ラーメン屋 情熱大陸』と日本で書かれた看板が掲げられており、シューマが「世界観おかしいだろ」と呟く。
ナギサも同じことを思ったが、先日のカラオケ店といいこういうことで一々驚いていてはキリが無いのでは、と感じた。
店の前には特に人は並んでいない。まだ客は誰も来てないのだろうか?
「とりあえず中入ろうぜ。デバイスによると開店中なんだろ?」
アーメスが言った。
一同は扉を開けて店内へと入る。
「失礼しまーす」
「いらっしゃーい!」
先頭のナギサが一声かけてから扉をくぐると、赤いエプロンを着たポニーテールの背の高い少女が威勢のいい声で出迎えてくれた。
この女の子が店主のプレイヤーか?と人間3人は思ったが、シャルディが口を開く。
「あらビックリ。ドウルがお店をやってますの?」
言われてみれば、深紅の瞳はナギサ達を始めとしたプレイヤー……人間のものとは思えない。
ナギサ達人間は目の色でようやく判断したが、おそらくドウルにはドウルかプレイヤーかを見分ける機能が備わっているのだろう。そう言われたポニーテールの少女は片手を振って否定の意を示す。
「違う違う。わたしはドウルだけど、このお店はちゃんとわたしのマスター、人間がやってるよ。今厨房にいるの。……大輔―!お客さん!」
「……おっと、気付かなかった!今行く!」
厨房を振り返り、おそらく自分のマスターだと思われる者の名前を呼ぶ少女。厨房から威勢のいい男性の声が聞こえてきた。
小走りで現れたのはタオルを頭に巻いた青年だ。年はナギサ達と同じくらいだろうが、ガッシリとした体つきとスポーツマンのような顔つきが年上の雰囲気を醸し出している。
大輔、と呼ばれた青年は頭を深々と下げた。
「いらっしゃいませ!ようこそ、ラーメン屋”情熱大陸“へ!俺は店主の大輔っす!あ、プレイヤー名っすよ!本名と同じでやってます
こいつはドウルのゆぎりっす」
「よろしくね!」
紹介されたドウル……ゆぎりが元気よくピースをナギサ達に向ける。
名乗られたのだから名乗らねばなるまい、と感じた一同も口々に自分の名前を名乗った。
「6名様でよろしいですか?」
「あっ、はい」
カエデが咄嗟に返事する。
この喋るときに一々「あっ」と付けてしまう癖はそろそろ直したいが中々直らない。無意識のうちに毎回出てしまう。
じゃあこちらに、と大輔とゆぎりに案内されるまま、6人はテーブル席へと座った。
「いやー、5分くらい前に店開けたばっかなんで、もうお客さん来たのビックリしたっすよ。もしかして店の前でずっと待ってました?」
「いや、多分僕らのログイン時間と店が開いたタイミングがたまたま一緒だっただけじゃないですかね」
5分ほど前と言うとナギサがデバイスで店の開店情報を確認したくらいの時間だ。
本当にグッドタイミングだったな、と心の中でナギサが笑う。
「この時間帯からお店開けれるってことは、今日は学校かお仕事がお休みって感じですか?」
「そんなとこっすね。俺は今大学3回生なんですけど、今日は講義入れてない日なんすよ」
「あっ、じゃ、じゃあボク達と一緒だ」
ナギサの問いに大輔が答える。
同じ大学生だということに親近感を覚えたカエデが口を開くが、知らない相手との会話なので緊張してしまい、最初に少し噛んでしまった。
カエデと向かい合いように座っていたアーメスが「まだまだ会話の修行が足りないな」と呟きながら笑った。
「随分と評判が良いらしいじゃないですか。やっぱり現実世界でもラーメンを作るのが得意とか?」
シューマが大輔に尋ねる。彼は普段の会話では滅多に敬語を使わないが、店の店員相手にはちゃんと敬語を使う人間だということをナギサは知っている。カエデは「おお、敬語使っとる」と小声で驚いていた。
「まあそんなとこっすね。俺、リアルの実家がラーメン屋なんですよ。よく店の手伝いとかやってるんで、まあ普通の人よりは腕も立つと思いますよ。それでANOでの隠しステータス”料理“が高いんじゃないかと」
「じゃあやっぱり美味しいんだ」
「美味しいよ、大輔のラーメンは!ここでラーメン食べたら他のNPDが作ってるラーメンなんて食べられなくなっちゃうね!」
元気のよい声で大輔の隣に立つゆぎりが答えた。声が常に大きい。元気の良い子だなと一同は思う。
料理が出てくる前から味のハードルを上げる自分のドウルに対して大輔は困ったように笑った。
「こらこら、そこまでハードル上げないでくれよ。……いつか自分でも店を持てたらいいなって思ってたんすけど、ANOで自分の店を出せるって知りまして。一昨日ようやく土地のレンタル料金と店の建設費用分のコインが溜まったからこうして店を出したってわけです」
「ジュンさん達と一緒ですね」
「あら、知らない名前。どなた?」
呟くソウハに対してシャルディが尋ねる。
ナギサが「この前知り合ったブティックを経営してるプレイヤーだよ」と答えた。
そういえばあの日以降彼――……彼女?うーむ、彼としておこう――の店には行ってないことを思い出した。そろそろ手持ちのコインにも余裕が出てきたし、再び立ち寄ってみるか?
「調理方法は結構簡略化されてますけど、やっぱ自分の作った物を食べて感想が貰えるってのは嬉しいもんっすよ。可愛いパートナーもいますしね」
「えっへへー」
恥ずかしそうにそう続ける大輔とドウルのゆぎり。
ラーメン屋の仕事が楽しいようだ。バトル以外にもこのような形で楽しみを見出してるプレイヤーがいるのだな、と一同は関心を持つ。
「でも俺がログインしてないと店開けられないってのは、やっぱ気になりますね。従業員用のNPDを借りたら常に店が開けるんですけど、そこまでの余裕はまだなくて」
「それに従業員用NPDに一任してる料理の質ってそこまで高くならないんだよねー。……っと、注文何にする?」
ゆぎりが腕に抱えていたメニュー表をテーブルに置く。
1枚の紙に全ての内容が収まっているメニューには醤油ラーメン、豚骨ラーメン、味噌、塩……半炒飯に餃子セットと、ラーメン屋では定番の名前がズラリと並んでいた。下にはトッピング追加の項目もある。
「そういえば料理に使う食品ってどこから集めてるんですか?」
ナギサがメニューから視線を外して大輔に向けて質問する。
「基本的にはNPDのやってるショップから購入したり、あとはミッションで狩ったモンスターの素材を使ってますよ。チャーシューはFランクミッションで良く出てくる豚型モンスターのホーンピッグ、ダシはフレイムバードの骨なんか使って調理してます」
「へぇ、モンスターの素材からラーメンか。ファンタジー色溢れたラーメン屋だな」
「モンスターが素材といっても味が変になったりはしないよ!あたしと大輔がもっと強いモンスターを狩れるようになったらその分味も美味しくなるしね!」
モンスターって食べれたんだ、とまた一つ新たな発見をしたナギサ。
ふと、店の柱に貼ってある一枚の紙が目に留まった。
「……あれは?」
その紙の方へと指を差す。
そこにはゆぎりが書いたと思われる女性らしい字体でこう書かれてあった。
――『OPEN記念!5分以内に店主達をバトルで倒せたら会計3割引き!
ただし負けた場合は会計3割増し!(挑戦者はランクEまでのプレイヤーに限ります)』
「あー、あれっすか」
困った顔をする大輔を尻目にゆぎりが威勢よく答える。
「あれはあたしが思いついた開店記念キャンペーン!どう、お客さん達、挑戦してかない?バトルバトルー!」
「……ゆぎりが昨日勝手に始めたんっすよ。でも今店で動けるのって俺とゆぎりの2人しかいないでしょ?だから店が混んでる時は誰ともバトル出来ないんっすよね。実際昨日何度かバトルを申し込まれたけど、そんなのやってる暇無くって」
あー、確かに……と一同は思う。
客が大勢いる時に5分でも調理場から離れてしまえば商品の提供が遅れてしまう。それにバトル中に客が来た場合は対応できない。
「だからこのキャンペーンは辞めようと思ってるんですけどね。……今はお客さんは貴方達しかいないから一応出来なくもないっすけど、どうします?」
「うーん……、え、遠慮しときます」
会計担当のカエデがやんわりとお断りする。
バトルがしたかったらしいゆぎりは「えー、バトルしたいのにー」と口を尖らせた。大輔は「ドウル同士のバトルならフリーでもスタジアムでも出来るだろ」と落ち着かせる。
「結構話が脱線しちゃいましたね。注文決まったらまた呼んでくださいっす」
「最近狩りばっかでつまんないから熱いバトルがやりたいんだよー!」
そう言って2人は厨房へと戻っていった。
残された6人は1枚のメニュー表をテーブル中央に置いて、各々の注文内容を決め始める。
「ナギサ君、オススメの味は何かあります?」
「えっ、ラーメンの?そうだなぁ……僕はどれも好きだけど、しいて言うなら味噌かな。大学の食堂では醤油味しか基本出してないのが残念なんだ」
その会話を皮切りにシューマとカエデも自分の好みを言い始めた。
「俺はあっさり目の塩だな」
「あらビックリ。シューマ様って甘い物以外も食べれましたのね」
「……俺が砂糖とかシロップばかり食べて生きてる人間だと思ってたのか、お前?」
シューマはシャルディに対してそう言ったが、ナギサはログイン前に彼が砂糖大さじ5杯入りのコーヒーと角砂糖を食べているのを目にしている。
家での彼の食事はどうなっているのだろうか、と考えると気になって仕方なくなってきた。
「ボクは王道の豚骨だね!背油多め!ネギ抜き!麺は固め!」
自分のマスター達の好みの味を聞きながらドウル達も自分の注文内容を決めようとする。
そうすること2,3分。注文内容が決まったのでナギサが一声かけた。
「すいませーん、注文いいですか?」
「はいはーい!今行くねー!」
パタパタとゆぎりが駆けてくる。
手にはペンとメモ用紙が握られていた。注文内容を書き留める用の物なのだろうが、どうにもゲーム内の世界にしてはアナログだな、と心の中で苦笑する。
「味噌ラーメンの中盛を一つ」
「私は味噌の大盛りを。更にチャーシュートッピングお願いします。あと餃子と半炒飯も」
「塩の中」
「醤油の小をお願いしますわ。あっ、麺は柔らかめがいいですわね」
「豚骨の大!背油多めの麺固めでネギ抜き」
「俺は豚骨の中を頼む」
「はいはーい!っと」
一同の注文内容を慣れた手つきでサラサラとメモしていくゆぎり。
――なんかソウハちゃんが一杯注文してたけどお金足りるよね?
カエデは少し心配になったが、まあ大丈夫だろうと気を取り直して自分の注文したラーメンが運ばれてくるのを心待ちにしたのだった。
「お待たせしました!」
「お待たせしましたー!あっ、これ伝票ね!」
それから数分後、6人の注文した料理と6人分の料金が書かれた伝票が大輔とゆぎりの2人によって運ばれてきた。
料理方法が現実よりも簡略化されているというのはどうやら本当のようだ。これだけの料理を数分で提供するのは現実では不可能だろう。ソウハの頼んだ餃子と半炒飯もラーメンと同じタイミングで作られたようだ。
ドウル達は「これがラーメン……!」と心なしか目を輝かせていた。
「じゃ、いただきます」
早速ナギサがお盆に置かれていた箸を手に取り、麺を一口食べる。
「…………!」
――これは!
麺の弾力が明らかに学食で出されるような市販の麺とは違う。
モチモチとした歯ごたえ、かといって柔らかすぎず、麺を噛みしめる感触がハッキリと伝わってくる。
面と一緒に口に滑り込んできたスープの味もこれまた一味違う。
一見すると濃い色をしていたスープだったが、あまり塩辛くは無い。何ならこの後全部飲み干してしまえそうだ。
美味しい。とにかく美味しい。
それ以上の味の感想を語れるほど自分に語彙力が無いのが悔やまれる。とにかく美味しい!
「美味っ」
喋るつもりなんてなかったのに思わず声が出てしまった。
ふと、正面に座っているソウハを見やる。
「………………」
先ほど彼女も口にしたのだろう。呆けているような、感動しているような、そんな表情だ。
ナギサに見られていることに気付いたのか、ハッとナギサの方を向く。
「ナギサ君」
「なんだい」
「……とても美味しいです!」
「分かる~」
目を見合わせて笑顔で語る2人。
シューマを挟んで隣に座るカエデと、その向かいに座るアーメスからも「うまあじ~!」「うっめぇ!スープのダシがいいなぁ!」と弾んだ声が聞こえてきた。
隣に座るシューマの方は終始無言だ。食事中は無言になるタイプなので味の感想が分かりにくい……が、心なしか表情が明るい気がするので恐らく味は気に入ったのだろう。
「美味ですわ~!うま過ぎてウマになりますわねぇ!」
一方で彼の向かい側に座るシャルディは上機嫌な様子で叫んでいた。
「いやぁ!美味しかった!」
「久しぶりに美味いものを食った。まさかゲームの中でこんな体験が出来るとはな」
満足げに語るカエデとシューマ。彼らのドウルも「やっぱ食事っていいなぁ」「ヒヒーン!」と上機嫌だ。
ナギサもソウハと「また来たいですね」「うん、そうしよう」と顔を見合わせて頷く。
カエデは会計のために伝票を確認する。
予想外の金額が書いてあった。
――6人分合わせて5200コイン。
自分の所持コインは5050。150コイン足りない。
カエデは焦る。焦りまくる。
隣に座っているナギサ達に借りるという手もあるが、今日は奢ると宣言してしまっている以上、それをするのは非常にカッコ悪い。
(なあ、やっぱり金足りないのか?)
そんな焦りが顔に出ていたのかは分からないが、カエデの様子が変だということに気付いたアーメスが怪訝そうに小声で尋ねる。
カエデはまるで冷や汗でも流れ出ているのかという気分でこっそりと答えた。
(オフコース……)
(リアリー!?)
テンパったのか何故か英語でやりとりする2人。
どうしようどうしよう。せっかく後輩諸君に先輩らしいところを見せようと思ったのに。
きっとここで「やっぱり半分は出してくれない?」と言ったら
「自分から奢るって言った癖に……。カッコ悪いですよ先輩。
何が懐の広さですか。広いのは胸囲だけにしてくださいよ」
「ガッカリです……」
「は?所詮はカエデちゃんか。期待して損したな。貴様のデカい胸でチャーシューでも作ってやろうか?」
「マジ無様でワロタですわ」
――めちゃくちゃバカにされるに違いない!
でもコインが足りないならば仕方ない。恥を捨てて彼らにコインを少しでも出してもらうしかない。「やっぱり半分は出してくれない?」と言うしかない……。言いたくないけど……!言いたくないけど……!
あー、でも言う勇気が足りない。とりあえずあと水を5杯ほど飲んでから言おう……。
――と、考えたところで店の張り紙に目が留まった。
そうだ、一つ方法があるじゃないか。
「……アーメス。食後の運動は大丈夫?」
「……何がしたいか分かったよ。はいはい、付き合うぜ。カッコいいとこ見せたいんだろ?」
なんだなんだ、なんですの?と2人以外が彼らの急な言動に対して疑問符を浮かべる。
カエデは威勢よく水を飲み干し、ぷはーっ!と一声叫んでから手を上げる。
「すみません、会計を!」
「はーい!」
ゆぎりがやってくる。それでは会計を――と彼女が言ったところで、カエデが口を開いた。
「……と、その前にアレ、挑戦させてくれませんか?」
カエデが指さす方向には1枚の張り紙。
――『OPEN記念!5分以内に店主をドウルバトルで倒せたら会計3割引き!』
一同はカエデの発言に驚く。
「あれ挑戦するんですか先輩!?」
「モチのロンよ。先輩達は懐の広さだけでなくバトルの実力も当然高いということを改めて教えてあげよう」
「カッコいいです先輩!」
「流石ナギサ君たちの先輩ですね!凄いです先輩!」
目をキラキラさせながらカエデを煽てるナギサとソウハ。
はっはっは!褒めるでない褒めるでない、と内心ビクつきながらも笑うカエデ。それに付き合うようにアーメスも小さく笑う。
そんな様子を見たシューマがナギサに耳打ちした。
(なあ、ひょっとしてだがカエデちゃんは支払いに使うコインが足りないからこんなこと言い出したんじゃないか?さっき明らかに顔が焦ってたんだが……)
(分かってるよそれくらい。でもカッコつけたがってるんだからちょっとは煽ててあげないと可哀想だろ)
(お前のその優しさからくる行動、結構残酷だからな?)
(大丈夫。もし負けて支払いが増えても、ちゃんとお金は出してあげるさ)
(まあ俺もそうするが……)
目論見がバレていることもつゆ知らず、カエデは得意げな顔でデバイスを取り出し、バトルの準備は万端だという様子を示す。
ゆぎりはニィッと笑って答えた。
「お客さん、挑戦するんだね?あたし達に!」
「うん!というか、勝たないと不味いしね!」
「待ってたよ!このキャンペーンに挑戦する熱い人達をね!大輔―!!」
ゆぎりが厨房を振り返り、店主である大輔に向かって威勢のいい声で叫ぶ。
「バトル一丁、入りまーす!!」




