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21.まずは、一人

「いやぁ、最後はどうなることかと思ったけど、勝てて良かった良かった」



 明るい日差しが端混むカフェの窓際の席にて、ナギサの少し高めの声が響いた。隣には友人のシューマが、向かいの席にはカエデが座り、3人の正面にはそれぞれ飲み物と共に、バトルの疲れを癒すために中へと戻ったドウルが存在するデバイスが置かれている。


 3人はこうしてミッション終了後に軽く一服するのがほぼお決まりのようになっていた。おかげで毎日のように余分にコインが減っていくが、3人だけでなく彼らのドウル達も飲食やゆったりとした会話は嫌いじゃないのでこの時間を少し楽しみにしている。


 ナギサのそんな声を聞くなり、シューマが少し苛立った声で口を開く。



「良かったものか。最後は俺達が決めるつもりだったのに、お前達に全部持っていかれたじゃないか」



 どうやら残りの敵を全てナギサとソウハが片づけてしまったのが気に入らないらしい。シューマは手元のコーヒーカップにシュガースティックを5本入れてからかき混ぜた。向かいに座るカエデは不機嫌そうではないものの、続いて口を開く。



「本当にね。ま、ちゃんと連携出来ない誰かさんが悪いよー、誰かさんが」



 そう言いながら視線をシューマへと向ける。自分のドウルであるアーメスがいきなり攻撃されたことに関してはやはり不満があるようだ。


 それを聞いたシューマは「フン」とだけ言ってから自分の飲み物を口にした。何も言い返さないのは一応自分にも非があると分かっているからなのか、それとも単純に不貞腐れていて口論する気が無いのかはナギサには分からない。


 そんな時、シューマの正面に置かれたデバイスから調子の良い女性の声が聞こえた。シューマのドウルであるシャルディのものだ。



『まあまあ、その件はもういいじゃありませんの。お互い様ってことでいいじゃありませんか。次からはワタシ達も気を付けますから、貴方達も攻撃誘導効果を使う時は連絡してほしいってことで。それにこう見えてもシューマ様は反省してますからね。こんな物言いしかできないだけで、本当はお二人のことを悪く思ってはいませんわ。所謂ツンデレですわよ。ツ・ン・デ・レ』



 そんなシャルディの言葉を聞いてカエデが毒気を抜かれたような顔をした後悪戯っぽく笑い、シューマが「違う」と冷静にツッコミを入れる。



「あっれー?そうなんだぁ?もっと素直になりなよ後輩―」



 そして追撃とばかりにカエデの手元のデバイスからアーメスの声が。



『ハハハ、遅れてきた思春期ってやつか?そう考えると可愛げあるぜシューマ君?』


「え、ええい、うるさいうるさい。大体誰が“ツンデレ”だ、このバカ女め」


『バカ女っ!ああっ……甘美な響き!』


「くっ、やはりこいつに罵倒は効かんか……!」



 恥ずかしそうに顔を逸らしながら感情的になるシューマ。自分といる時とはまた違った、たじろぐ様子の友人を微笑ましそうに眺めながらナギサは自分の分のコーラを一口分飲む。


 あ、そうだ。とカエデが何やらデバイスを操作し始めた。



「これこれ、見たよナギサ君。何だか可愛い格好しちゃってさ」


「っ!そ、それは……!」



 カエデが見せてきたデバイスに映し出されていた画像を見たナギサはブフゥッ!と口に入れていたコーラを吹き出す。手元のソウハが『なんですか?』と興味ありげな声を出した後、そっぽを向いていたシューマもカエデのデバイスの画面に注目した。


 その画像とは先日ナギサがジュンの店に立ち寄った際に撮ってもらった写真だった。


 ブティック“リリィ・ローズ”の宣伝用写真。そこに立っているのは和風の女学生のような格好をしたソウハと……セーラー服のナギサの姿があった。


 ――バレとる!そりゃフォーラムに投稿されてるんだから当然見られると思ってたけど!

 カエデがニッコリと笑い、デバイスの中のアーメスも愉快そうに声を上げた。



「結構似合ってんねぇ!本当に女の子みたい!金取れるよこれ!」


『その例えは結構下品だな……。いやでも実際決まってるじゃん二人とも』


「うう……。恥ずかしすぎる……」



 顔を赤らめて机に突っ伏すナギサ。彼のデバイスの中のソウハは『そうでしょうそうでしょう』と何やら誇らしげだ。自分とその主人が“似合っている”と褒められたことが嬉しいらしい。


 そしてシューマはその画像をまじまじと見た後、ニヤリと笑ってこう言った。



「なるほどな。純粋な男としてのハンサム度で俺に勝てないからこういう路線で優位に立とうとしているわけか」


「違うわドアホ」



 あまりにも的外れな感想に思わず顔を上げてツッコむナギサ。


 なんだ、こういう路線って。他人の優位に立つために女装をする人間がこの世のどこにいるんだ。というか自分でハンサムとか言っちゃいますか。……もう慣れたもんだけど。



『イヤーン!ナギサさんもソウハさんもカッワイイー!持って帰りたいくらい!』



 シューマの手に握られていたデバイスから興奮したシャルディの声が聞こえてきた。


 あー、やだ。すっごい恥ずかしい。


 先輩と友人の笑い声。彼らの相棒の談笑する声。そして何やら誇らしげな相棒の様子。


 ――ま、こういう時間は悪くない。


 再び恥ずかしさから顔を伏せたナギサは周りの声を聞きながらそう思った。






  ◆






「2対1で油断したみたいだね。でも残念でした!」



 入り組んだ地下迷宮で宝箱を探すという人気の探索ミッション“ダンジョン探索!”の舞台となる地下迷宮ミッションエリアにて。一人の少年がそう呟いた。


 少年、といっても声を聞かなければ性別が分からないほどその容姿は端麗であり、ブラウンのショートヘアを片手でかき上げてニィッと笑った。


 その格好はまるで吸血鬼を思わせるような黒いタキシードで、スパッツを履いた下半身からスラリと伸びる脚は綺麗な曲線を描いていたが、男性らしくどこか筋肉質でもあった。


 特に目を引くのは彼の右手だ。袖口から見える手は人間らしい手の形をしていなく、深紅の色をした鉤爪のような形状をしている。


 血のような赤い目の下には、ドウルのHPが0となったことでリンク状態が解除された青年が2人。先日のミッションでナギサとシューマを襲った初心者狩りの2人だった。前回カエデによって成敗された後も性懲りもなく初心者狩りを続けていたらしい。

 小太りの男性、ヨムヨムが叫ぶ。それに続いて隣の眼鏡の男性であるシロップも頭を下げて叫んだ。



「ご、ごめんなさい!頼むからここで僕たちまでやっつけないでくれ!これ以上コインを失いたくないんだ!」


「も、もうお前達を狙ったりはしない!許してくれ!」



 2人の命乞いを聞いた少年は「んー」と腕を組んで考える。そして「どうするタマキ?」と誰かに尋ねた。

 その声に応えるようにして少年の背後からドット絵でデフォルメされた少年の顔アイコンが出現する。“タマキ”と呼ばれたそれは少年ドウルのマスターだろう。

 タマキは一瞬の間もなくこう答えた。



『初心者狩りなんてする相手に情けなんていらないでしょ。やられる側の立場を味合わせてやれ、クオン』


「りょーかい!経験値もーらいっとぉ!」



 ジャキッ、と鉤爪を構える音が石造りの迷宮に響く。


 待った、やめてくれ、と2人は懇願するも、目の前のドウル……クオンはそれを聞き入れる気は全く無いようで、またニンマリと笑ってから自身の獲物である右腕を振りかぶった。










「クソッ、また失敗した……!今度は2対1でこっちが有利だったハズなのに……!」


 ヨムヨムより先にHPを0にされてターミナルのロビーへと戻ったシロップは相方の期間を待つことなく不機嫌そうな顔でロビーを後にした。


 苛立っている自分の主人をなだめるべく、彼のデバイスの中にいるドウル、緑髪の騎士・ジェシカが申し訳なさそうに口を開く。



『申し訳ありませんマスター。私のランクがEだったなら或いは……』


「うるさい!」



 だがあまりにもイライラしている彼に謝罪は逆効果だったようで、シロップは大きな声で自分のデバイスに向かって怒鳴り声をあげた。


 何がランクがEだったら、だ。次のランクに上がれないのはバトルに勝てないから。経験値を他のドウルに奪われるから。つまりお前が弱いからだろう。


 ANOを始めて間も無い初心者、ボーっとしているソロプレイヤーの少年、初心者狩りに失敗したばかりの明らかに弱そうなチンピラ……様々な相手を対象に不意打ち同然の戦いを仕掛けてきたのに、どれもこれも失敗している。


 ――こいつのせいだ。こいつが他のドウルに比べて弱いに違いない。


 自分の戦術や、相手を舐めてかかっている精神性がドウルのステータスに不調を起こしているとは考えもせず、怒りと憎しみの混じった眼差しで自分のデバイスを見つめるシロップ。ジェシカは何も言わず、ただ視線を逸らした。



「お兄さん、もしかしてバトルに負けちゃった感じですか?」



 ふと、誰かに声を掛けられた。まるで自分を煽っているかのような軽い調子の声が癇に障ったシロップは「なんだよ!?」と声を荒立ててその方向を向いた。


 それは自分のほぼ隣だった。いつの間にか出現した長い黒髪の女性に驚いたシロップはデバイスを落としそうになる。

 赤いパーカーを羽織った女性は何やら陽絶に笑う。その仕草が美しくもどこか不気味に感じた彼は思わず後ずさった。



「ドウル同士のバトルって難しいですよねぇ。スキル発動のタイミングにドウルとの連携、それに自分自身のメンタルまで勝負に関わってくる。勝つってのは大変だ。

 それにスキルカードは排出率最悪のガチャから手に入れなきゃいけないってんだから、カードを集めるにも一苦労」


「な、なんだよあんた。何の話だよ!」


「ドウルバトルに負けたんでしょお兄さん?じゃなきゃそんなにイライラしませんよ」



 それを聞いて下唇を噛むシロップ。これ以上苛立った主人の様子を見たくないのか、彼の手に握られていたデバイスからジェシカが声を張り上げる。



『なんなんですか貴方!マスターに向かって無礼な!』


「……へぇ、可愛いドウル。ねぇ君。私が今からする話は君にもきっといい話だから黙って聞いといてほしいな」



 相変わらず調子の良さそうな声でジェシカを制する女性。ポケットから自分のアクロスデバイスを取り出し、何やら操作をしながら話し始めた。視線は完全にデバイスの方を向いていて、シロップ達には向けられていない。



「どうせなら楽して勝ちたいですよねぇ?でもそれも簡単にはいかない。もっと強いスキルが使えれば……もっと自分のドウルが強ければ、そう考えるのは当然のこと」



 ピロリン♪とシロップのデバイスから通知音が聞こえた。画面を見ると『驕ゥ蠖薙↑譁?ュ怜?からスキルカードを受け取りました』という通知文と1枚のスキルカードが。


 画面から目を離した女性がまた笑った。



「もしよかったらそのカードを使ってみません?きっとバトルが楽になりますよ?」



 その顔は表面上は爽やかであったが、ジェシカはその笑顔の奥に何やら黒いものを感じた。まるで他者を死の世界へと誘う死神。この女はまさにそれだと感じた。


 だがシロップはそれに気付いていないようだ。先程までバトルに負けて苛立っていたことで冷静さを失い、更に“バトルが楽になる”という言葉を聞いたことで完全に意識は送られてきた1枚のスキルカードに向いているらしい。



『マスター!その女は危険です!そのカードに触れないで!』



 ジェシカの叫びは届かない。震える指がスキルカードの詳細を確認するために画面を押した。


 また女性が笑った。期待と悪意をない交ぜにした黒い笑顔で。そして呟く。



「――まずは一人、ね……」


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