第6話:テラスの駄菓子と、小さな疑問。
小牧山での暮らしが始まってから、鶴千代は斯波家の『夕食のおかず担当大臣』になっていた。
毎日、源蔵が畑へ行く前に「若様、今夜もあの極上の肉の菓子(おかず)をお願いいたしまする」と、涙ぐみながら二文か三文の食材費を預けていくのだ。
それを中二階の貯金箱にチャージして、ドラッグストアの通販でレトルト食品や冷凍食品をポチるのが鶴千代の日課だった。
しかし、お小遣いは夕食代でぴったり使い切ってしまうため、朝ごはんのおかずを買う余裕まではない。
「鶴千代様、今朝のご飯でございます」
「はーい。ねーね、これかけて!」
四畳半の居間のテーブルで、鶴千代は残りポイントで買っておいた『たまごふりかけ』の袋をおちよに手渡した。
炊飯器で炊いたツヤツヤの白米に、黄色いたまごの粒と刻んだ海苔がパラパラと雪のように降り注ぐ。
「まぁ、お米が黄金色に染まりました」
「これね、たまごの味がしてすっごく美味しいんだよ。朝はこれで我慢するの!」
スプーンで口いっぱいに掻き込むと、サクサクとした食感と絶妙な甘じょっぱさが広がる。
前世の記憶が『やっぱり日本の朝はふりかけご飯に限るな!』と歓喜し、三歳の鶴千代はお腹いっぱいになるまでパクパクとお米を食べた。
そして午後。
テラスで全自動洗濯機がガタゴトと小気味よい音を立てて回る中、おちよが笑顔で中二階からから降りてきた。
「鶴千代様、いつも美味しいお夕飯を考えてくださるお駄賃にございます。父上からの一文、どうぞお受け取りくださいませ!」
「わぁーい! おだちん! ありがとー!」
小さな手で一文(100ポイント)を受け取り、大急ぎではしごを登って貯金箱へ。
チャリーン♪
モニターを開いた鶴千代のお目目が、きらきらと輝いた。
「なにを買おうかなぁ……」
画面の通販ページには、ドラッグストアのレジの横によく置いてある、子供向けの大人気駄菓子コーナーが広がっていた。
1本15円(15pt)のうまいぞ棒、1個25円(25pt)のちっちゃな四角いチョコレートがずらりと並んでいる。
「うまいぞぼうの、めんたい味とコンポタ味! あとイチゴのチョコ!」
小さな指で画面をぽちぽちと叩きお菓子を合わせて4点、80ポイント分を注文すると、テラスのインターホンが鳴った。
届いた小さな段ボール箱から駄菓子を取り出し、鶴千代とおちよは西側のテラス席(ウッドデッキ)に仲良く並んで腰を下ろした。
「ねーね、これ、うまいぞぼう。半分こね!」
「まぁ、サクサクして、お口の中で一瞬で溶けてしまいます! この赤いのは少しピリッとして、こちらの黄色い方は甘くてまろやかですね。鶴千代様、こちらの四角い黒いお菓子は……?」
「これ、ちょこ。あまくて美味しいよ」
「んんぅ〜〜〜っ! なんという濃厚なお砂糖の甘さ……! おいしいですね、鶴千代様!」
心地よい風が吹くテラス席で、自動洗濯機の音を聞きながら、十歳のおちよと三歳の鶴千代は冷たいお水を飲んで駄菓子をハフハフと食べて笑い合う。
エアコンの効いたお部屋もいいけれど、こうして外の風を感じながら食べる駄菓子は、三歳児にとって至高のチルタイムだった。
ふと、鶴千代は鉄のフェンスの向こう、小牧の城下町の通りへと目を向けた。
そこを、一人のみすぼらしい身なりの農民がトボトボと力なく歩き去っていくのが見えた。
その農民は泥のついた着物を着て、お腹を両手でぎゅっと抱え、今にも行き倒れそうなほどに背中を丸めている。
その姿が、ボロ屋の土間で粟のお粥を不満そうに見つめていた自分の姿と重なった。
(あのおじさん、元気ないなぁ……)
鶴千代は手に持ったサクサクのうまいぞ棒を見つめ、ぽつりと呟いた。
「ねーね……お外の人たちって、みんなお腹をへらしているのかな?」
おちよはチョコレートを口に運ぼうとしていた手をピタリと止め、寂しそうに微笑んだ。
「……はい、鶴千代様。今は戦の世にございますから。織田の殿様のお城を作るために、みんな食べるものを我慢して、汗を流して働いているのです。毎日お米が食べられて、こんな美味しいお菓子までいただけるのは、世界中で私たちだけでございますよ」
「……そっかぁ」
鶴千代はうまいぞ棒の最後のひとかけらを口に放り込み、ぼんやりと頭の片隅で考えた。
歴史の難しいことや戦のことはよく分からない。
でも、自分のお庭の外にいる人たちが、みんなひもじい思いをしているのは、なんとなく嫌だった。
(みんなが安くて、お腹いっぱい食べれるもの、何かないかなぁ……)
三歳児のちっぽけな胸の片隅に、小さな、しかし優しい疑問の種が植えられた瞬間だった。
このテラス席での何気ない気づきが、やがて小牧の城下町に戦国時代の食文化を大バグりさせる未知の商売へと、運命の歯車を動かしていくのだった。




