第13話:木下藤吉郎と、恐怖の鉄板奉行。
丹羽長秀による『ガサ入れ』を、源蔵の涙ぐましい貧乏演技で見事に切り抜けてから数日。
信長の目を完全に欺いた四坪の焼きそば帝国は、本日も「5のつく日」以外の営業日として、ハウスの庭でパチパチと香ばしい煙を上げていた。
「はい、お肉とキャベツ入りの四文にございます! 割り箸もどうぞ!」
「おいらは財布が寂しいから、いつもの三文の具なしを頼むべ!」
おちよがフェンスの隙間から手際よく透明なプラスチックの容器(フードパック)に詰めた熱々の焼きそばを配り、銅銭を回収していく。
歩きながら食べられる最先端のテイクアウトスタイルは、今日も小牧の城下町に凄まじい大行列を作っていた。
その行列の最後尾に、ひょっこりと、妙に猿に似た顔つきの身軽そうな織田家の武士が並んだ。
信長の懐刀として城下町を東奔西走している男――木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)である。
「おやおや、なんちゅう大行列や。小牧山の麓に、天下の信長様も知らんような美味いお菓子を売る怪しげな砦があると聞いとったが……。うおっ、なんやこの焦げた茶色いタレの匂いは! 嗅ぐだけで胃袋が暴れだすがね!」
藤吉郎は鼻をヒクヒクさせながら、興味津々で前の客の様子を覗き込んでいた。
彼は、ここが信長によって「他人に神輿として担がれぬよう、監視のために小牧へと拉致してきた斯波家のガキの家」だとはちっとも知らない。
もちろん、ボロ小屋の横に突如生えてきた白いハイテクハウスの正体も知らない。ただ純粋に、「美味しいと評判の店があるから並んでみた」だけだった。
やがて列が進み、藤吉郎の番がやってくる。
「はい、お次のお客――っ!?」
お金の回収口で立っていたおちよが、藤吉郎の顔を見るなり、ひっと息を呑んで硬直した。
織田家の清洲城下でも有名だった『猿』こと藤吉郎の顔を、おちよはハッキリと覚えていたのだ。
おちよの異変に気づき、鉄板の前から視線を向けた源蔵は、文字通り心臓が止まるかと思った。
(お、お、織田の木下藤吉郎殿じゃあぁぁぁーーーっ!!!)
源蔵はパニックになり、慌てて「鉄板奉行」の意地で持っていた二本のヘラを顔の前に掲げ、必死に顔を隠した。
もしここで自分たちの正体がバレれば、「斯波のガキ、貧乏なフリをして裏で南蛮の砦を使い、一瞬でひと月分の扶持を荒稼ぎしている」と信長様に密告される。
そうなれば謀反を疑われ、今度こそ主従そろって首をハネられるのは確実だった。
源蔵は冷や汗を文字通り滝のように流しながら、必死に声を低く変えて対応した。
「い、いらっしゃいませ……。三文の具なしか、四文の具ありか、どちらにいたしたするか……(低音)」
「お、えらく渋い声の焼き手やな。ほな、景気よくお肉と葉っぱの入った『四文の具あり』をもらおうか!」
藤吉郎がチャリンと四文を差し出す。おちよが震える手でそれを受け取り、鶴千代が事前にロフトで大量にポチっておいた透明なプラスチックの容器に、熱々の王道焼きそばが盛り付けられる。
「はい、どうぞ……(低音)」
「おおっ! なんやこの透明な箱は!? 瀬戸物でもない、ビードロ(ガラス)でもない、押したらペコペコへこむ不思議な素材やがね! しかもこの割って使う木の棒(割り箸)……職人の狂いなき技や!」
藤吉郎は焼きそばの味より先に、現代のフードパックと割り箸のオーパーツ感に目を剥いた。
そしてフェンスの隙間からそれを受け取ると、我慢できずにその場で割り箸をパチンと割り、湯気が立つ茶色い麺を口いっぱいに頬張った。
次の瞬間、藤吉郎の動きがピタリと止まった。
「……ッ!!!?」
ゴクリと飲み込んだ瞬間、藤吉郎の目がこぼれ落ちそうなくらい丸くなる。
「な、ななな……なんちゅう美味さやぁぁぁーーーっ!! 麺はモチモチ、お肉はジューシー、そしてこの甘酸っぱくてピリッと辛い黒いタレが、脳みそを直接ぶん殴ってくるような衝撃やがね!」
藤吉郎はあまりの美味さにその場で激しくステップを踏み、ハフハフと狂ったように焼きそばを掻き込み始めた。
「これなら歩きながら食べられるし、何より一瞬で凄まじい元気が湧いてくる! 天下の信長様でも、こんな美味い陣中食は食べておられんぞ!」
そこまで言って、藤吉郎はハッと顔を上げた。
「――待てよ、こんなうみゃあ(美味い)のなら、長屋で留守番しているワイの嫁さんにも食わせてやりたいがね! おい、焼き手のおっちゃん! 嫁のねねの分と、あと近所の連中の分も合わせて、これ(具あり)をあと三つ! 追加で売ってちょうだい!」
藤吉郎は懐からさらに十二文をジャラジャラと景気よく差し出した。
(つ、追加だとぉぉぉーーーっ!? 早く帰ってくれぇええ!!)
源蔵の内心の悲鳴など梅雨知らず、藤吉郎はニコニコしている。
源蔵は泣きそうになりながら、大急ぎでヘラを爆速で動かして焼きそばを三皿分追加で焼き上げた。
おちよが手際よく透明なパックに詰め、ビニールの紐で縦に3つ、綺麗に重ねて縛って手渡す。
「おおっ! 縦に重ねて持ち運べるとは、どこまでも気の利いた箱やがね! ねねも絶対に喜ぶわ! おおきに、また買いに来るでよ!」
大満足の藤吉郎は、焼きそばのタワーを嬉しそうにぶら下げ、スキップを踏むような軽い足取りで城下町へと帰っていった。
「ふぅ……し、死ぬかと思った……」
藤吉郎の背中が見えなくなるまでヘラで顔を隠し続けていた源蔵は、ヘナヘナと崩れ落ち、バケツをひっくり返したような汗を拭った。隣でおちよも胸を押さえてホッと息を吐いている。
そんな大人たちの命がけのドタバタ劇を、ハウスのソファーの特等席から、冷たいお水を飲みながら見ていた三歳の鶴千代は、小さなおててをポンと叩いた。
「ねーね、いまの『さる』のおじさん、いっぱい買ってくれたね! 全部で十六文(1,600pt相当)だよ! ふふ、ポイントいっぱいたまった!」
本人はただお小遣い(プリン代)が一気に増えて嬉しいだけなのに、
(木下藤吉郎ほどの織田の切れ者を、正体も明かさずに味だけで完全に手懐け、嫁の分まで巻き上げて十六文もの大金を一瞬で奪い取るとは……。やはり若様は、織田の重臣すら手のひらで転がす恐るべき神童だ……っ!)
と、源蔵たちはタオルで汗を拭きながら、再びとんでもない勘違いの深淵に叩き落とさてガタガタと震え上がるのだった。




