第2話:はじめてのひみつきち探検。
「鶴千代様……本当にここで草鞋を脱ぐのですか……?」
十歳のおちよは、半畳ほどの小さな玄関で泥のついた草鞋を恐る恐る脱いだ。
目の前に広がる四畳半の居間は、一寸の狂いもなく滑らかな木の床(フローリング)がピカピカと輝いている。
「そうだよ。床、ピカピカだから汚しちゃダメなのぉ。ねーね、こっち!」
鶴千代が短い手足でトコトコと居間へと上がり、ふんすと胸を張った。
おちよが恐る恐る一歩を踏み出す。
外は夏のうだるような暑さだが、天井の四角い箱(エアコン)から涼しい風が吹いてくる。
「これは『えあこん』っていうのぉ。お部屋の中を涼しくしてくれるの」
鶴千代は短い指で指差しながら、部屋を案内していく。
居間の中央に置かれたテーブルを挟んでその左右に布張りの厚い椅子が置いてあり。
右側の壁の奥には、お洒落なミニキッチンまで備え付けられていた。
「鶴千代様、あの肉厚な台は……椅子、ですか?」
「これ、そふぁー。ねーね、座ってみて!」
「えっ、そのような贅沢な椅子に……では、失礼して……」
おちよが恐る恐る腰を下ろすと、その瞬間お尻が信じられない柔らかさで沈み込んだ。
「ふ、ふにゃあああっ!? 鶴千代様、椅子がお尻を包み込んで……雲の上に座っているみたいです……!」
あまりの座り心地の良さにおちよが「ふにゃふにゃ」と脱力していき。
鶴千代はケタケタ笑いながら奥の扉を開けた。
「次はね、お風呂とトイレだよ」
そこは三畳の水回りスペース。
右側のドアを開けると、白い陶器で出来た洋式トイレが鎮座していた。
鶴千代が小さな指で横の金属のレバーをくいっと捻ると。
ザザァーーーッ!
「ひゃあああーーっ! み、水が湧き出して吸い込まれていきますよ!?」
おちよはあまりの衝撃に飛び上がり、床に尻もちをついてしまい、涙目になりながら左側の『お風呂場』を覗き込む。
ピカピカの浴槽に、大きな鏡、そして蛇のようなホースが付いた「シャワー」。
「これ、おふろ。ボタンをぽちって押すと、あたたかいお湯がいっぱいでるの」
「川から水を運んで薪で湯を沸かさなくても、お湯が出て来ると……!? 鶴千代様、ここは神様のお社ですか!?」
匂いひとつせずお湯まで自動で湧き出る異次元の空間に、おちよは呆然と立ち尽くした。
「ふふん、すごいでしょ! ねーね、次はあっち!」
すっかり楽しくなった鶴千代は、おちよの手を引いて居間に戻ると、壁に立てかけられた木の梯子を指差した。
「このうえに、ぼくのお部屋があるの。のぼるよ!」
「あっ、危のうございます! おちよが先に行きます!」
おちよが慌てて梯子を登り、その後を追うように鶴千代も「よいしょ、よいしょ」とお尻を振りながら登って行く。
たどり着いた先は、お風呂とトイレの上を丸ごと使った、三畳の『中二階』。
奥には見たこともないほど分厚い真っ白なベッドが置かれている。
それを見た瞬間、鶴千代の「三歳児の本能」が爆発した。
「わーい! べっどだぁあーーーっ!!」
鶴千代は短い手足をばたつかせ、真っ白な毛布めがけてダイブした。
ぽふっ。
「ふかふかぁ〜〜〜! すっごく、ふかふかだよ、ねーね!」
前世の大学生の記憶も「これだよこれ! この高反発の弾力と包み込むような柔らかさ、最高!」と脳内で小躍りしている。
「まあ、そんなに乱暴に飛び込まれたら怪我を……って、ひゃあ! なんですかこの柔らかさは!」
鶴千代を止めようと布団に触れたおちよも、一瞬でその虜になった。
ベッドの上でひとしきり満足するまで転がった鶴千代は、ベッドの手前に置かれた机へとトコトコと歩いて行く。
その机の上には黒いモニターと、不思議な穴の空いた赤い貯金箱が置いてあった。
「鶴千代様、あちらにあるのは……梯子、ですか?」
おちよは中二階の端の隅に、更に上へと続く金属製の梯子があるのに気付き尋ねた。
「そう、あれは、屋根にのぼるはしご……。でも、あそこには『水のすごい大蛇』がいるから、まだ行っちゃダメなの」
「水の、大蛇……!?」
おちよがゴクリと喉を鳴らす。
その時、机の上の真っ黒だった画面がパッと明るくなった。
色鮮やかな光とともに、見たこともない文字と美味しそうな絵が浮かび上がる。
『チャージポイント:0pt』
そこに映し出されたのは、前世のドラッグストアの通販画面だった。
画面の「お菓子」のボタンの横に、鶴千代が一番会いたかった、あの黄色くてぷるぷるした『プリン』の写真がくっきりと映し出されている。
「あったぁーー! ぷりんだぁ!」
「鶴千代様、この光る板に、妙に美味しそうな南蛮のお菓子の絵が……」
「ねーね、これ、すっごくあまくて美味しいの! でもね、食べるにはお小遣い(ポイント)が必要なんだって……」
三歳の鶴千代はむーっと小さな腕を組み、画面の『0』という数字を悲しそうに見つめた。
引きこもりたい三歳児にとって、ここが世界一安全で快適な秘密基地であることは分かった。
しかし、憧れのプリンを食べるためには、この戦国時代でお金を稼がなくてはならないのだ。
「お小遣い……」
小さな三歳児のささやかな欲望が、のちに乱世を揺るがす『大商人|(?)』としての第一歩を踏み出そうとしていた。
おちよと二人、秘密の城の中でこれからの未来に瞳を輝かせながら。




