第8話:ひらめきの黒い麺と、お庭の鉄板奉行。
「うーん……ぎょうざだと、お腹いっぱいにさせるにはコスパがわるいでしょ……」
中二階のロフト。三歳の鶴千代はちっちゃな座布団の上にぽてんと座り、短い指で液晶モニターをペチペチと叩きながらぶつぶつ呟いていた。
「はんばーぐは美味しいけど、時間が経って冷めちゃうと味が落ちちゃうし……うーん、どうちよう……」
ねーねの命を救った翌日、鶴千代は「いざという時のためのポイント稼ぎ(商売)」の計画作りに躍起になっていた。
戦国時代のお腹を空かせた人たちを、安く、そして一発でお腹いっぱいに満たせる現代グルメは何か。前世の知識を必死に検索しながら画面をスクロールしていると、ある商品が目に飛び込んできた。
【食品コーナー・マ◯ちゃん3人前焼きそば(粉末ソース付き):200ポイント】
「あっ……やきそば!」
画面に映る黄色い麺と、紅生姜が乗った香ばしそうな茶色い写真。それを見た瞬間、鶴千代のお口の中にじゅわぁ……とヨダレが溢れてきた。
(焼きそば……随分たべてないから食べたい! ……じゃなくて!!)
危うく三歳児の食い意地に負けそうになり、鶴千代はぶんぶんと小さな首を振って軌道修正した。
「やきそばならお腹いっぱいになりそうだし、200ポイントで3食分も買えるから、意外といいんじゃないだろうか……!」
イメージがピタッとまとまった。これなら仕入れ値も安いし、ソースの濃い味はご飯のおかずにもなる。
ただ、今はおちよから貰った二文(200ポイント)しかない。これだと麺を買ったらぴったりゼロになり、具材のキャベツやお肉を買う余裕は1ポイントも残らなかった。
「……よし、はじめは『具なし』でいこう! お金がいっぱい増えたら、お野菜とお肉をのせるの!」
三歳児らしからぬシビアな経営プランを思いつき、鶴千代はにんまりと笑ってはしごをトコトコと降りていった。
◇◇
数分後。南側の六畳の庭には、とんでもない光景が広がっていた。
「わ、若様……本当にこの南蛮の火床を、外に運ぶのでございますか……?」
「そうだよ、げんぞう! よいしょ、よしいしょって持ってきて!」
中年武士の源蔵が、顔を真っ赤にしてフーフーと言いながら、テラス席から『あるもの』を抱えて運んできた。
それは、テラスに備え付けられていたピカピカの『バーベキュー用グリル(鉄板付き)』だった。
大人が一人通るのがやっとの西側の狭い通路を通り、南側の庭のど真ん中へ。
カチャリと設置された近代的なグリルは、戦国時代の泥臭い庭の中で異様なまでの存在感を放っている。
「ねーね、これ(カセットコンロ用のガスボンベ)をここにガチャンってして、ツマミを回して!」
「は、はいっ! 鶴千代様、こうでございますか……? ――わっ!?」
おちよが言われた通りにツマミをカチッと回した瞬間、マッチも火打ち石も使っていないのに、鉄板の下からボッと青い炎が勢いよく噴き出した。
おちよが驚いて飛び上がり、源蔵が感心する中、テラスに『ピンポーン♪』と軽快な音が鳴り響く。
届いた段ボール箱から出てきたのは、透明なビニールの袋に入った3人前の黄色い麺と、粉末ソースの小袋だけ。文字通りの「具なし」だ。
「げんぞう、ここに油をたらして、この黄色い麺をじゅうじゅう炒めるの! げんぞうは今日から、このお庭の『てっぱんぶぎょう(焼き手)』ね!」
「は、はあぁっ!? 某が、この鉄板の奉行に……っ!?」
手渡されたピカピカのフライ返し(ヘラ)を握りしめ、源蔵は身震いした。
鉄板が温まり、3人前の麺が豪快に投入されると、じゅうぅぅぅ……と、小牧山城下の静かな空気に心地よい音が響き渡る。
少しの水を注いで蒸らし、仕上げに鶴千代の指示で粉末ソースをパラパラと振りかけ、ヘラで混ぜ合わせた、その瞬間だった。
ジューーーーーッ!!!
ブワッと立ち上る湯気とともに、何十種類もの果実とスパイスが凝縮された、暴力的で、濃厚で、抗えないほど香ばしい『ソースの匂い』が、庭のフェンスを越えて小牧山の城下町へと一気に拡散していった。
「な、なんという匂いだ……っ。具など一切入っていないというのに、鼻の奥が痛くなるほど美味そうな匂いが……!」
「鶴千代様、おちよ、お口の中のヨダレが止まりません……!」
ヘラを持った源蔵が目を剥き、おちよがごくりと唾を飲み込んで口を押さえる。
歴史の細かいことはよく分からない三歳児が仕掛けた、具なし焼きそばの「匂いテロ(ビジネス)」。
その煙の向こうから、お腹を空かせた城下町の人々が吸い寄せられるようにゾロゾロと足を進めてくるのを、三人はまだ知らない。




