第16話:木下兄弟と、三十個の巨大発注。
先日、三歳の鶴千代とおちよがお風呂にあひる隊長を浮かべてキャッキャと遊んでいた、ちょうどその頃。
小牧の長屋へ焼きそばタワーを持ち帰った木下藤吉郎は、嫁のねねと「うみゃあ、うみゃあ!」と焼きそばをハフハフと貪り、その美味さに完全にノックアウトされていた。
そして本日、午前十一時。開店と同時に漂うソースの匂いに釣られて、藤吉郎は再びハウスの庭の大行列に並んでいた。
ただ、今回は一人ではない。その隣には妙に賢そうな、しかし兄の突飛な行動にいつも苦労させられている実の弟――木下小一郎(のちの豊臣秀長)の手を引っ張っていた。
「おい、小一郎! ワイの言うとった『天界の麺』はここやがね! ほら、この大行列を見てみぃ!」
「兄者、これほどの人だかり、一体どんな国宝を売っとるんです……って、うおっ!? なんやこの、醤油とも味噌とも違う、鼻の奥がカッと熱うなる香ばしい匂いは……っ!」
小一郎はまだ、ここが信長によって監視のために小牧へ拉致されてきた斯波家の幼児の家だとはちっとも知らない。ただのボロ小屋の横に建つ白いハイテクハウス(四坪ハウス)を呆然と見上げていた。
やがて列が進み、木下兄弟の番がやってくる。
お金の回収口で立っていたおちよが、今度は二人並んだ顔を見るなり、ひっと息を呑んで硬直した。そして鉄板の前に立つ源蔵は、先日以上の冷や汗を滝のように流した。
(お、織田の木下藤吉郎殿だけではなくて、あの切れ者の弟、小一郎殿まで一緒じゃあぁぁぁーーーっ!!!)
源蔵はパニックになり、慌てて二本のヘラを顔の前に掲げて顔を隠し、声を極限まで低く変えて対応した。
「い、いらっしゃいませ……(超低音)」
「おっ、一昨日のおっちゃんやな! ほなワイは、お肉と葉っぱの入った『四文の具あり』を二つも――」
「――待ちなはれ、兄者」
藤吉郎の言葉を遮り、弟の小一郎がフェンスの隙間から手渡された、透明なプラスチックの容器(フードパック)を手に取った瞬間、その目がこぼれ落ちそうなほど丸くなった。
「な、なんやこの透明な箱は……!? 瀬戸物でもない、ギヤマン(ガラス)でもない、押したらペコペコへこむのに熱々の肉汁が一滴も漏れておらへん! しかも、この割って使う木の棒(割り箸)……これ、一瞬で飯が食えるシステムやおまへんか!」
小一郎は焼きそばを一口ハフハフと食べた瞬間、その美味しさに脳みそをガツンとぶん殴られつつも、持ち前の『天才的な実務家視点』で、このテイクアウト容器の凄まじい価値に気がついてしまった。
「兄者、これはただの美味いおやつやあらへん! 皿もいらず、箸もついて、縦にいくつも重ねて紐で縛って持ち帰れる……これこそ、戦の最中に兵に配る『究極の陣中食(戦闘糧食)やおまへんか!」
「えっ、そ、そうなんか!?」
「当たり前やがね! 焼きてのおっちゃん! 頼みます、この四文の具ありを、いまから大急ぎで『三十個』追加で焼いておくれやす! 信長様のところへこれを持って、兄貴と一緒に直談判にいくがね! 銭ならここにあります!」
小一郎が懐から銅銭をジャラジャラと差し出す。
(さ、さ、三十個ぉぉぉーーーっ!? しかも信長様に持っていくだとぉぉぉーーーっ!!!)
源蔵は白目を剥きそうになりながらも、ここで断れば不審に思われ正体がバレると察し、泣きそうになりながら「鉄板奉行」の意地を爆発させた。
二本のヘラを神速で動かし、煙にまみれながら三十個分の焼きそばを爆速で焼き上げていく。
おちよも涙目になりながら、手際よくフードパックに詰め、ビニール紐で縦に10個ずつ、合計3本の『巨大焼きそばタワー』へと綺麗に重ねて縛り上げた。
「おおっ! 紐で縛って一人で三十個も運べるとは、どこまでも気の利いた箱や! おおきに、これは天下が変わるでよ!」
大喜びの小一郎と藤吉郎は、焼きそばの巨大タワーを両手に抱え、小牧山城の天守閣(信長のもと)へと風のように去っていった。
「ふぅ……わ、我らの命も、ここまで、にございまする……」
木下兄弟が去ったあと、源蔵はヘナヘナと崩れ落ちた。
そんな大人たちの命がけのドタバタ劇を、ソファーの特等席から見ていた三歳の鶴千代は、小さなおててをポンと叩いた。
「ねーね、いまの『さる』のおじさんたち、いっぱい買ってくれたね! ぜんぶで百二十文(12,000pt)だよ! ふふ、チャージしたらポイントがいっぱーい!」
本人はただお小遣い(プリン代)が一気に国家予算レベルに増えて嬉しいだけなのに、
(織田のツートップである木下兄弟を味だけで完全に手懐け、信長様への献上という形で、一瞬にして百二十文もの富(銭)を奪い取るとは……。やはり若様は、織田家そのものを手のひらで転がす恐るべき幼き怪物だ……っ!)
と、源蔵たちはタオルで汗を拭きながら、再びとんでもない勘違いの深淵に叩き落とされて涙を流すのだった。
歴史のことはよくわからない三歳児が、お小遣い欲しさに仕掛けた焼きそば大作戦。それがついに木下兄弟の手によって、魔王・織田信長の本拠地へと持ち込まれようとしていた。




