第17話:魔王の召喚と、秘密の御用達。
「殿! 城下の者たちが皆食べている、凄まじい南蛮仕込みの陣中食を手に入れてまいりました!」
小牧山城の天守閣。木下藤吉郎と小一郎の兄弟が、紐でしっかり縛られた三本の『巨大な焼きそばタワー(合計三十個)』を抱え、織田信長の前で平伏していた。
小一郎が熱弁を振るう。
「皿も箸もいらず、この透明な箱のまま兵に配れる機動性……。これこそ、我が織田の軍勢を最強にする、天下のための戦闘糧食にございます!」
「ふん、誇大妄想も大概にせよ。長秀、その妙な箱を開けてみよ」
信長の命令で、丹羽長秀がおそるおそるプラスチックの容器のフタをパカっと開けた。
ブワッと広がる濃厚なソースの焦げた匂いに天守閣の空気が一瞬で支配される。
信長は眉をひそめつつも、割り箸をパチンと割り、茶色い麺を口へと運んだ。
ゴクリと喉が鳴る。次の瞬間、信長の鋭い目が、こぼれ落ちそうなくらい丸くなった。
「……っ!? う、美味い……! 濃厚なタレが麺に絡み、肉の旨味が爆発しておる。何より、このペコペコした箱の軽さはなんだ! 誰がこれを作っておる! 長秀、すぐにこの天才料理人をここに連れてまいれ!」
「ハッ! すぐに手配いたします!」
信長の命を受け長秀は急ぎ兵を差し向けるのだった。
◇◇
「わ、若様! 大変でございます! 織田の役人が『信長様がお呼びだ、店の主と、その倅を連れてこい』と外で刀を構えております!」
ハウスの居間のソファーで、鶴千代とおちよが「今夜のレトルトカレー、どれにする〜?」とのんびり話しているところへ、源蔵が泡を吹いて飛び込んできた。
三歳の鶴千代は「えっ、信長こわい! 首チョンパされるぅぅー!」と大泣きしたが、断ればフェンスの周りを兵士に囲まれて兵糧攻めにされる。
覚悟を決めた源蔵は、鶴千代をぎゅっと抱っこして、おちよに留守番させて小牧山城へと登っていくのだった。
◇◇
「面を上げよ」
天守閣の冷たい床の上。源蔵がガタガタと震えながら鶴千代と共に顔を上げた瞬間、上座に座る信長とその横にいた丹羽長秀が同時に立ち上がり絶句した。
「「な、なにぃっ!?!? お、お前たちは、斯波のガキと源蔵!?」」
数日前、長秀がガサ入れに行き「ひもじく粟をすすって暮らしています」と報告したばかりの主従が、まさか「天下無双の天才料理人」として現れるとは、夢にも思っていなかったのだ。
信長は呆然と鶴千代を見つめ、それから焼きそばを見つめた。
……戦国大名としての信長の脳細胞が、凄まじい勢いでこの状況を『超解釈』し始める。
(なるほど……! あまりの貧乏暮らしに耐えかねて、名門のプライドをドブに捨てて、生きるために城下町で汗水を流し『泥臭い露店商売』を始めおったか!)
信長はこれが現代の通販チートだとは一ミリも気づかない。ただただ、あまりの不憫さとシュールさに、フッと呆れたようにゲラゲラと笑い出した。
「ハハハ! 面白い、面白いわ! 足利の血を引く名門の御曹司が、わずか三歳で油にまみれて麺を炒めて小銭を稼ぐとはな! まあ良い、このような『ただの食い物屋の小僧』に成り下がった姿を見たら、いまだに織田を快く思わぬ国人どもや不満分子どもも、誰一人あやつを神輿に担ごうなどとは思わん。謀反の心配はゼロじゃ、好きにさせておけ!」
完全に安心した信長は深く腰を下ろした。
しかし、焼きそばのパックを見つめて、ゴクリと喉を鳴らす。
「長秀、小一郎。斯波家を監視するついでに……俺が食べる分を、毎日こっそり買いに行かせろ。四文、いや、美味いから五文払ってやっても良いぞ」
「は、ハッ! 承知いたしました!」
上機嫌のようすでそう話す信長に、長秀は畏って答えるのだった。
◇◇
ボロ小屋に戻ってきた鶴千代は、ハウスのソファーにダイブした。
「ふぅ、死ぬかと思ったぁ……。でもね、ねーね! 信長様、毎日『ご文』でやきそばを買ってくれるんだって! 定期購入(サブスク)ゲットだよ!」
「まぁ! 信長様が鶴千代様の常連客になられたのですか!」
本人は大口の定期顧客ができて喜んでいるだけなのに、
(織田家の目を完璧に欺き、それどころか魔王・信長様すら裏から食い物で手懐け、毎日の貢ぎ物(サブスク)を約束させるとは……。やはり若様は、魔王すら手のひらで転がす恐るべき神童だ……っ!)
と、源蔵たちはタオルで冷や汗を拭きながら、再びとんでもない勘違いの深淵に叩き落とされガタガタと震え上がるのだった。
信長を味方(?)につけ、世界一ホワイトな「裏・織田家御用達」となった四坪の焼きそば帝国。
これで誰にも邪魔されずに、プリンとラムネを美味しくいただく平和な引きこもりライフが保証された――ように見えたが、歴史の荒波は、この三歳児の防衛力を放っておくはずはなかった。




