第7話:ねーねの熱と、命のドラッグストア。
テラス席で農民を見送った、翌朝のことだった。
いつもなら「鶴千代様、朝ですよ!」と元気に起こしに来てくれるおちよが、今朝はいつまで経っても起きてこない。
不思議に思った鶴千代が、ボロ屋の奥にあるおちよの寝床をのぞきにいくと、そこには顔を真っ赤にして苦しそうに荒い息を吐いているおちよの姿があった。
「はぁ、はぁ……っ……」
「ねーね……? どうちたの……?」
鶴千代が小さな手でおちよの額に触れた瞬間、飛び上がるほど熱かった。
夏の小牧の蒸し暑さと引っ越しの疲れが重なって酷い風邪をひいて熱を出してしまったのだ。
「鶴千代様……申し訳ございません……おちよ、身体が動かなくて……朝のご飯が……」
「ねーね、喋っちゃだめ! げんぞうーーーっ!!」
鶴千代の叫び声を聞いて、畑仕事の準備をしていた源蔵が慌てて飛び込んできた。
だが、横たわる娘の深刻な熱に気付いた瞬間、中年武士の顔がサッと青ざめた。
「なんという高熱……! 医者を呼ばねば……いや、この小牧の地で名医などどこにおる……っ! 薬草を煎じても、これほどの熱では間に合わぬかもしれん……!」
戦国時代、ただの風邪であっても命を落とす者は無数にいた。
源蔵が絶望に震える中、三歳の鶴千代の脳裏に『前世の知識』がパチリと閃いた。
(そうだ! あっちのひみつきちのモニターから、お熱を治す『おくすり』が買えるはずじゃん!!)
「げんぞう、ねーねを見てて!」
「あっ、若様!? どこへ行かれまする!」
鶴千代は短い脚を必死に動かして庭に飛び出して、ぎゅっと手を握りしめて『四坪ハウス』を出現させた。
手すり付きの階段をトントンと駆け上がり、中二階のロフトへとはしごを死に物狂いで登る。
「おくすり、おくすり……!」
モニターを叩き、ドラッグストアの通販画面から『風邪薬』のボタンをペチッと押した。
ずらりと並ぶ、前世で見慣れた箱入りの総合風邪薬や解熱鎮痛剤。
しかし、その値段の数字を見た瞬間、鶴千代は凍りついた。
【◯◯風邪薬・24錠入り(箱):1,200ポイント】
【解熱鎮痛剤・20錠入り(箱):800ポイント】
『現在のチャージポイント:20pt』
「買えない……っ! 1000えん(1,000pt)以上するよぉ……!」
昨日、お駄賃の一文(100pt)を使ってしまったため、残りのポイントは絶望的。
源蔵が持っている生活費をチャージしても、二文や三文(200pt〜300pt)では、箱入りの高い薬には全然届かない。
「どうしよう、ねーねが死んじゃう……っ! お金がないと、ねーねを助けられないのぉ……っ!?」
三歳の鶴千代は、モニターの前でポロポロと涙をこぼした。
お金がないと、大好きな人を守れない。
戦国の世の非情な現実が、ちっちゃな胸に重くのしかかる。
しかし、諦めきれずに泣きながら画面をスクロールしていた時、食品の横にある『お試し、バラ売りコーナー』という小さな文字が目に飛び込んできた。
【バラ売り・総合風邪薬(1シート・4錠入り):80ポイント】
「……これだぁぁぁーーーっ!!」
鶴千代は涙を拭いて、大急ぎではしごを滑り落ちるようにして一階の居間へ。
ボロ屋の入り口でうろたえている源蔵の服をぎゅっと引っ張った。
「げんぞう! 一文ちょーだい! はやくっ!」
「は、はっ!? 一文にございますか!? どうぞっ!」
源蔵からひったくるようにして一文(100pt)を受け取り、中二階の貯金箱へぽちょんとチャージ!
画面の『80pt』のバラ売り風邪薬を、小さな指で思いっきりポチッと叩いた。
残りポイントは40pt
次の瞬間、一階のテラスから「ピンポーン♪」と音が響く。
届いた小さな袋を開けると、中から銀色のピカピカしたシートに入った現代の『白い風邪薬の錠剤』が現れた。
「げんぞう! ねーねをこっちのお部屋のそふぁーに寝かせて!」
「は、はっ! 承知いたしました!」
冷房の効いた涼しい四畳半のソファーにおちよを運んで寝かせると、鶴千代はキッチンの冷蔵庫へと向かいその下の『冷凍庫』の扉をガバッと開けた。
中には、自動で作られたキューブ型の『氷』がぎっしりと詰まっている。
ビニール袋に氷をバラバラと詰め、タオルで包んで特製の「氷嚢」を作ると、おちよの熱い額の上へと乗せてあげた。
「ひゃうっ……つ、冷たい……。でも、心地よいです……」
「ねーね、これお水といっしょに、ごっくんして」
おちよの頭をそっと支え、水道の冷たい水とともに解熱成分の入った白い錠剤を一粒おちよの口に含ませる。
おちよはコクンと飲み込み、涼しいエアコンの風と額の氷の冷たさに包まれながら、すぐにすやすやと穏やかな寝息を立てて眠りについた。
◇◇
午後四時すぎ。
夕方になる頃には、おちよの熱が綺麗に引き、顔の赤みも消えていた。
「鶴千代様……父上……。おちよ、身体がとても軽くなりました! どこも痛くありません!」
ソファーからむくりと起き上がったおちよは、さっきまでの高熱が嘘のように元気に微笑んだ。
これには中年武士の源蔵も、おちよの額に手を当てて驚愕のあまりガタガタと震え出した。
「ば、馬鹿な……! あの死の淵におるような高熱が、わずか半日で完全に引いたというのか……!? 若様が授けてくださったあの白い丸薬と天界の氷は……命をも呼び戻す、神の奇跡にございますか……っ!」
源蔵はソファーの横に平伏して、神童である鶴千代に向かって本気で涙を流して拝み倒した。
おちよが助かって本当に良かった。
鶴千代はホッと胸を撫でおろし、おちよの元気な笑顔を見つめながら、ふかふかのソファーの上で頭の中の『前世の知識』を静かに思い返していた。
(よかったぁ……。でも、今回はバラ売りの安いお薬があったから良かったけど……もし、もっと大きな病気になったり、もっと危険なことが起きたら、お小遣いが足りなくなっちゃう……)
三歳の鶴千代はちっちゃな腕を組み、真剣にこれからのことを考え始めた。
ただ快適に引きこもっておやつを食べているだけじゃダメだ。
いざという時に、ねーねや、源蔵や、自分のみんなの命を守るためには、この秘密基地で使えるポイントを、もっともっとたくさん蓄えておかなきゃいけないのだ。
(お小遣いを、いっぱい稼がなきゃ……!)
そのためには、昨日テラス席から目撃した『お腹を空かせた農民たち』、そして小牧の城下町に溢れる人々の存在が鍵になる。
みんなが喜んでお金を払ってくれて、自分もお小遣いを大量にゲットできる、前世の知識をフル活用した「ある計画」が、三歳児の脳裏にクッキリと浮かび上がった。
「ふふ、ふふふ……」
鶴千代がにんまりと不敵な笑みを浮かべると、その禍々しくも愛らしい笑顔を見た源蔵とおちよは、
「おお……。若様のあの深遠なる笑み……! 斯波家の未来を引っくり返す、神の如き大計を思いつかれたに違いありませぬ……っ!」
と、再び凄まじい勘違いをして感動と恐怖のあまりガタガタと震え始めるのだった。
歴史のことはよく分からない三歳児が、小牧の町を大バグりさせる「未知の侵略(ビジネス)」を開始するまで、あと僅か――。




