第15話:ぼくたちの、いそがしいまいにち。
あひる隊長と極楽のお風呂を満喫して、夜の八時にはぐっすり眠りについた翌朝。
ピピピッ、ピピピっ♪ という目覚まし時計の音とともに、三歳の鶴千代のいそがしい一日は幕を開ける。
「ふあぁ……。あさ、6じだじょ」
パチリとお目目を覚ました鶴千代は、中二階のベッドからトコトコとはしごを降りて一階の水回りへ。
温水が出るピカピカの洗面台の前で踏み台に登り、おちよと一緒にゴシゴシと歯を磨き、冷たいお水でパチャパチャと顔を洗う。これが現代の知識(衛生観念)を取り戻した三歳児の毎朝のルーティンだ。
「鶴千代様、ご飯が炊けましたよ!」
「はーい!」
四畳半の居間のテーブルに並ぶのは、炊飯器でツヤツヤふっくら炊き上がった極上の白米と、お小遣い(ポイント)を節約するための『たまごふりかけ』。
「ハッ! 働いた翌朝のこのたまごふりかけご飯、やっぱり五臓六腑に染み渡りまする……っ!」
朝から源蔵がソファーの上で男泣きしながらお米を掻き込む。
三人並んで「モグモグ、おいちいね」と賑やかに朝ごはんを食べ終えると、時計の針はすぐに午前十時半を回る。ここからが本番だ。
「よし、開店の準備なの! ぽちポチするよ!」
鶴千代は大急ぎでロフトに登り、モニターの通販画面から『マ◯ちゃん3人前焼きそば』や『お持ち帰り用のプラスチックの容器』『割り箸』をザクザクと大量に注文する。
一階のテラス席に「ピンポーン♪」と音が響くたびに、おちよが段ボール箱から麺を取り出して居間の冷蔵庫へ隠し、源蔵がハウスの前の庭へバーベキュー用グリルを運んでガスに火をつける。
午前十一時。ソースの焦げる暴力的な匂いが城下町へ広がると同時に、フェンスの前には瞬く間に行列が膨れ上がった。
「はい! お肉入りの四文にございます! 割り箸もどうぞ!」
「これからは、某の腕の見せ所にございますな! じゅうじゅう炒めまするぞっ!」
鉄板奉行に任命された源蔵が、二本のヘラを爆速で動かし麺を躍らせる。おちよがテイクアウト容器に手際よく詰めてフェンス越しに手渡していく。
「げんぞう、がんばってー! ぼく、麺が足りなくなったら仕入れをがんばるね!」
鶴千代は短い脚で居間とロフトを往復し、チャージされるポイントを見ながら追加のポチポチ(仕入れ)に大忙しだ。
売って、チャージして、また仕入れる。完璧な経済ループがフル回転する。
しかし、午後一時を過ぎた頃。
外にはまだまだ並んでいる人がいるのに、鶴千代のお昼寝タイマーが非情にも作動した。
「ふわぁぁ……。お目目が、くっついちゃう……」
前世の記憶がどれほど『稼げ!』と叫ぼうとも、三歳児の睡眠欲には勝てない。鶴千代はお金を回収していたおちよの袖をツンツンと引っ張った。
「ねーね……お店は、任せまちゅ……」
ろれつの回らない声で丸投げすると、鶴千代は居間のふかふかのソファーにゴロンと横たわり、「すーすー」と可愛い寝息を立てて爆睡してしまった。
仕入れ担当が寝てしまったため、午後二時すぎ、用意していたストックが切れたところで本日のお店は強制的に『打ち止め』となった。
源蔵とおちよは、若様を起こさないように音を消してグリルの片づけに入る。
◇◇
午後四時。パチリとお目目を覚ました鶴千代の目の前には、今日一日の純利益である『三百五十一文』の銅銭がジャラジャラとお盆の上に並べられていた。
「若様、お目覚めでございますか! 本日も無事に完売、お給料の配分にございます!」
源蔵の報告に、鶴千代はテーブルをちっちゃな手でポンと叩き、得意気に山分けのルールを説明した。
「あのね! このお小遣いの半分(百七十五文)は、ぼくが次のやきそばの『仕入れ分』込みでもらうね! でね、残りの半分は、源蔵とねーねで『なかよく半分こ(各八十八文)』でお給料としてちゃんとあげるの!」
「お、お給料……っ! 某とおちよに、それぞれ八十八文もいただけるのですか!?」
当時の足軽の日当が二十文前後の時代。わずか数時間のお手伝いでその数倍の大金を「ちゃんと」手渡され、源蔵とおちよは感動のあまりその場に平伏した。
山分けを終え、みんなでソファーに座って冷たいお水を飲みながら一休みする。
「ふぅ……今日のご飯はなににしようか、ねーね?」
「鶴千代様、今夜はどのような極上のお肉が……?」
「ふふん、今夜は『かれー』っていう、すっごく美味しいやつにするの! ぽちっ!」
夕方五時すぎ。
IHの鍋でグツグツと温めたレトルトのカレーを、炊きたての白米の上へトローリと流し込む。
その瞬間、居間の中にはスパイスの効いた、嗅いだこともない魅惑的な香りが爆発した。
「な、何おっ!? 黄色くてドロりとしたタレ……しかし、この鼻を突き抜けるような芳しき香りは一体……!」
「いただきまーす!」
三人が並んでスプーンで口へ運ぶ。次の瞬間、源蔵とおちよの身体が同時にビクッと跳ね上がった。
「な、ななな……なんじゃこの刺激はっ!? 辛い、辛いのに……口の中いっぱいに旨味が広がって、白米を掻き込む手が止まりませぬーーーっ!!」
「おいしぃぃ! 鶴千代様、お口の中がパチパチと熱いのに、スプーンがぜんぜん止まりませんっ!」
生まれて初めて体験する現代の本格カレーの衝撃に、源蔵は本日二度目の男泣きを漏らし、おちよはハフハフと顔を真っ赤にして大喜びしている。
そんな二人を見ながら、三歳の鶴千代も自分のソファーの上でカレーをモグモグと貪り、冷たいお水を飲んで、ふんすと大満足で胸を張るのだった。
夕方の後は、午後六時すぎ。
ボタン一つで沸く熱々のお風呂へおちよと一緒に入り、あひる隊長をプカプカ浮かべてパチャパチャとお湯を跳ね散らかして大はしゃぎ。
お風呂から上がって、エアコンの効いた涼しい居間でゴロゴロしていると、時計の針はあっという間に午後八時を迎える。
「ねむねむ……おやすみさい、なの……」
おちよに手を引かれて中二階のふかふかのベッドに入った鶴千代は、秒速で夢の中へと落ちていくのだった
歴史の難しいことや信長の監視のことなんて、この快適な24時間の中ではどうでもいい。
みんなが元気で、お小遣いがザクザク貯まって、明日も美味しいご飯が食べられる。
戦国時代に突如として現れた、世界一ホワイトな「四坪の焼きそば帝国」の忙しくも幸せな1日は、今夜もエアコンの涼しい風とともに静かに更けていくのだった。




