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四坪ハウスのお殿様  作者: 東のマ王


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第4話:極楽のお風呂と、おちよのひらめき。

ハンバーグ晩餐会から、わずか二時間後。

午後七時を回り、清洲の片隅のボロ屋には、夏の夜のむっとするような熱気がこもっていた。


「あちゅい……ベタベタするぅ……」


ソファーに寝そべりながら、三歳の鶴千代は自分の短い手足を見つめてむーっと眉をひそめた。

前世の記憶が戻ったせいで、昼間の汗と泥のベタつきが気になって我慢できなくなってしまったのだ。


「ねーね、お風呂はいろ? あったかいお湯のやつ!」


「えっ!? お風呂にございますか?」


十歳におちよが驚いて声を上げる。

戦国時代のお風呂といえば薬草を蒸した「蒸し風呂(サウナ)」が主流で、お湯を張ったお風呂は川や井戸から大量の水を運び膨大な薪を使って沸かさなければならず、それこそあの織田の殿様(信長公)でさえ簡単にできないほどの大事業なのだ。

しかし、この『四坪ハウス』には、ボタン一つでお湯が沸く未知の湯殿がある。


「そうだよ! げんぞうもお外のお仕事でお顔が真っ黒だから、みんなで綺麗にするの!」


鶴千代はトコトコと三畳の水回りスペースへ向かい、壁にある『自動湯沸かし』のボタンを小さな指でペチッと叩いた。


『お湯を沸かします♪』


綺麗な電子音が響き、湯船の奥からドボドボとお湯が注がれ始める。

源蔵は「おお……水汲みも薪割りもせず、勝手にお湯が……!?」と、顎が外れそうなほど驚いていた。


数分後、浴室の中は真っ白で温かい湯気で満たされた。

鶴千代、源蔵、おちよの三人は、服を脱いでお風呂場へと足を踏み入れる。


「ふあぁぁ……温かいです、鶴千代様……!」


おちよが湯気に包まれて、一瞬でとろけそうな顔になった。

源蔵は、ピカピカの浴槽(湯船)の縁を恐る恐る触り、「なんと滑らかな湯船……。これほどの瀬戸物、一体どれほどの小判を積めば作れるのだ……」と武士の顔で硬直している。


「げんぞう、まずは体を洗うんだよ。これ、しゃんぷー。これ、ぼでぃそーぷ」


鶴千代が二人の頭にシャンプーを揉み込んであげると、モコモコとした真っ白な泡が立ち上がり、柑橘系の果実のような甘くて爽やかな良い香りが広がった。


「ま、まあ! 髪が泡だらけに! それに、なんという芳しき香り……。おちよ、このような贅沢な匂いに包まれたことはございません!」


「むおっ!? この泡、頭に溜まった泥や汗の油が一瞬で落ちていくぞ……! 脅威の清めの術(シャンプー)だ!」


二人が大はしゃぎする中、鶴千代はシャワーの蛇口をひねった。

壁にかけられた丸いシャワーヘッドから、ザァァァーッと温かいお湯が降り注ぐ。


「ひゃああああっ!? 天から温かいお湯が雨のように降ってまいりましたーーーっ!」


「なっ、これは……滝行(たきぎょう)の如き心地よさ! しかも冷たくない、極楽の雨だ!」


シャワーで泡をサッパリと流した三人は、なみなみとお湯が張られた湯船へと並んで肩まで浸かった。


ふはぁぁぁ……。


三人同時に深いため息が漏れる。


「……ごくらく、ごくらく」


「極楽浄土にございますなぁ、若様……。某(それがし)、生まれてこの方、これほどの心地よさを味わったことはございませぬ。一日の疲れが、お湯の中に溶けて消えていくようです……」


中年武士の源蔵は湯船のフチに頭を乗せ、完全に骨抜きにされたフニャフニャの顔で大感動。おちよも「お肌がツルツルになりました……」と、お湯を手ですくいながら夢見心地だ。

夏の暑さも昼間の疲れも、温かいお湯がすべて優しく洗い流していく。


 ◇◇


それから、二日後。

清洲の片隅のボロ屋に、織田家の引っ越し役人たちの「荷をまとめよ! 出発だ!」という怒鳴り声が響いた。

小牧山への強制引っ越しの当日が、ついにやってきてしまったのだ。


「嫌だぁぁぁーーーっ! お引越ししないぃぃぃ!!」


三歳の鶴千代は、ハウスのフェンス(柵)の鍵をガチッと閉め、居間のソファーに突っ伏して大泣きしていた。

お風呂が最高に気持ちよくて、エアコンが涼しくて、ハンバーグが食べられるこの秘密基地を手に入れたのだ。ここを離れて、信長の本拠地へ連行されるなんて絶対に嫌だった。


外では役人たちが「門が開かぬぞ!?」と頑丈な鉄のフェンスをカンカン叩いてパニックになっている。


「若様、お気持ちは痛いほど分かりまする。……されど、魔王・信長様の命令に逆らえば謀反(むほん)の疑いをかけられ、斯波家が今度こそ絶たれてしまいます。どうか、どうか涙を飲んで小牧山へ……」


源蔵がソファーの前に正座して、涙ながらに鶴千代を説得するが、精神年齢三歳の幼児は「やだやだ! お外こわい! 信長こわい!」と頑としてソファーから動かない。


「……あの、鶴千代様」


その時、ベッドのシーツを片付けていたおちよが、ふと何かを閃いた顔で降りてきた。


「鶴千代様は、この不思議なお城をご自身の手で出したり、消したりできますよね?」


「うん。ナイナイできるよ?」


「でしたら……小牧山にお引越しした先でも、またそこのお庭にこのお城を出せるのではないでしょうか……?」


「……あっ」


おちよの名推理に、三歳の鶴千代はピタッと泣き止み、目を見開いた。


(そっか! わざわざここに置いていく必要なんてないんだ! 引っ越した先で、またドン! って出せばいいじゃん!)


単純な幼児の脳みそが一瞬で理解し、ケロッと涙を拭いた。

何も知らない源蔵は、おちよの言葉にガタガタと震え出した。


「お、おちよ……お前、今なんと申した!? この天界の城を……丸いごと持ち運べると申すのかっ!?」


「はい、父上。鶴千代様なら、きっと……」


「おおお……なんという神の御力……! これさえあれば、小牧山へ行こうとも斯波家は安泰にございますな!」


源蔵が大感動して涙を流す横で、鶴千代は「なーんだ、じゃあお引越ししても大丈夫だね!」とにんまり笑顔を浮かべた。

安心した鶴千代が「じゃあお片付けするね」と一旦ハウスを消して(ナイナイして)外の庭に出てきた瞬間、外で待ち構えていた織田の役人たちが一斉に群がってきた。


「斯波の若君、お迎えに参りました!」


屈強な武士たちに強引に抱き上げられ、あっという間に荷車へと乗せられてしまう。


「うわあああん! やっぱりお引越しヤダァァァ! 拉致だぁぁぁ!」


結局、最後まで「危険な場所に行きたくない」と大泣きして嫌がる三歳の鶴千代は、織田の軍勢によって強引的に小牧山へと連行されていくのだった。

ただ、その小さな手の中に、いつでも『四坪の最強の城』を呼び出せるチートの鍵を握りしめたまま――。

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