第14話:あひる隊長と、極楽のゆのなか。
木下藤吉郎という織田家の超大物に焼きそばを爆買いされ、一時はどうなることかと思った四坪の焼きそば帝国。
しかしそのお陰で、中二階の液晶モニターには過去最高額のポイント残高がホクホクと輝いていた。
「たくさんあるから、これ、買ってもいいよね……?」
三歳の鶴千代は、ロフトのベッドの上で寝そべりながら、通販画面の『おもちゃコーナー』をペチペチと叩いていた。
食品や薬のページばかり見ていたけれど、ふと目に留まったその画面には、前世の現代日本の実家のお風呂場には必ずポツンと置いてあった『彼』の姿が映し出されていた。
【お風呂のおとも・ぷかぷか黄色いあひるちゃん(3個入り):60ポイント】
「あっ、これ欲しい! ぽちっ!」
鶴千代がちっちゃな指でボタンを押すと、ポイントは60ptだけ減った。仕入れの焼きそば(200pt)に比べれば、今の鶴千代にとっては可愛いお買い物だ。
次の瞬間、一階のテラスから「ピンポーン♪」と軽快な音が響く。
はしごをトコトコと降りてガラス戸を開けると、そこには光とともに小さな段ボール箱が置き配されていた。
中を開けると、手のひらサイズの鮮やかな黄色いゴム製のアヒルが仲良く三羽並んでる入っていた。
「鶴千代様、それは……南蛮の、鳥のお人形でございますか?」
洗濯物を畳んでいた十歳のおちよが、不思議そうに覗き込んでくる。
鶴千代はにんまり笑顔を浮かべて、アヒルの一羽をちっちゃなおててでぎゅっと握りしめてみせた。
ぷー♪
「ひゃうっ!? と、鳥が鳴きました!」
おちよが可愛く飛び上がって驚く。
「これね、お風呂のなかにぽちゃんてすると、ぷかぷか浮くんだよ! ねーね、今夜もお風呂、一緒に入ろ!」
「まぁ、お風呂のおともでございますか! 喜んでお供いたします!」
すっかりハウスの自動給湯風呂の虜になっているおちよは、目をキラキラと輝かせた。
◇◇
午後六時すぎ。
営業を終えた鉄板奉行の源蔵が「若様、本日も無事完売にございます……腕がパンパンで動きませぬ……」と居間のソファーへぐったりと倒れ込んだ頃。
お風呂場からは、壁のボタンを押して自動で沸かされた、熱々のお湯のドボドボという心地よい音が響いていた。
「げんぞう、お疲れ様。先にお風呂、入ってくるね!」
「ハッ……ごゆっくりお浸かりくだされ、若様……。某、もう少しソファーの天界の柔らかさを堪能してから参りまする……」
源蔵を居間に残し、服を脱いだ鶴千代とおちよは、真っ白な湯気で満ちた極楽のお風呂へと足を踏み入れた。
シャンプーで頭をモコモコの泡だらけにして、シャワーの温かい雨で綺麗に洗い流した二人は、なみなみとお湯が張られた湯船へと、並んで肩まで浸かった。
ふはぁぁぁ……。
「……ごくらく、ごくらく」
「本当に極楽にございますねぇ、鶴千代様……。一日の疲れが、お湯の中に溶けて消えていくようでございます」
おちよがお湯を手ですくいながら夢見心地で呟いた、その時。
鶴千代は浴槽のフチに置いておいた段ボール箱から、あの黄色いアヒルたちを、お湯の上へと豪快に放り投げた。
ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん。
アヒルたちはお湯の上でお尻をゆらゆらと揺らしながら、実に見事にプカプカと浮かび上がった。
「まぁ……! 本当にお湯の上に浮いております! 沈みません!」
「これね、あひる隊長っていうの。いくよ、それーっ!」
鶴千代がちっちゃな手でお湯をパチャパチャと叩き、波を作ると、三羽のアヒル隊長たちは湯船の上を波に乗ってスイスイと泳ぎ始めた。
「それーっ! 敵の軍勢だー! 放水なのだーっ!」
「ああっ、大変です鶴千代様、おちよの波で押し返します! それっ、パチャパチャパチャ!」
「あははは! ねーね強いおー!」
幼児の純粋な心に戻った鶴千代は、おちよと一緒に湯船のお湯を跳ね散らかしながら、アヒルを追いかけてキャッキャと大はしゃぎ。
おちよも十歳の女の子らしく、戦国の厳しい現実をすべて忘れて、アヒルをぎゅっと押して「ぷー♪」と鳴らし、鶴千代の可愛い笑顔に胸をときめかせて笑い合っている。
「ぷー♪ ぷー♪」
「あひるさん、あったかいお湯で気持ちよさそうだね、ねーね』
「はい、鶴千代様。おちよも世界で一番幸せでございます……」
二人がお風呂でアヒルまみれになって、ほのぼのと温かい時間を過ごしている頃、居間のソファーでは――。
「……むっ、湯殿の向こうから、何やら『ぷー、ぷー』と、神の鳥がさえずるような奇妙な音が聞こえるぞ……? 若様、もしや天界の鳥の精霊を召喚されたのか……っ!?」
と、疲れ果てた源蔵がソファーの上でガタガタと震え、またしても凄まじい勘違いの深淵を覗き込んでいることなど、お風呂の中の二人はちっとも知らないのだった。




