第10話:3歳児のお昼寝タイマーと、大繁盛のドタバタ。
「斯波家の庭に、わずか三文で腹がはち切れるほど美味い天界の紐(麺)があるだべ!」
初日に具なし焼きそばを食べて大号泣したあの農民の口コミの威力は凄まじかった。
さらに庭のフェンスを越えて漂う濃厚なソースの匂いも追い風となり、翌日からの小牧山の麓はとんでもない大パニックになっていた。
「おい、おいらにもその焼きそばってやつをくれだべ!」
「三文ならあるぞ! 早く食わせてくれ!」
午前十一時。南側の六畳の庭の前には、すでに二十人を超える町人や農民、さらに織田家の足軽たちまでが大行列を作っていた。
「ハッ! 鉄板奉行・末森源蔵、ただいま全力で炒めまする!」
中年武士の源蔵は額に汗を浮かべながら、二本のヘラを凄まじい速さで動かす。
ジューーーッと音が響くたび、おちよがピカピカの現代のお皿に盛り付け、フェンスの隙間から次々と三文の銅銭を受け取っていく。
「鶴千代様! ポイントが、ポイントの蓄えが大変な勢いで増えております!」
「わぁーい! つるちよ、いっぱいポチポチするね!」
鶴千代は居間と中二階のロフトをトコトコと往復して、チャージされたポイントでモニターから『マ◯ちゃん3人前焼きそば』を追加で注文していく。
テラスに段ボール箱が次々と置き配され、稼いだお金をそのまま次の仕入れに回す完璧な経済ループが回り始めていた。
しかし、午後一時半を回った頃。外の行列はまだ途切れないというのに、鶴千代にある『致命的な限界』が訪れた。
(……あれ? なんだか、お目目が、おもたいじょ……?)
肉体的にも精神的にも完全に三歳児である。どれほど前世の大学生の知識が『いまがかき入れ時だ! ポイントを稼げ!』と叫ぼうとも、幼児の強烈な「お昼寝タイマー」には一ミリも勝てない。
鶴千代の視線がトロンと曇り、小さな頭がこっくり、こっくりと船を漕ぎ始めた。
「ふわぁぁ……」
ちっちゃなお口を大きく開けて大あくび。もう限界だった。
鶴千代はお皿を回収していたおちよの元へフラフラと歩み寄り、その服の裾をツンツンと引っ張った。
「ねーね……つるちよ、おねむ、なっちゃった……」
「えっ!? 鶴千代様、お目目が半分閉じておられますよ!」
「……お店は、任せまちゅ……」
ろれつの回らない舌足らずな声でそう言い残すと、鶴千代はトコトコとハウスの涼しい居間へ。
お気に入りのふかふかのソファーにゴロンと横たわった瞬間、「すやすや……」と可愛い寝息を立てて爆睡してしまった。
「お、おちよ! いま若様は何と仰られた……っ!?」
「父上! 鶴千代様がお眠りになられました! お店は任せると……っ!」
「な、何おっ!? 神聖なる若様のご睡眠を邪魔するわけにはいかぬ! しかし、この行列を追い返せば斯波家の名に傷がつく……!」
ここから、源蔵とおちよの必死のドタバタ劇が始まった。
主君の睡眠を守るため、源蔵はヘラが鉄板に当たるカチャカチャ音を極限まで小さくし、まるで忍びのように音もなく焼きそばを炒め始めた。
並んでいた客たちも源蔵の凄まじい気迫に押されて、息を殺してつま先立ちで焼きそばを受け取り、ヒソヒソとハフハフ貪る。
だが間も無くして、もう一つの問題が発生した。
「父上、大変です! 冷蔵庫の中の麺が……もう、これだけでございます!」
「何っ!? ……そうか、仕入れ(ポチポチ)をされる若様が眠りについてしまわれたからか!」
鶴千代が寝てしまったため、新しい焼きそばを注文することができなくなってしまったのだ。
結局、午後二時前におおよそ百五十食を売り切ったところでストックが底を尽き、本日のお店は強制終了となった。
◇◇
午後四時すぎ。
夕方の涼しい風がカーテンを揺らす頃、鶴千代はパチリとお目目を覚ました。口の横には可愛いヨダレの跡がついている。
「ふあ……よくねたの」
ソファーから起き上がり、居間のテーブルを見た瞬間、鶴千代は目を丸くした。
テーブルの上にはおちよが綺麗に並べた、今日の純利益『三百五十一文』の銅銭がジャラジャラと山のように輝いていた。
「若様、お目覚めでございますか!」
源蔵がソファーの前に大急ぎで正座し、興奮で肩を振るわせながら報告した。
「途中で麺が尽きて打ち止めとなりましたが、本日の純なる儲け、なんと三百五十一文にございます……っ! 信長様からの仕送り(年四貫文)のひと月分以上を、わずか数時間で稼ぎ出してしまいました……! 恐るべき富の湧き出るお社にございます!」
「さんまんごせんえん(35,100pt相当)……!?」
おちよから最初にお金を借りて返すのではなく、稼いだポイントで雪だるま式に仕入れを増やした結果、お財布(ポイント)が一気に3万5千ポイント以上も大増殖してしまったのだ。
これだけあれば、万が一の時のお薬もたくさん蓄えられるし、大好きなプリンも買い放題だ。
「わぁーい! いっぱい増えた! ……よし、次はね、お持ち帰り(テイクアウト)できるように紙のお皿を買うの! あと、みどりの葉っぱ(キャベツ)も入れる!」
潤ったお財布を前に鶴千代がにんまり不敵な笑みを漏らした。
その姿を見た源蔵とおちよは――。
「お眠りになられている間も一寸の無駄なく富を生み出し、息を吐くように次なる流通の改革(テイクアウト)と品の強化を企まれるとは……。恐るべき神童、いや『小牧を裏で経済支配する幼き怪物』だ……っ!」
二人がさらに勘違いの次元を引き上げてガタガタと震える中、テイクアウトと具材強化という次なる野望を胸に、戦国時代を大バグりさせる三歳のちいさな店主は、さらなる暴走を続けていくのだった。
【戦国時代の貨幣価値と斯波家の懐事情メモ】
・1貫文=1,000文
・お米1石(大人が一年に食べる量)=500文(0.5貫文)※不作や凶作の年はこれより高くなるが平年はこの辺り。
【人一人が一年間暮らすのに必要なコスト】
お米だけで生きていけるわけではなく、おかず(1石分)や、お米を炊く薪や蝋燭などの燃料・光熱費(1石分)がかかるため、最低限の生活でも「1人=年間3石(1.5貫文)」が必要で、服を買ったり少し余裕のある生活をするためには「1人=年間5石(2.5貫文)」ほど必要になります。
【斯波家の台所事情】
鶴千代・おちよ・源蔵の3人が暮らすためには、最低でも「1.5貫文×3人=年間4.5貫文」が必要です。
しかし、織田家からの仕送りは「年間4貫文(=4000文)」。
鶴千代がまだ幼く食べる量が少ないとはいえ、医療費(薬)どころか衣服を新調する余裕など当然なく、まさに生かさず殺さずのギリギリのラインでした。
だから、これまでは源蔵が庭の畑を耕して、何とか食いつないで生活していたのです。
※そんな斯波家にとって、わずか半日で稼ぎ出した「351文」は、まさに生活を一変させる大金だったのです。




