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暖かな時間。

本日、47〜51まで連投します。

ご注意ください。


またもや、作中時間が大きく飛びます。

 思い出した光景にほおが熱くなるのが自分でもわかった。これは……うん。ちょっとまずいかも。

「彩香さん、なんか真っ赤だよ?」

「わかってるからわざわざ指摘しないでいいよ」

 くすくすと笑いながらの言葉にちょっと視線をそらし気味に答えたら、一層おかしそうに笑われてしまった。

 今は久我城(うち)の庭にあるテラスでお茶をしてる最中。一緒にいるのは久我城綾人(あやと)。私と克人兄様の間に生まれた最初の子供で、久我城の跡取りだ。今年高等部に進学した綾人の外見は私そっくりで、中身は雅浩兄様っぽい。

「本当、彩香さんって面白いよね。仕事中とは別人じゃないの?」

「綾人、うるさい」

 ため息半分、照れ隠しに切り捨てたら、綾人が肩をすくめる。

幸也(ゆきや)も馬鹿だよなぁ。ちゃんと彩香さん見てれば、僕達がどれだけ愛されてるかなんてすぐわかるのに」

 最近反抗期まっさかりな二才年下の弟について笑い混じりに言い切られて、思わず目をまたたく。

「……そう、かな?」

「そりゃもう」

 自信たっぷりに断言した綾人は、紅茶を一口飲んでから笑みをむけてきた。

「だって、彩香さんてば、どんなに忙しくても僕達の誕生日に、夕飯までに帰ってこなかった事ないよね。僕、前日に海外で学会出てたのにしれっと帰ってきた時は感心するの通り越してあきれたよ」

「あぁ、幸也の十才の誕生日だったっけ」

 あの時は本当は私が行くはずじゃなかったんだけど、直前になって予定していた研究員がインフルエンザにかかったせいで、急遽私が行く事になったんだよね。日程的に厳しいし他の人に押しつけたかったんだけど、私はドイツ語の日常会話ができるとか、クリスマス直前だとか、他の研究員達も嫌がる理由があったから、結局私が行く事にしたんだよね。面倒なところを引き受けるのも責任者の役目だと思うし。

「あれ、一体どうやって帰ってきたの?」

「学会終わるなり車飛ばして空港行って、待機させといたチャーター機で成田、成田からヘリ」

「たかが誕生日の夕飯のためにそこまでする?」

「だって、私普段親らしい事何もしてないからね。イベント事がある時くらい顔見せないと」

 そうなんだよね。普段、私は仕事が忙しいのもあるけど、綾人や幸也と一緒に食事をする事もあんまりないし、休みでも遊び相手をする事も少なかった。だから、幸也が言い出した、外に向かっていい親のふりをしたいだけだろ、という言葉に反論するつもりもない。

「彩香さんが僕達と一緒にいる時間を取れなかったのは、彩香さんのせいじゃないよね。というか、後で必ず寝込むのによく幼稚舎の頃の参観日とか来てくれたよねぇ」

「ああいうの、誰も来てくれないのって嫌なもんだし」

「彩香さんが来られなくても、克人さんは来てくれてたじゃない」

 やわらかく笑った綾人が、僕は彩香さんが大好きだよ、とつけ加えた。

「何なの、急に?」

「いや、幸也のせいで地味に沈んでそうに見えたからね。なぐさめておこうかと思って」

 笑いながらクッキーをつまんだ綾人は、いつの頃からか克人兄様を父さんとは呼ばなくなった。私を彩香さん呼びなのは、克人兄様が小さい頃から、この人は彩香さんだぞ、と教え続けたからだけども。

 その理由は、妊娠中から不安定だった私が、案の定というべきか、子供達に関われなかったから。泣き声がすれば心配になるのに、一緒にいると自分が目の前にいる小さな相手に暴力をふるうんじゃないか、って怖くて怖くて、何度もパニックを起こしかけた。だから、結局二人ともほとんど抱っこしてあげた事もないし、特に綾人が小さい頃はほとんど関わった記憶がない。

 その原因を知ってる克人兄様も、事情を話した久我城の両親も、無理をしなくていい、って言ってくれたけど、子供達がさびしくなかったはずがないからもうしわけない。

「綾人は少しいい子すぎだよ」

 自分の態度が親として落第なのはわかっていたからそうため息をついたら、無理はしてないよ、とさらりとした答えが間髪入れずに返ってきた。

「彩香さん、覚えてる? 僕がまだ幼稚舎通ってた頃、参観日に親と一緒にゲームしようってのがあったじゃない?」

「あぁ、あったねぇ。膝に乗せたり抱きしめたり、スキンシップ中心だったあれでしょ?」

「うん。克人さんがやろうとしてくれたのに、僕が彩香さんにくっついてったから、結局彩香さんが最後まで一緒にやってくれた」

 なつかしそうに笑った綾人が、一つため息をつく。

「僕は普段そんな風に遊んでくれない彩香さんに遊んでもらえて嬉しかったけど、後で克人さんに説教されたよ」

「いや、子供が母親にまとわりつくなんて当たり前の事だから」

 克人兄様も怒るような事じゃないでしょうに……。ちょっとあきれた顔になった私は悪くない、よね?

「でも、あの日の夜、彩香さん酷い熱出して三日くらい寝込んだよね。その時に、克人さんに言われたんだよね。――彩香さんは小さい頃大人から酷い事をされたから、僕達といると今度は自分が酷い事をしちゃうんじゃないかって怖がってるんだよ。だから、寂しいのも彩香さんといたいのもわかるけど、あんまり無理はさせないでやってくれな、ってさ」

 手元に視線を落とした綾人の声がいくらか苦い。

「克人さん、怒らなかったよ。でもすごく困った顔して、それでも少し笑って僕の頭なでてくれてさ。彩香さんも、つきっきりになったら僕達が寂しいだろうから、って克人さん部屋から追い出しちゃうし。……あの時は本当に後悔した。克人さんに頼んでドアの隙間から様子うかがわせてもらった時の彩香さんすごく辛そうだったから」

「まぁ、それいうと、こんな状態で子供産んだのがそもそもの間違いなんだけどねぇ」

「仮にも久我城の当主夫人が何ばかな事言ってるのかな」

 少し混ぜっ返したら、綾人が苦笑いになる。

「僕はあの時、彩香さんは僕達が嫌いだから側にいてくれないんじゃなくて、大好きだけど側にいられない理由があるんだ、ってわかったんだよ。だから、無理とかじゃなくて、本当に彩香さんが大丈夫な範囲で一緒にいてもらえれば充分なんだ」

「だから、そういう所がいい子すぎる、っていってるの」

 昔から聞き分けがよすぎる感の強い綾人のひたいをこづいたら、少し眉の下がった笑みが返ってきた。

「ね、僕の初恋が彩香さんだって言ったら信じる?」

「信じるも何も知ってる」

「……え?」

 意を決しての告白だったらしい言葉を軽く流したら、綾人がきょとんとした顔になる。こういう無防備な顔してしてると、どことなく克人兄様に似てるなぁ。

「母親だって実感できるほどは側にいなかったし、家だと誰も私の事を母親扱いしないからね。それに、この童顔だもんねぇ」

 ほおに手をあててため息をつく。……ええ。いまだに二十代に間違えられますが何か? 海外行くとティーンエイジャー扱いがデフォルトですが何か?

「でも、綾人が今好きなのは咲ちゃんだよね?」

「……うわ、そこまでばれてるんだ」

「うん、知ってます」

 くすくす笑いながら、驚く綾人が今好きな相手を思い浮かべる。咲ちゃんというのは、桂吾の末っ子。私と桂吾の行き来が多いから必然的に子供同士も仲良くなってるんだよね。ただ、咲ちゃんは本当、桂吾のミニチュアみたいな性格してる。小さい頃から桂吾が一生懸命矯正してるから桂吾ほど酷くはないけどね。でも、そんな咲ちゃんはなぜか綾人を気に入っていて、しょっちゅう綾人を試すような事をしかけてる。綾人は綾人でそれを楽しんでるみたいだし、まぁ、それなりにうまくやっていくんじゃないかな、と思ってみてた。桂吾は、あんたと義理の家族になるんですか……、なんてため息ついてたけどね。

「ちゃんとふられてすっきりしてから、咲ちゃんに婚約申し込みたいんでしょ?」

 たぶんそんなところだろうな、と思って確認したら、案の定綾人が苦笑いでうなずいた。確かに婚約を決めるにはまだ綾人は幼いけど、咲ちゃんは今年大学二年。そろそろ恋人くらいいない方が不自然になってきたもんね。

「……彩香さん、鋭すぎ」

「大事な家族の事だからね。ちゃんと見てるよ。聞きたい事、いいたい事はちゃんと口に出していいんだからね?」

 いつも克人兄様が私に言ってくれる言葉を拝借してうながしたら、綾人は一つうなずいた。そして、ひとつ息をはき出してから改めて私と視線をあわせる。

「僕は家族としても、そうじゃない意味でも、彩香さんが好きだよ」

「うん。でも、私が好きなのは克人兄様だから。綾人の事は家族として大好きだけど、それだけだよ」

「大丈夫、克人さんに敵わない事ぐらい最初っから知ってるよ。だから、ほとんど憧れみたいなものなんだけどね。……でも、ちゃんと言えてすっきりした。ありがとう」

「どういたしまして」

 強がりじゃない、本当にさっぱりとした笑みを見せられて、こっちもつい笑みが浮かぶ。たぶん、綾人の思いの大半は、親だと実感できない半端な距離感と、私の極端な童顔のせい。綾人にせよ幸也にせよ、どこかで私を母親だと実感しきれていないみたいだし、これは私のせいだよねぇ。でも、綾人は自分でそれに気づいて軌道修正するだけの力があった。

「というかさ、幸也の反抗期は完全にマザコン。彩香さんの気を引きたいだけだよね、あれ」

「言わないであげなよ。本人は必死なんだから」

 あの年頃特有の無闇ないらだちや不安、自分を特別視したい感覚には覚えがある。よく中二病、なんていうけど、それはつまり自分とまわりとの違いや覆しようのない現実の残酷さと向き合うだけの力をつけるために必要なものだと思うから。

「ま、幸也は任せて。あいつの性格からすれば、彩香さんに何か言われるよりも僕と雅浩伯父さんに言われる方がこたえるだろうからね」

「あぁ、だねぇ。幸也は本当に雅浩兄様大好きだから」

 そう。次男の幸也は外見は雄馬父様の面影が濃いけど、中身はなんだか、暴走ちびっ子、って感じかな。何にでも一生懸命でがむしゃらで、勢いが空回りがち、というか。まぁ、綾人ができすぎなくらい優秀だからしかたがないんだろう。だからなのか、天才肌の兄弟と比べられてきた、というところで雅浩兄様に共感を抱くところがあるらしい。……ま、研究に進める事が決まって以降、本気出してあれこれ記録作ったものだから、本当はかなり優秀な雅浩兄様の印象がかすんじゃったのは認めるけども。でも、あれはあれで、雅浩兄様も望んでくれた事だったからね。

「それに、雅浩伯父さんに会いに行く、って口実で(しおり)ちゃんと会えるしねぇ」

 しれっとつけ加えられた言葉についふき出す。そうだ、幸也は雅浩兄様と椿さんの所に生まれた長女の栞ちゃんが好きなんだった。雅浩兄様の所には女の子ばっかり四人生まれてて、栞ちゃんが婿取りをして旦那さんと二人で跡を継ぐのがほぼ確定してる。だって、栞ちゃんはあれ絶対、経営者向きだもの。下手な旦那に丸投げするより、彼女自身がやった方がいいに決まってる。

「ま、あの二人の決定権は栞ちゃんが持ってる感じだろうね。幸也ももう少し自制と自覚が出てこないと相手にしてもらえないんじゃないのかな」

「僕もそう思う。……ま、このままでもいい感じに操縦しやすくて裏切られないパートナー、にならなれそうだけど」

「ぶっ」

 容赦のないコメントについふき出してしまう。本当、綾人は身内に容赦しないなぁ。そのまま喉の奥で笑っていたら、少し離れたところから声がかかって、思わず立ち上がる。そのまま現れた相手にかけよって抱きついた。

「克人兄様、おかえりなさいっ」

「まったく、いつまでたっても彩香は甘えただな。……ただいま、今帰ったよ。綾人もただいま」

「おかえりなさい、克人さん」

 私を抱きつかせたまま、軽く背中を叩いてくれた後、克人兄様の視線が綾人にむく。

「二人でお茶をしてるって聞いたからこっちにまわったんだけど、少し冷えてきただろ。そろそろ中に移動しないか?」

「もちょっとくっついてから」

 入れ違いに入った出張のせいで一週間ぶりに会う克人兄様に抱きつく腕をゆるめないで言ったら、小さな笑いがかぶった。

「このラブラブっぷりを見せられて、敵うと思うばかがどこにいるんだかなぁ」

「うん?」

「こっちの話。それより、幸也はまだ戻ってないのかな? そろそろのはずなんだけど」

「あぁ、さっき雅浩から、栞ちゃんが笑顔で追い出した、ってメールが来てたよ。じきだろ」

 男二人の会話を聞きながら、甘えて首筋にひたいをこすりつける。うん、やっぱり克人兄様の側が一番安心。

「克人兄様、大好き」

「……だからなんでこういうタイミングでそれを言う……」

「克人さん、僕先に入ってるよ。リビングでいいよね? お茶の用意してもらっておくから」

 克人兄様のうめきと、笑い混じりの綾人の声がして、足音が遠ざかる。それを待ってたのか、足音が充分離れた頃克人兄様の手が私のうなじに触れた。うながされた気がして顔を上げると、ひたいに唇が触れていった。

「ただいま、彩香。入れ違いで長くなったけど、大丈夫だったか?」

「少し、さびしかったけど大丈夫。でも、今日は一緒に寝てね?」

「わかってる。仕事は全部きりつけてきたよ」

 一晩二晩なら大丈夫になってはきたものの、いまだに消えない悪夢は克人兄様がいないと酷くなる。うちにも雅浩兄様達にも子供ができてからはそう簡単に泊まりに行けなくって、それでも私がやってこれたのはその分まで克人兄様が私を大事にしてくれたから。不安になる隙がないように、たくさん好きだと言ってくれて、抱きしめてくれて、支えてくれている。克人兄様がいない間はいつの間にか綾人がたすけてくれるようになってるし。きっと、幸也だってもう少し周りが見えるようになってくれば頼れるようになるだろう。

「本当に、私、すごく幸せ。克人兄様と結婚してから、幸せな事ばっかりたくさん増えるの」

「俺も幸せだよ。彩香がいて、綾人と幸也がいて、毎日が楽しい」

 嬉しそうにそう言った克人兄様が軽く唇にキスを落としてくれた。

「好きだよ、彩香」

「うん、私も克人兄様が大好き」

 嬉しくてくすぐったい言葉に少し照れくささの混じった笑みを返したら、もう一度克人兄様の顔が近付いてくる。その意味はすぐにわかったから、いつもの大好きな感触を受け止めるために目をふせた。


お読みいただきありがとうございました♪


これにて、この物語は完結となります。

長らくのお付き合い、ありがとうございました。


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