22.糖度高めのティータイム
時刻は12時手前。
私立桜川大学の食堂は午前中の講義を終えたばかりの学生達でごった返しており、昼食を頼んだはいいものの、座る場所を中々見つけることが出来ずにオロオロする学生も見られる。
経済学部2回生、轟楓もその一人だった。
「うぅ……。2限終了後即ダッシュで来たのにぃ……。やっぱり5号館と食堂の距離離れすぎだろ……」
ブツブツと呟きながら親子丼とコロッケの乗ったお盆を持って立ち尽くすカエデ。
そんな彼女に少し離れた場所から声を掛ける者がいた。
「先輩、こっち座れますよー!」
ハッ、と声のした方に顔を向けると、テーブル席に座っている男子学生2名がこちらに手を振っていた。
ナギサとシューマである。ナギサは気付かれやすいように大きく手を振り、シューマは軽く手を上げてそれを挨拶とした。
「良い後輩を持ってボクは幸せだなぁ!」
パァッとカエデの顔が明るくなる。
そして嬉しそうに小走りをしながら2人の座るテーブル席へと近寄って行った。
「ありがとう!今日は座れないかと思ったよ~。君達も2限終わってここに来た感じ?」
椅子に座るなりカエデがそう言った。
ナギサの目の前には醤油ラーメンが、シューマの目の前には今週限定で学食のメニューに出されているクリームシチューと中サイズの量のライスが置かれている。
「ええ。僕らは今日は2号館で講義だったから、なんとか席を確保出来たんです」
「あー、あそこは食堂から一番近いもんねぇ。2人は何の講義受けてたの?」
「心理学です。一緒に受講してます」
「心理学……っていうと江本教授か。あの人の講義って楽でしょ?」
「まあ、そうですね。厳しめの先生でも無いですし、話は面白いし」
他愛ない話をしながら箸を動かすナギサとカエデ。シューマだけは目の前の食事に集中したいのかシチューを無言で頬張り続ける。
その時、見知らぬ女性の声がひそひそと聞こえるのをカエデは耳にした。
「えっ、あのイケメン君、今日は女の人とご飯食べてる。せっかく誘おうと思ったのに……」
「隣の男の人は友達だとして、あの女の人誰?彼女?」
他の女子生徒達の物だ。
おそらく話の対象は自分ではない。”イケメン君“と言う単語から察するに目の前の男子生徒……シューマのことだろう。
シューマは話が聞こえていなかったのか、全く気にしていない様子で黙々とシチューと白米を口に運び続ける。
と、女子生徒がこちらからは見えなくなった時だった。ごくん、と食べ物を飲み込んだシューマが「フフッ……」と小さく笑った。
「いやぁ、女と一緒に飯を食うと他の女からの飯の誘いが来なくなるんだな。これは便利だ。これから魔除け替わりに使わせてくれ、カエデちゃん」
「……はい!?」
――さっきの会話の内容、バッチリ聞こえてたのかよ!?
と、驚くカエデ。シューマの横でナギサが困ったように小さく「あはは……」と笑った。
「こいつとご飯食べてると、たまに他の人から相席の誘いが来るんですよ」
「だが俺は知らない奴と食事を囲むのが苦手でな。それに俺の顔だけが目当ての女共に用は無い」
「最初に合った時も思ったけど良い性格してんなぁ君」
呆れたように笑うカエデ。
「……ってか魔除けって!ボクは道具かよ!?」
ナギサ、シューマ、カエデの3人がANO内と現実世界の両方でつるみ始めてから、はや数日。
3人はこうして一緒に昼食をとったりする程度には仲良くなっていた。
「さて、今日は君達って3限で終わりだっけ?」
「はい。この後の講義で一応今日は終わりですね」
昼食を食べ終わり、食器を片付けながら話すカエデ達。
「だったら3限終了後にANO行かない?なんかさー、サウスエリアにプレイヤーが店主のラーメン屋が出来たって今朝フォーラムで見たんだよね」
「へー、ラーメン屋かぁ。行ってみたいな」
「飯食った後なのにまだ食うつもりか?というかお前の今日の昼食もラーメンだっただろ」
「講義終わったら小腹でも減ってるだろうし。それにこっちの世界の胃の調子は向こうと関係無いからね。あとラーメンは好きだよ。1日2食までならいける」
ナギサの言った通り、ANOを始めとした意識潜航型の仮想現実の世界ではアバターがいくら食事をとっても現実世界でお腹が膨れることはない。
だが、仮想空間であまり食事をとり過ぎると、実際は空腹だが頭の満腹中枢が刺激されて、現実世界に戻った際に「ご飯全然食べれる気がしないけどお腹は空いた!」ということになりかねないという心配もある。
……ちなみにそれを利用した"VRダイエット"というダイエット法がこの世界では流行ったりもしている。
「じゃ、3限終わったらみんなANOに集合ね!」
「いや、終了後すぐには無理だ。こいつは電車通学だから家に帰るまでちょっと時間がかかる」
シューマがナギサの方を向いて言った。
しかしナギサは「心配しなくていいよ」と言い、リュックサックから自分のVR端末を取り出して2人に見せる。
「なぁシューマ。帰りに君の家寄っていい?君んちからダイブすれば2人にすぐ会えるし」
「全然いいぞ。そういえばお前は俺の部屋に来たこと無かったな」
「それなら安心だね。3限が終わったらまた会おう2人共!」
◆
3限の講義が終わり、時刻は昼の2時過ぎ。
3人は大学の西門前で待ち合わせをしていた。講義終了時間よりも少し先に自分の講義を終えていたナギサが先に到着して、数分遅れて残りの2人がやってきた。
「じゃ、ボクは帰るね。また後で」
と、カエデが歩き出した。
「ええ。あっちで会いましょう」
カエデを見送りながらナギサとシューマも目的地であるシューマのアパートへ向かう。
そんな3人の歩き出す方向は一緒だった。
「……もしかしてシューマ君の家もこっち?」
自分の後ろをついてくる2人に気が付いたカエデが振り返る。
2人は首を縦に振った。
「ああ。この辺のアパートを借りている」
「アパート暮らし。ボクと一緒か」
2,3分ほど歩いたところでカエデが足を止める。カエデの部屋があるアパートに到着したようだ。
そしてナギサとシューマも同時に足を止めた。
「……ひょっとしてシューマ君の部屋もここで借りてたりする?」
「……ああ。こんな偶然もあるものだな」
「同じとこ住んでたんですね先輩達」
大学から徒歩すぐの距離にある学生向けアパート。
そこの2階が昨年からカエデが借りている部屋だった。
「でも不思議。同じところに住んでるのに一度も見たこと無いんだもん。講義の時間だって被ってたりすることあるのに」
「おそらく生活リズムが違うんだろう。俺は講義に遅刻しないよう常に時間に余裕を持って家を出ているからな」
「ボクが時間にルーズみたいな言い方だなぁ……。間違って無いから何も言い返せないけど」
そう言って階段を上り、2階にある自室へと向かう。
「俺の部屋は3階だ。ついてこいナギサ」
「じゃあ改めて。また後でね2人とも」
シューマはカエデに別れを告げてナギサと共に更に上階へ進むため階段を上った。
階段を上ってすぐのところにある303号室。そこがシューマの借りている部屋だ。玄関の鍵を開けてドアを開く。
「入っていいぞ」
「うい、お邪魔します」
先に部屋に入ったシューマがナギサに部屋に入るよう促す。
ナギサは靴を脱いで丁寧に揃えた後、部屋へと足を踏み入れた。
玄関には鍵入れや小物入れしかなく、綺麗に整頓されているものの殺風景な印象を受けた……が、いざ部屋に入ると先ほどの殺風景な印象が嘘のような光景が広がっていた。
「うわぉ」
ハンガーに引っかかったまま部屋に飾られている若林イマのフルグラフィックTシャツ。
綺麗にクリアポスターに入れられたまま壁に貼られた若林イマのクリアポスターやクリアファイルなどグッズの数々。壁に掛けられたコルクボードにはラバーストラップやキーホルダーがピンで止められていた。
「オタクの部屋だ!」
ナギサは思わず声を上げた。シューマが冷静に返す。
「本当はもっと飾りたいんだがな。いかんせん公式から出ているグッズが少ない。
これでもイマがメインのグッズは全て集めたんだぞ。欲を言えばスケールフィギュアが出てほしいな。クソがっ、なんでアイツやアイツのフィギュアがあってイマのは無いんだ……!」
「分かった分かった」
急に機嫌が悪くなるシューマをなだめながらナギサはその場に腰を下ろし、リュックサックからゴーグル型のVR端末を取り出す。
ダイブの準備は万端だ、といった時にシューマが口を開いた。
「そうだ、小腹が空いてないか?菓子とコーヒーなら出せるぞ」
「いいの?じゃあいただこうかな」
シューマはキッチンへと向かい、ポットに水を入れてお湯を沸かす。
そして食器棚から2つマグカップを取り出して、インスタントコーヒーを作り始めた。
2,3分したところでコーヒーが完成したのか、マグカップを2つ持ったシューマが現れた。
マグカップにはゲーム内でもよく使用されているイマちゃんのイラストが描かれていた。つい最近公式から発売されたグッズだとナギサは思い出す。
しかし。
「……なんでイマちゃんのマグカップが2つあるの?Tシャツみたいに普段用と観賞用とか?」
「は?マグカップなんて使ってなんぼだろうが。俺とイマ用の2つに決まってるだろ」
真顔でそう答えるシューマにナギサはほんの一瞬だけ心の中で恐怖した。
――こいつ、目がガチだ。
架空のキャラ相手に専用マグカップを設定しとる。
というかイマちゃんにイマちゃんの柄のマグカップを使わせるのか、こいつは。
「……あぁ、そう」
「だがマグカップは俺の家にこれしか無くてな。特別にイマの分をお前に使わせてやろう。イマに感謝しろ」
「お前じゃなくてイマちゃんに感謝するのね……。う、うん。ありがとうイマちゃん」
ナギサはそう言いながらマグカップに口をつける。
と。
「甘っ!!」
口の中に広がるとてつもない甘さに噴き出しこそしなかったものの、ビックリして思わず口を離してしまう。
砂糖だけではなくコーヒークリームも大量に入れているのか、コーヒー特有の苦みが完全に消し飛んでいる。カフェオレにしたって甘すぎだ。
シューマはそんなナギサを見て少しだけ、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔を浮かべた後言った。
「すまん、手癖でお前の分も俺のと同じように作ってしまった。作り直そうか?お湯ならまた沸かし直すが」
「い、いや、別にいいよ。……というか手癖って!お前普段砂糖何杯入れて作ってんの!?」
「大さじ5杯だが」
「多っ!」
「これが俺にとっては一番美味いんだ。……っと、菓子の用意が出来てなかったな。今持ってくる」
戸棚から何やら袋を取り出し、小皿にいくつか袋の中身を出す。
片手に小皿、もう片方の手にマグカップを携えたシューマが再び現れた。テーブルの上に皿を置く。
ナギサは小皿に盛り付けられたその”菓子”の正体を見て、怪訝な顔を浮かべた。
「……何これ?」
「見て分からんか。角砂糖だ」
「見て分かるからビックリしてんだけど!?」
小皿に6つほど盛り付けられた菓子類の正体。
それは綺麗なブロック状の角砂糖だった。
「結構美味いぞ」
「砂糖に美味い不味いの概念持ち出してきたのは多分お前が初めてだよ!というか砂糖大さじ5杯のコーヒーのお供に角砂糖出すってどういうこと!?糖尿になるぞ!?そして太るぞ!?」
「まだ体調を崩したことは無いから平気だ。それに俺は毎日ジョギングと筋トレをしているから体形に関しては心配するな。食わんのなら別にいいぞ。俺が全部食うからな」
片手で角砂糖を1つ摘まむと口の中に放り込むシューマ。続いて砂糖を大さじ5杯入れているらしいコーヒーを口に含む。
いったい今彼の口の中にはどれだけの甘味が広がっているのか、考えるだけでも胸焼けしそうなナギサは咄嗟にシューマから視線を逸らした。




