第3話:ひみつのハンバーグ晩餐会。
翌朝、鶴千代はそれまで住んでいた粗末なボロ屋の居間で、じっとお椀を見つめていた。
朝食は、薄くて水っぽい粟のお粥と、飛び上がるほど塩辛い大根の漬物。
昨日までは「おいしい!」と食べていたはずなのに、前世の記憶が戻った途端、どうしても箸が進まなくなってしまったのだ。
(うぅ……薄いし、しょっぱいよぉ。前世の朝ごはんって、もっと甘いたまご焼きとか、お出汁のきいたお味噌汁があった気がする……)
三歳の鶴千代はむーっと小さな眉をひそめ、必死に知恵をしぼる。
(そうだ! あっちのひみつきちの『通販画面』から、美味しいごはんを取り寄せればいいんだ!)
名案を思いついた瞬間、幸運なことに、おちよの父親であり斯波家の家臣・源蔵(30代)が「少し畑の様子を見てまいります」と鍬を担いで出かけて行った。
頑固な中年武士の姿が見えなくなるのを見計らい、鶴千代は南側に狭い庭へトコトコと飛び出した。
ちっちゃな手をぎゅっと握りしめると、眩しい光と共に、あの鉄の柵とピカピカの『四坪ハウス』がガバッと出現する。
二人は手すりの付いた階段をトントンと登り、エアコンの効いた居間を通り抜けて、ロフトのモニターの前へと向かった。
「ねーね! お小遣い、ちょうだい! お小遣い!」
「えっ!? お金でございますか!?」
突然おねだりされ、おちよは慌てて懐を押さえた。
そこには父・源蔵から「なにか不測の事態があった時のために」と預かっていた、大切な三文の銅銭が入っている。
「い、いけません鶴千代様! これは父上からいざいう時のために預かっている大切なお金でございます。なににお使いになるかも分からぬのに、お渡しすることはできません!」
十歳ながらしっかり者のおちよは、一文だって簡単に渡さないぞと身構える。
しかし、三歳の鶴千代は諦めない。
短い腕を伸ばし、瞳をうるうるさせながら必死におねだりを開始する。
「お腹すいたのぉ……。ねーね、お小遣い、ちょうだいよぉ……。あのね、おいしもの、買うの。ねーねの分も、げんぞうの分も、みんなの分、買うからぁ……」
「うっ……! お、お腹が空いた、でございますか……!? しかし一文だけでも……ああっ、もう、そんな可愛いお顔をなさらないでください!」
お目目をうるうるさせて着物の裾を引っ張られ、おちよの防衛線は一瞬で崩壊した。
「分かりました! 全部差し上げますから!」
おちよは完全に根負けし、懐から大切に包んでいた三文の銅銭をすべて差し出すと、それを受け取った鶴千代は「わーい!」と喜び、その小銭を赤い貯金箱へぽちょん、ぽちょん、と投入する。
チャリン、チャリン、チャリーン♪
『ピロリーン♪ 300ポイントがチャージされました』
「なにを買おうかなぁ……」
鶴千代は小さな指でモニターをペチペチと叩き、ドラッグストアの通販画面をスクロールしていく。
ずらっと並ぶ食品の中に、鶴千代は1個100ポイント(100円)で買える、コスパ最強の運命のパッケージを見つける。
【チルド食品:お肉たっぷりデミグラスハンバーグ:1袋100pt】
「これにする! みっつ買う!」
鶴千代がポチポチとボタンを押した瞬間、一階のテラスから「ピンポーン♪」と軽快な音が響く。
急いで一階に駆け降りてガラス戸を開けると、そこには小さな段ボール箱が置き配されていて、その中にひんやりと冷たいハンバーグが3袋入っていた。
「鶴千代様、この平べったい袋は……?」
「これね、お夕飯のときに温めるの! それまでここ(冷蔵庫)の中に隠しておくんだよ」
鶴千代はミニキッチンの横にあるひんやりとした冷気が溢れる冷蔵庫の中へハンバーグを隠し、二人は夕方になるのをワクワクしながら待つことにした。
◇◇
午後五時すぎ。
太陽が傾き辺りが茜色に染まる頃、畑仕事から戻ってきた源蔵は、ボロ屋の前に建つ謎の『白い城(四坪ハウス)』を見て、持っていた鍬を落としてひっくり返った。
「は、はあぁぁーーっ!? な、何奴ッ!? 織田の刺客か、はたまた美濃の妖術か!?」
「ちがうよ、げんぞう。ここはぼくのひみつきち! 入るときは草鞋を脱いでね!」
三歳の主君に促され、源蔵はパニックになりながらも真面目に玄関で草鞋を脱ぎ、涼しい四畳半の室内へと足を踏み入れた。
エアコンの風、ふかふかのソファー、明るい照明に、中年武士は「おぉ……おぉ……」と刀の柄に手をかけたまま目を白黒させている。
「げんぞう、そこに座って待っててね!」
鶴千代とおちよはキッチンへ向かい、冷蔵庫の中から冷え冷えのハンバーグを取り出した。
IHクッキングヒーターと鍋を使い、袋のままお湯でグツグツと温める。
数分後、袋の封を切った瞬間――濃厚な肉とデミグラスソースの暴力的なまでの香ばしい匂いが室内に充満した。
「はぅっ……!?」
源蔵とおちよは同時に胸を押さえて大量の生唾を飲み込む。おちよは「三文を渡して大正解だった」と確信した。
熱々のハンバーグをお皿に盛りつけ、キッチンの蛇口から注いだ氷のように冷たい水と一緒にテーブルへと運ぶ。
「げんぞう、ねーね、これ食べてみて!」
「……こ、これは、獣の肉……にございますか? しかし、この焦げ茶色の濃厚なタレは一体……」
戦国時代、肉食は基本的に忌まれるものだったが、目の前の一品の五感を麻痺させような、あまりにも美味しそうな匂いに源蔵の胃袋は完全に降伏していた。
恐る恐る箸で肉を割った瞬間、熱々の肉汁がじゅわぁぁ……と溢れ出す。
「なっ……!? 肉の中から、旨味の汁が湧き出してまいりましたぞ!?」
「いただきまーす!」
三人がフーフーと言いながら口の中に放り込む。
「な、ななな……なんという美味……っ!? 歯がいらぬほど柔らかく、濃厚なタレのコク……口の中が極楽浄土になってしまいましたぞぉぉぉーーーっ!!」
未知なる現代グルメの美味しさに、中年武士の源蔵は涙を流しソファーの上で悶絶した。
「おいしいぃぃ! 鶴千代様、おちよ、こんなに美味しいもの初めて食べました! 織田のお殿様でもこんなの絶対に食べておられませんね!」
おちよも熱々のハンバーグをハフハフと頬張りながら、ソファーの上でピョンピョン跳ねて大喜びしている。
冷たい水を飲んだ源蔵は「川の水とは違う、濁りなき天界の水……っ!」と水にまで感動し始める始末。
そんな二人を横目に、三歳の鶴千代も自分のソファーでハンバーグを頬張り、冷たい水を飲んで、満足そうに「ふんす!」と胸を張るのだった。
歴史の詳しいことはわからないけれど、この秘密基地があれば毎日美味しいご飯が食べられる。
三歳児のちっぽけな欲望が、戦国時代最強の料理人(?)としての未来を、今まさに手繰り寄せた瞬間だった。




