第18話:最悪の事態に備えて、ひみつの菜園スタート。
信長から「毎日こっそり買ってこい」と大口の定期購入(サブスク)をゲットし、命がけの天守閣召喚を切り抜けた鶴千代たち。
しかし数日後、中二階のロフトのベッドの上で、三歳の鶴千代は短い腕を組み、むーっと深刻な顔でうなっていた。
「うーんと、えーと……。信長様、いまは焼きそば美味しいって言っているけど、気分が変わったら『焼きそば屋さんやっちゃダメ!』って意地悪してくるかもしれないぞ……」
精神年齢は完全に三歳児である。魔王の気まぐれが怖くてたまらない鶴千代は、最悪の事態を想定して冷や汗を流していた。
もしお店をやめさせられたら、ポイントも稼げないし、またあのボロ小屋で薄くてしょっぱいご飯を食べる生活に逆戻りだ。
「……そうだ! 焼きそば屋さんがダメになっても生きていけるように、あっちでお野菜を作ればいいんだ!」
名案を思いついた鶴千代は、にんまりと笑顔を浮かべた。
ちょうど今日は、日付に『5』がつく『お店の定休日』。鶴千代はモニターの残高(木下兄弟がくれた銭をチャージした数万ポイント)を使い、ドラッグストアの通販画面から『園芸コーナー』にあるアイテムを大急ぎでポチポチと注文した。
【園芸用品・かんたん野菜の種(ミニトマト・キャベツ):各300ポイント】
【小さな子供用・じょうろとスコップセット:2,500ポイント】
テラスに「ピンポーン♪」と光とともに届いた小さな段ボール箱を抱え、鶴千代は十歳のおちよを誘って一階の西側に向かった。
居間のガラス戸から続く三畳のウッドテラス、その奥にお風呂場の横に広がる『三畳のちいさな土のスペース(家庭菜園)』だ。
「鶴千代様、それは……お野菜の種、にございますか?」
「そう! これね、ちっちゃくて可愛い『みにとまと』の種。ここにスコップで、あなを掘って植えるの!」
鶴千代は通販で届いたピカピカの黄色いプラスチック製のちっちゃなスコップを握りしめ、三歳児の短い手足でよいしょ、よいしょと土をツンツンと掘り始めた。
「まぁ、鶴千代様のちいさなお手てが泥だらけに……! おちよもお手伝いいたします!」
おちよも隣でしゃがみ込み、楽しそうに土をいじり始める。
戦国時代の畑仕事といえば、生きるためクワを振るう過酷な重労働だが、この秘密基地の菜園は、子供二人にとって最高に楽しいお砂遊びのようだった。
小さな穴に種を落とし、優しく土を被せる。仕上げに可愛いゾウさんの形をしたじょうろ(綺麗な水道水入り)から、パチャパチャとお水をかけてあげた。
「早く大きくなって、美味しい実がなると良いですね、鶴千代様」
「うん! 焼きそば屋さんが禁止になっても、これがあればお腹ペコペコにならないもんね!」
泥のついた顔を見合わせ、二人はくすくすと笑い合うのだった。
◇◇
午後、おちよがテラスの全自動洗濯機に服を放り込み、ガタゴトと回る洗濯機の音を心地良さそうに聞きながら一休みしていると。
畑仕事から戻ってきた源蔵は、窓の外の三畳のスペースで、泥だらけになった鶴千代の姿を見てガタガタと激しく震え出した。
「な、なんという事だ……! 若様は信長様の『御用達』という天下無双の地位に甘んじることなく、すでに織田家がいつか手のひらを返すことまで完全に見抜いておられる……! 焼きそばという利権を奪われた時のことまで計算し、あえて自らの手で自給自足の『兵糧(トマト・キャベツ)』を蓄える内政の仕組み(家庭菜園)を作られるとは……っ!」
頑固な中年武士の源蔵は、ソファーの横に平伏し、三歳の神童の圧倒的な危機管理能力(ただの心配性)に、本気で涙を流して拝み倒した。
「若様のあのお労しいちいさなお手て……。すべては斯波家の生き残りのため……っ! 某、どこまでもお供いたしますぞぉぉ!」
「あ、うん。げんぞう、お水冷たいから、いっしょに飲も?」
激しく大号泣する源蔵をよそに三歳の鶴千代はおちよと並んで冷たいお水をゴクゴクと飲み、ふんすと満足そうに胸を張るのだった。
歴史の難しいことや信長の気まぐれは怖いけれど、この四坪の聖域がある限り、三人の未来は絶対に安全だ。
三歳児の過剰な心配性が生み出したひみつの家庭菜園。
そこに植えらた小さな種が、やがて小牧の城下町にさらなる「奇跡」をもたらすことを、三人はまだ知らない。




